海老で鯛を釣る・後編
「お目覚めか?」
意識を取り戻した俺の聞いた最初の声。
艶かしさと幼さを掛け合わす不思議な声。
声の主は、金髪、白肌、紅瞳、ゴスロリ服の吸血鬼。
「すまないの、美味すぎて吸いすぎてしまったわ」
「いえいえ、お気になさらず」
俺はいつも通り、笑顔を浮かべて返事をした。
「……小僧、それをやめぬか」
「それ?」
「その仮面の様な笑みと言葉遣いじゃ。普段はそうではないのじゃろう?」
「普段からこうですよ」
「と言う事は、普段から仮面を付けているのか。難儀な奴じゃ」
吸血鬼は挑発的な笑みをまた浮かべる。
「お主はもう少し砕けて話しても良い。建前ばかりの言葉等、話していて詰まらぬわ」
いきなり拉致されて警戒しないほうがどうかしているだろ。
砕けて話してもいいと言うなら、そうさせてもらうが。
「吸血鬼様のお望みとあらば」
「うむ、素直でよろしい。素直な奴は好きじゃ」
「それで、いつになったら俺を解放してくれる?」
「早速その質問か、正直な奴じゃ。まぁ、しばらくは家に帰れないと思え」
「家なんて無いからそこら辺は問題ない。けど、長年ともなると俺も困る。ていうか、運動ぐらいはさせてくれよ、体が鈍る」
俺には目的と目標がある。
それに、トレーニングをサボるといけない。
このままお天道様の光を浴びずに座っているだけなんて、考えただけでも吐きそうだ。
「注文の多い奴じゃ。手錠と足枷は外してやるが、しかし、抵抗なんてしよう物ならまた付けるぞ。ああ、それと、庭にも出て良い、走り回っても良い。飯も寝床もちゃんとやろう」
「それはありがたい」
「此方の主食はお主じゃ、そこは忘れるでない」
うぅむ、折角食べてくれるなら性的な意味で食べて欲しいものだ。
血を吸われて気絶は目覚めが悪いのだ、意外にも。
「忘れないよ、約束しよう」
俺が言うと、吸血鬼は俺の手錠と足枷を外してくれた。
宣言通り、首輪は外してくれなかった。
未だ魔術は使えないので、この首輪に特殊な能力でも付いているのだろう。
「そういえば、名前を聞いてなかったな、吸血鬼」
「おっと、これは飛んだ失礼じゃった。此方はヴィオラじゃ、宜しく頼むぞ、シャルル」
「ヴィオラか、年齢聞いてもいいか?」
「分からぬ、覚えておらぬ、少なくとも千年以上生きた魔王よりは年上じゃろうの」
千年以上だと。
おば様だったのか、コイツ。
まあ、不死身の怪物と言われる奴らだしな。
他の妖怪もいるのだろうか。
そいつらも探してみたいものだな。
「此方はもう寝る。お主は好きにして良いぞ。食事なら食堂に行けば幾らでもあるからの」
「分かった、お休み」
ヴィオラは俺を一瞥すると、欠伸をしながら部屋を出た。
俺は座り込み、深呼吸をする。
首輪の効果をどうにかして外したい。
だが、無理やり外せば爆破するとかありそうなので、今は放置。
俺が今することは、腹ごしらえだ。
早速、部屋を出るが……道がわからない。
右も左も長い廊下で、扉が並んでいるだけ。
「手当たり次第やってみるか」
俺はまず、右に進むことにした。
一つ目の部屋は物置。
二つ目の部屋も物置。
三つ目の部屋は、俺が目覚めた部屋と同じような窓もない石造りの部屋。
だが、鉄の臭いはしない。
四つ、五つと片っ端から扉を開けたが、食堂なんて何処にもなかった。
廊下の突き当り、また分かれ道。
右の方から誰かが来る気配があった。
俺は警戒しながらゆっくりと歩を進める。
「……お見つけ致しました、シャルル様」
俺と顔を合わせた女性が言った。
その女性はじとりとした眼に、薄い茶色のショートヘアの美人さんだ。
頭には犬耳の様な物がある。
服装がメイド服なので、尻尾は隠れて見えない。
ヴィオラは地位の高い人間らしいし、メイドぐらい居ても普通だろうな。
しかし、獣人のメイドとは珍しい。
「あ、どうも、食堂を探しているのですが……」
「案内致します」
そう言って、歩を進めるメイドさん。
俺は揺れるスカートを凝視しながらその後に続く。
既にメイドにも話を通しているとはな。
感心感心。
「此方です」
しばらく歩いて、俺が連れて来られたのは、大きな洋風の扉の前だ。
メイドは扉を開けると、ドアの側に立って、俺が入るのを待っている。
俺は居心地の悪さを感じながら、食堂へ足を踏み入れた。
目の前に映るのは、テーブルクロスの掛けられた長いテーブル、そして並べられた椅子だ。
テーブルの上にはキャンドルがあり、天井にはシャンデリアなんかがある。
壁には絵画などが掛けられていて、高そうなツボなんかも飾ってある。
「うへぇ……」
「何か食べたい物があれば、お申し付けください。直ちに料理人に作らせますので」
まあ、メイドが居れば料理人も居るよな。
しかしまぁ、食べたい物ねぇ。
お腹は空いているのだが、いざ何が食べたいかと聞かれると、答えに困る。
「な、なんか、適当な物で」
「畏まりました、少々お待ちください」
そう言い残し、メイドは厨房の方へと消えていった。
俺は椅子に座り、だだっ広い空間で一人、食事を待つ。
「酒、飲みてぇな」
一人呟く。
煙草は吸わない方だったので、特に気にすることでもない。
酒にハマっている訳でもないのだが、理由もなく飲みたくなる時があるのだ。
この世界に来る前日は、たしか、同僚と飲み会に行っていたからな。
何気なく、首輪に手を触れてみる。
見た目はただの金属製の首輪。
だが、魔力か何かを抑えつける効果がある。
不思議だ、魔術というのは本当に不思議だ。
「思えばこの家、窓がねえな」
先ほど通った廊下を思い出す。
壁には窓が一つも無かったのだ。
日光は避けるべき物なんだろうな。
日浴びの刑を嫌がるくらいだし。
そういえば、日光、銀の他に弱点があったはずだ。
十字架、炎、ニンニク、あとはなんだったか......。
「お待たせいたしました」
吸血鬼の弱点を思い出していると、先程のメイドが厨房から姿を表した。
食事をお盆の上に乗せてきている。
流石に俺一人にカートは使わないか。
「厚めに切った牛肉を焼いた物と、馬鈴薯を潰し牛酪と故障で味付けした物です」
牛酪とは、バターの事。
馬鈴薯とは、ジャガイモのことである。
まあ、ステーキとマッシュポテトだな。
「それから此方が生の球萵苣と蕃茄になります」
球萵苣はレタス、蕃茄はトマトだ。
ステーキ、マッシュポテト、そしてサラダか。
悪くないが、米がないな。
「白米ってありますか?」
「御座います。ご所望ですか?」
「はい、お願いします」
俺が言うと、メイドはまた厨房へと戻っていく。
その間に俺はマッシュポテトをスプーンで掬い上げ、口に運んだ。
馬鈴薯自身の甘さと、牛酪の甘さが掛け合わさって美味しい。
これは絶品だ、うむ、旨い。
さて、次はステーキだ。
俺はナイフを肉に通す。
肉は抵抗すること無く、ナイフの進行を肉底まで許した。
口の中に運び、噛む。
じゅわり、と肉汁が広がり、口の中を肉の味で満たす。
「んまぁ~!」
いやぁ、美味い、美味いよ、コレ。
この世界に来てこんなものを食べたのは初めてだが、最高だな。
「白米になります」
いつの間にか戻ってきていたメイドがステーキの隣に置いた。
「ありがとうございます。いやぁ、美味いです、美味いですよ、この肉!」
「後ほど料理人にお伝え致します」
メイドが笑顔で答える。
今まで無表情だったから、これは不意打ち。
不覚にもどきりとしてしまった。
俺はメイドから顔を逸らし、ステーキと白米に集中する。
まずは、白米だけを食べてみよう。
スプーンで掬い、口に運んだ。
……うぅむ、白米の得点は低いだろう。
ぱさりとしている。
見た目も、日本でいつも食べていた丸く太った米ではなく、細長い痩せた米だ。
カリフォルニア米がこんな感じだと聞いたことがある。
だが、不味くはないから良し。
俺はステーキと一緒に白米を口に入れる。
うむ、やはり米と肉は良い。
米と肉は確かにいいが、野菜もちゃんと食べる。
レタスは日本で何時も食べていた物と一緒、シャキシャキした食感がたまらない。
トマトは酸味が少し強いが、肉との相性は抜群。
ドレッシングなんて無くてもいけるな。
「くすっ」
微かに笑う声が聞こえた。
声の方を見ると、メイドさんが笑顔だった。
「どうかしましたか?」
「いえ、失礼致しました。あまりにも美味しそうに食べるもので……なんだか、微笑ましくて」
そう言って、また笑顔を浮かべる。
母性溢れる女性を前にすると、何時も以上に緊張する。
「こちらこそ、がっついてすみません。こういう食事は普段しないので」
俺は苦笑いを浮かべながら言った。
まぁ、今は子供の姿だから、微笑ましく映る姿は仕方がないだろう。
「そういえば、メイドさん、お名前は何ですか?」
「失礼ながら名乗らせていただきます、マイヤです。主であるヴィオラ様の女中をしております」
「改めまして、自己紹介。冒険者シャルルです、よろしくお願いします、マイヤさん。僕は何でもない人間なので、あまり謙らないで欲しいです。大人にそういう事されると、何だかむず痒くて」
俺は苦笑しながら自己紹介を終えた。
マイヤは笑顔のまま答える。
「畏まりました」
俺はマイヤと少しばかり世間話をしながら、食事を終えた。
現在、サブタイトルの一新を考えておりますが、どうでしょうか。
御意見、御感想、駄目出し、何でも何時でも歓迎しております。
ああ、それと、エイプリルフールは午前までですよ。




