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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第四章『味見』
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海老で鯛を釣る・中編

「お、おめでとうございます。本日よりシャルル様は一級冒険者と成ります」


 カウンターに戻り、クエスト完了手続きを済ませた。

 案内人と受付人は少し動揺を見せていたが、理由は分からない。

 五級が一級に昇格するのが珍しかったりするのだろうか。

 いや、それとも俺の年齢か。

 十歳で一級の冒険者ってのは、流石に珍しいのだろう。


「では、シャルル様、ドラゴンの死体を売却されますか?」

「ああ、はい、勿論」

「畏まりました。現在、組合員が死体の状況を確認していますので、待合室で少々お待ちください」

「分かりました」

「此方です」


 受付人に返事をすると、案内人が後ろから声を掛けてきた。

 案内人の後に続き、待合室へ入室する。

 ソファが向い合って置かれてあり、間にはガラスのテーブルがある。

 観葉植物が部屋の隅に飾られていて、外から差し込む日差しが影を濃くする。


「椅子におかけになってお待ちください」


 案内人に言われ、俺は右手側のソファに座った。

 何となく目に入った手袋を見ると、所々傷が付いていた。

 買い換え時かもしれない。

 エヴラールに初めて買ってもらった大切な物だが、もう小さくなっているしな。

 買い換える物を頭の中にリストしていると、部屋のドアを誰かがノックした。

 案内人がドアを開け、入ってきたのは厳つい体躯をした男だった。


「初めまして、グレーズ冒険者協同組合会計のマルコです」


 そう言って、握手を求められる。

 俺は立ち上がり、フードと首巻きと手袋を取り外し、笑顔で握手を交わす。


「初めまして、シャルルです」

「先ほど、組合員がドラゴンの状態を確認致しました……えー、座って話をしましょう」


 俺はまたソファに腰を下ろし、マルコと対面する。

 そして、見た目に似合わない口調でマルコが話しだす。


「ドラゴンは羽が損傷し、頭部が失われていましたので、そちらは買い取ることが出来ません。羽、頭部以外の部位に目立った外傷はありませんので、買い取ることが出来ます。値段は、そうですね…………金貨千二百枚になります」


 そ、そんなにするのか。

 日本円に換算して一千二百万円。

 家が買えちゃうよ。


「では、お願いします」

「分かりました。シャルル様の預金額に金貨千二百枚を追加致しますので、引き出す際は受付人にお申しください」

「はい、よろしくお願いします」

「では、失礼します」


 そう言ってマルコは軽く会釈をしてから部屋を出た。

 俺も肩を回してから、部屋を出た。


 そのまま宿に戻り、俺は休憩を取った。

 思えば、ポケットマネーはそこまで無い。

 明日にでも買い物をしようか。

 外套、手袋、ブーツにズボンやシャツ、タオルも汚れてしまっている。

 どれもエヴラールに貰った物で、服が小さく感じてからは着ていない。

 今着ている服は全部、ティホンに貰った物だ。

 他の街も見て廻りたいし、やることは少なくない。


 休憩後、俺は街に繰り出す。

 服屋を探し、昔着ていた物と同じものを一着ずつ購入。

 新しい服を早速着た。

 古い物は他に用途があるかもしれないので、取っておく。


 服屋を出ると、二人の子供が鬼の形相をした男に追われているのが目に入った。

 俺は何となく三人の後を追いかけてしまう。

 子供達が路地裏に入った所で、怒る男は足を止めた。

 路地裏は危ないので、良い判断だ。

 だが、子供達は路地裏を進んだ。

 俺は引き返す男とすれ違い、子供の後を追う。


 路地裏の細い道を進むと、左右正面に分かれ道。

 右の道から音が聞こえたので、右へ進んだ。

 俺は加速し、子供達の姿を捉える。

 だが、子供達は慣れた足つきで奥へ奥へと進み、光の射す方へ飛び出した。

 俺も警戒をしながら、子供達が出た場所へと進む。


「……これは」


 そこは、開けた場所だった。

 左右に真っ直ぐ道があり、道端には数多のテントが並んでいる。

 人の数も多いが、誰もが布切れの様な服を着ている。

 この場所を一言で表すなら、『スラム街』だ。


「誰だお前、見ねえ顔だな」

「ガキがこんなとこにくるたぁな」


 俺が呆然と突っ立っていると、二人の男に声を掛けられた。

 一人は髪を肩まで伸ばしたひょろ長い男。

 もう一人は体中に傷のある厳つい男。


「あ、いえ、あの、偶然、迷い込んでしまって」

「迷い込む? お前ここに来たばっかか?」


 厳つい男が俺に尋ねた。


「はい、つい先日……」

「そうか、なら帰んなぁガキ。ここはお前の様な奴が来る場所じゃねえ」

「……分かりました」


 帰るように言われたので、大人しく返事をする。

 俺は踵を返し、路地裏に戻った。


 スラム街。

 前世、テレビで何度も見たが、実際に目にするのは初めてだ。

 俺はまだ関わりたくない。

 仕組み、事情、掟、その他諸々、俺は何も知らないからだ。

 自分の身に危険が訪れる事は特に按じていない。

 ただ、俺が手を出して向こうに迷惑がかかる可能性を考慮しているのだ。


 どうするべきか考えながら、俺は宿に戻った。

 剣の手入れをしてから、フィギュアを作り、気づけば夜になっていた。

 飯屋で食事を済ませ、魔術で遊んでから眠ることにした。




 翌朝、俺はトレーニング後にギルドへ向かった。

 一級ともなると、遠征する事が多くなる。

 暇人である俺は遠出しても特に問題はない。

 ドラゴンぐらいの強さの敵がいないか、依頼掲示板に貼られている紙に目を通す。

『緊急、フィボルグ出現。撃退求む』と書かれた紙に手を伸ばした。


「――ッ」


 刹那、俺の意識は闇に沈んだ。




 ――――――




 目を覚ますと、俺は暗い部屋にいた。

 石造りの鉄臭い部屋。

 俺は自分の体を見る。

 金属製の首輪、金属製の手錠、金属製の足枷、鎖は壁に繋がれていて俺を部屋から出さないようにしている。

 シャツとズボンは身に着けている。

 だが、外套、首巻き、手袋とブーツは部屋には無いようだ。


「はぁ、また面倒事か」


 俺はどうやら、拉致されたらしい。

 何者かは分からないが、俺に気づかれる事なく背後に立ち、俺を眠らせた。

 かなりの腕前の持ち主だろうな。

 最初は気配察知能力なんて皆無だった俺だが、その能力も獣人の森で鍛えられていたのだ。

 野生の勘ってやつがまだまだ足りてないな、俺。


「目覚めたようだの」


 一人で反省していると、部屋に誰かが入ってきた。

 その人物が入ると、壁にあった明かりが全て灯る。

 顔が見えるようになり、俺は息を呑む。


「これはとんだ美人さんで……」


 その人物は、美しかった。

 金色の長い髪は腰の辺りまで伸びていて、切れ長の眼をした女の瞳は真紅色。

 真っ白な肌はゴスロリ調のドレスに包まれ、幼さの残る顔に挑発的な笑みを浮かべている。

 年齢は十代後半くらいに見える。


「さて、早速だが、お主がシャルルかの?」


 挑発的な笑みを浮かべたまま尋ねてきた。

 こんな人に知られるほど有名なった覚えはない。


「そうですが」

「聞いておるぞ、年若にしてたった一度の昇格試験で五級から一級まで上り詰めたそうな」

「……まぁ、そうですが」


 一体どこからそんな情報が漏れたんだ。

 ギルドってのは、そんな簡単に客の情報を流してしまう様な場所なのか?


「冒険者協同組合を疑う顔をしておるが、心配はない。此方がそれなりの地位にいるから掴めた情報じゃ」

「はぁ、そうですか……」

「なんじゃ、気の抜けた返事じゃの」

「すみません、状況が飲み込めていない物で」


 いきなり気絶させられて、目覚めたら手錠、足枷、首輪を付けられていたら混乱もする。

 なるべく顔には出さないようにしているが。


「状況が飲み込めていない。なるほど、なるほど、その割にお主は冷静じゃの?」

「だから状況が飲み込めてないからですよ。マズイ状況にいたら興奮状態にでもなると思います」

「はんっ、いけ好かぬ餓鬼じゃの、お主は」


 にしても、古風な喋り方だ。

「此方」とか普段聞かないぞ。

 年若く見えるというのに。

 だが、これもまた味よのぅ?


「して、シャルル。気付いておるかは知らぬが、お主は魔術を使えぬ状態じゃ」

「全然気付いてませんでした」


 試しに『氷槍』を使おうとするが、魔力が抜け出る気配さえ無い。


「此方がお主を連れてきた理由は一つじゃ。此方の餌になってもらう」

「……はい?」


 思わず聞き返してしまった。

 餌とかマズイだろう。

 カニバリズムはこの世界でも犯罪です!


「勘違いするでない。此方が欲しいのはお主の血じゃ。まあ、世間知らずの餓鬼だ、知らないのも無理ないの……さて、シャルルや、此方が何者だか予想を立ててみ」


 この美少女が何者か。

 まあ、俺の疼く右腕が言うには、簡単な答えだ。

 金髪、真紅色の眼、白い肌、古風な喋り……導き出される結論は。


「吸血鬼様ですか?」

「ほほう、正解じゃ」


 見事に正解した俺選手!

 優勝賞品は美少女吸血鬼に血を吸われる事です!

 ……あんまり嬉しくないのは、何故だろうか。


「正解した褒美に質問してもいいですか」

「良いぞ」

「組合は僕が攫われる所を目撃しているはずです。何故、手出しをしなかったのでしょうか? 組合は犯罪を見逃さないはずですが」

「眠ったお主を此方が背負った場合、どう見えると思う?」

「……流石に、親子や姉弟には見えないと思いますが」

「そうじゃろうの。髪色も、顔つきも違う。だが、『党』なら問題はないじゃろ?」

「……それなりの地位にいるって言ってましたよね。なら、部下には顔が知れているのでは? 流石に、『高い地位の人が党を結成させる』事はしないと思いますが。そもそも依頼なんか受けるのかすらも疑問ですが」

「なんじゃ、此方はお主が今のこの姿で組合に赴いたとでも? 一般人のお主がそんな格好で出歩くというのに、高地位の此方が何故外套を着ないと思ったのじゃ?」

「外套じゃその眼はごまかせないと思いますが」

「目元を覆えばよいじゃろう」


 ギルドの出入りは自由。中には組合員がいるが、怪しくない限りは何かを問いただされる事はない。

 だからと言って、子供を背負う外套姿なんて、どっからどう見ても――普通だ。

 いや、普通なのだ。俺の場合は、普通になる。

 そもそも、俺がギルドにいる事自体がイレギュラーだが、そこは置いておいて……俺は外套を着ているのだ。

 顔も隠しているし、そもそも俺自体が怪しい存在だ。

 その怪しい存在が怪しい存在に背負われていた場合、傍から見ればどう映るだろうか?

 仲間だと思わえるだろう。

 それなら――いや、まて、まだだ。

 先ほどまで依頼を選んでいた奴がいきなり眠るなんてありえない。


「どうやって僕を攫ったんですか?」

「おそらくお主はこう考えている。『いきなり眠るなんてありえない』と。だが、いきなり眠らせる必要性がどこにあるのじゃ?」

「どういう意味ですか?」

「しばらく立たせてやればいい。その後は少し体を浮かせて、机まで移動させてやればいい。会話する仕草を見せた後は、お主を机に突っ伏すように寝かせるだけじゃ」

「体を少し浮かせて……って」

「吸血鬼の力なら簡単な事だの」


 不自然ではない支え方、不自然ではない歩かせ方、不自然ではない寝かせ方をするには、周りの眼を見る『眼』と『力』がいる。

 それをこの吸血鬼様は俺にやったというのだ。

 寝ている俺の体を動かすなんて、けしからん奴だ。


「まぁ……それは分かりましたが、僕の血なんて美味しくないですよ」

「そうかのう? なら、味見をさせてもらうぞ」


 そう言った吸血鬼は、舌なめずりをしながら俺に近づいてくる。

 俺の前に膝を付き、体を密着させた。

 首筋に息が当たって擽ったい。

 そして、俺の首筋にちくりと、何かが刺さる感触が伝わる。

 痛いかそうでないか聞かれれば、痛い。

 何かが吸われる感覚を味わうと同時に、全身から力が抜けていく。

 俺はそのまま意識を失った。

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