海老で鯛を釣る・前編
ヴェラを見送った後、俺は国の事を調べることにした。
言い方を変えれば、観光だ。
近場の噴水広場に地図があったので目を通す。
現在位置は国の南西にある『ウェベール』という街の西側だ。
うむ、ウェベール観光と行こうじゃないか。
まずは適当にぶらつく。
住宅地は無く、宿や店ばかりが並んでいる。
壁の近くだからか、国民が住むようには出来ていないらしい。
宿に泊まるのは大体が冒険者や商人。
彼らは自分を守る術を持っているから、壁の近くに宿があるのは当たり前のシステムだろう。
夕方までウェベールを歩いたが、あるのは宿と店、休憩所に公園や賭博場だ。
地面や階段は石だが、建物は殆どが木造だ。
まあ、これは大体どこでも一緒だな。
俺は空腹を感じ、近くの飯屋に入る。
まだ六時ぐらいだが、人は結構いる。
騒がしく無いのでここで晩飯を食べることにした。
カウンターに座り、照り焼きを注文。
しばらくして、注文した物が俺の前に置かれ、首巻きを外して食べ始める。
フードは基本取らない。
行儀が悪いのは分かるが、黒髪だと色々厄介なのだ。
六歳ぐらいの頃、攫われそうになったりしたし。
ていうか、シャルルは元々金髪だったそうだが、俺が乗り移ってから髪色が変わったらしい。
魔力の変化とかが関係しているのかもしれないな。
もう少しこの世界の人間の構造について知る必要があるかも。
そんな事を考えている内に、食事を終える。
料金を支払い、店を出た。
外はもう暗かったが、人はまだ多い。
王国は夜も盛んなのだ。
「帰るか」
俺は首巻きを元の、鼻より高い位置に戻し、宿に向かって歩を進めた。
宿に着くと、俺は水浴びをして、髪を風と火の混合魔術『温風』で乾かす。
俺はベッドの端に座り、土魔術でア◯カフィギュアの作成を始める。
最初はプラグスーツバージョンだ。
作成後は、ヴェラの残った匂いに包まれながら眠った。
変態チックだが、ヴェラが寝たベッドなのだから仕方がない。
これは仕方がない事なのだ。
翌朝、俺はトレーニング後に食事を済ませて、冒険者ギルドに向かう事にした。
冒険者ギルドはウェベールには無い。
町人に聞いた所、隣町に一つ目の冒険者ギルドがあるそうだ。
この国には冒険者ギルドが三つあると聞いた。
一つ目はさっき言った通り、ウェベールの東隣りにある街に。
二つ目は国の東側に、三つ目は国の北側にある。
東、西、北とで、線を引けば三角になる。
西のだけでなく、他の二つの冒険者ギルドにも足を運ぶつもりだ。
これから冒険者ギルドへ向かう訳だが、歩きではない。
ここロンズデールには、客馬車なる物がある。
二頭の馬が、大人十人は乗れる大きめの馬車を引く。
街の端から端を真っ直ぐ行き来するだけの馬車で……もうバスと言った方が早いな。
料金さえ払えば乗れるし、降りたい所で御者に声を掛ければ降りられる。
俺は早速見つけた客馬車に乗り込み、料金を払った。
幌はないので、外が見える。
俺は街を観察しながら目的地まで待った。
そして、隣街へと到着。
街と街の線引きはそこまではっきりしている訳ではない。
建てられた5メートル程の看板だけが目印だ。
馬車は街を越えずUターンする。
俺は御者に声を掛けて馬車から降りた。
軽いストレッチをしてから、看板の前まで行く。
看板には『グレーズ』と書かれている。
グレーズという街らしい。
「あの、すみません。冒険者協同組合は何処にありますか?」
俺は通りすがった男性に声を掛けた。
「ああ、それなら真っ直ぐ行けばあるよ」
「ありがとうございます」
礼を告げて、俺は徒歩で冒険者ギルドへと足を運んだ。
「でっけぇ」
到着した俺の第一声。
今まで見たどの冒険者ギルドよりも大きい。
出入りをする人も多く、凄く賑わっている。
中に入ると、外観通り広く、二階まである。
カウンターには人がたくさんいて、依頼掲示板も大きいのが多数設置されている。
ここで説明しておくと、冒険者ギルドで出来るのはクエストの受注だけではない。
銀行や郵便局の様な事もしている。
金や物を預けたり、手紙を出したり。
利用するだけの物もお金も無いので、今の俺には関係ない。
俺は依頼掲示板に目を通し、どのクエストにしようか考えるが、どれも雑魚ばっかだ。
やはり昇級をしたい。
ワイバーンは確か一級の魔物。
あのぐらい骨がある方が、俺としては楽しめて良い。
「失礼、お姉さん」
俺は案内人に声を掛けた。
「如何なされましたか?」
「昇級試験はいつ頃貼られますか?」
「明朝になります」
「ありがとうございます」
明日の朝とは、パーフェクトタイミングだ。
今日は雑魚でも狩って、明日は一級に昇格だ。
「じゃ、今日はオークにしよう」
俺はオーク討伐依頼の紙を剥がし、カウンターに持っていった。
――――――
後日、俺は早速ギルドへと向かい、昇級試験の紙を手に取る。
一級への昇格試験だ。
内容はドラゴン一体の撃退。
ドラゴンの戦闘力なんて知らないが、強大なんだろうよ。
シャルルさんの退屈を晴らしてやろうじゃないの。
カウンターに紙を置き、手首を差し出す。
受付人が俺の手首を確認すると、苦笑交じりに言う。
「シャルル様の現在の階級は五です。本当にこちらの試験を受けますか?」
「はい」
俺は短く答える。
「お前まだガキなんだし、本当に大丈夫か?」って事だろう。
どのクエストにも命の保証なんて無いわけだからな。
一級の魔物ともなれば、瞬殺もありえる訳だし。
「では、此方へ」
後ろから声を掛けられた。
振り向くと、笑顔を浮かべた女性が立っていた。
「え、何か?」
「案内致します」
「案内?」
「はい、ドラゴンはヴェゼヴォル大陸にしか居られませんので、転移魔術でヴェゼヴォル大陸のドラゴンの巣までお送り致します」
「……なるほど」
ドラゴンってのはヴェゼヴォルにしか居ないのか。
一回も遭遇しなかったが。
まあ、エヴラールが比例的安全な道を選んだのだろうな。
にしても親切だな。
自分の足で行くのかと思っていたが、転移魔術なんて物を使ってくれるらしい。
俺は案内人の後に続く。
ギルドの裏の更に奥、石造りの部屋に入った。
部屋の地面の中央には魔法陣の様な物が書かれていた。
魔法陣は淡い青色の光を発している。
「そちらに魔法陣の中央で両足を揃えていただきますと、転移致します。帰りも同様です」
「分かりました」
俺は言われた通り魔法陣の真中で両足を揃える。
すると、目の前が真っ黒になり、浮遊感を感じる。
視覚が回復し、周りが見えるようになった。
俺はゴツゴツとした暗い空間にいた。
上下左右、岩ばかり。
歩を進めると、足音が空間に響く。
察するに、洞窟だろう。
ドラゴンの巣とか言っていたし。
「さて、何処にいるかなぁ」
俺はゆっくりと歩き、ドラゴンを探す。
足音も寝息も聞こえない。
嫌に静かで恐怖感と不安を募らせる。
だが、この感覚を楽しいと思ってしまう自分が何となく嫌だ。
ドMではないのだ、決して。
「おっと」
洞窟を真っ直ぐ進み、突き当りを右に曲がった所で、寝ているドラゴンを発見した。
全長は約20メートル。
ワイバーンをそのまま巨大化させた様な容姿だが、相違点は手と角があるという事。
手には爪が生えていて、角が鼻の上に生えている。
寝ているのでゆっくり近づいて殺ってしまおうか。
……と、上手くは行かない。
俺とドラゴンの距離が10メートル程になった時、奴は目を覚ました。
高位な魔物は察知能力に長けていると聞くが、寝ていても有効とはなぁ。
『グアアアアアァァアアァァアァア!』
冷や汗を垂らす俺にドラゴンが威嚇した。
耳を劈く悲鳴が洞窟内に響く。
「うるせえ!」
俺が叫ぶと、ドラゴンは俺をギロリと睨みつける。
物凄い威圧感に腰が引ける思いだが、頬を叩いて気合を入れる。
どうせあの鱗は剣を通さない。
最初から魔術で戦おう。
俺は『氷槍』を十本、ドラゴンに放った。
だが勿論のこと鱗により破壊される。
ドラゴンは羽を動かした。
風で飛ばされそうになるが、土魔術で足を固定。
その間にドラゴンは俺に接近し、口を大きく開ける。
俺は昔にした様に、口の中に入り、『針山地獄』を使った。
しかし、針は肉を貫いたものの、鱗を貫通しなかった。
鱗を通らなければ、脳にも届かない。
ていうか、氷じゃなくて土魔術を使えば良かったか。
今度土バージョンも作っておこう。
無駄な魔力を消費してしまった。
俺は口内から出て、第二の手、原始的撃退を遂行する。
硬度、強度をマックスまで上げた直径5メートルの丸い岩を、ドラゴンの顔目掛けて発射。
『ドラゴン は かみくだく を くりだした』。
奴の『かみくだく』は見事に岩を破壊した。
「お前の顎と歯おかしいだろ! 金属を噛み砕いてるようなもんだぞ!」
『ガアアアアァァアアァアア!』
「ごめんなさい!」
謝りながら、土魔術で硬度、強度マックスの弾丸を二百発分形成。
回転を加えて顔に集中砲火した。
奴は羽でガードするが、流線型の弾丸は羽を貫く。
今度はしっかりと鱗にめり込んだ。
俺は指を鳴らす。
すると、爆発音が連続して鳴り響いた。
『グアアアアァァァアアアアア!』
ドラゴンの悲痛の叫びが俺の耳を劈く。
ドラゴンは顔の至る所から流血している。
目も抉れて視界は塞がれている事だろう。
顎も半分が破壊されて、舌も半分無くなった。
凶暴性をアピールしていた角は跡形もなく消えた。
もう二百発、頭部に浴びせる。
同じように鱗は剥がれ、肉は潰れ、脳漿を露わにする。
そして、ドラゴンの脳漿目掛けて三本の氷槍を発射し、とどめを刺した。
手首を確認すると、『1』を表す文字が浮かんでいた。
ドラゴンの撃退に成功したようだ。
俺が何をしたかと聞かれれば、土魔術で作った貫通性の高い銃弾を火魔術で爆発させただけの話だ。
炸裂をどう表現すれば分からなかったので爆発にしてしまったが、むしろこっちの方が効果的だっただろう。
「帰ろ」
俺は踵を返し、魔法陣へと歩いて行った。




