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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第三章『情』
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唐突な訪れで・後編

 俺は真っ白な空間にいた。

 俺と対面して座る一人の少年が笑顔を浮かべている。


「シャルルか」

「おはよう」

「おう」


 毎度毎度、この呼び出され方は少しだけイラッと来るものがあるな。


「それで、今回はどうした?」

「特に何も無いんだ、ただ少し話がしなくて」

「おう、いいぞ」


 体が動かせないこいつは、退屈する事が多いらしい。

 何か大きなイベントを待っているそうだが、今は平和なので仕方がない。

 俺も何か楽しいことがしたいのだが、周りが強い人だらけで何も起こらないのだ。

 ワイバーンなんかが襲ってきたら面白いんだがなあ。


「最近、暇だって良く思――いや、面白い事、あるみたいだよ」

「え?」


 俺の意識は現実へと引き戻される。

 現実へと帰った俺が最初に聞いたのは、ドアを叩く音。

 誰かが家のドアをノックしている。


「まさか……」


 さっきのシャルルの呼び出しによって、結界が壊れてしまったか。

 ニーナが不安そうな表情で俺を見ている。

 シャルルが言った面白い事ってこれか。

 俺からしたら、ただの面倒事でしか無いんだが。


「何の御用で――」

「人間のガキィ! てめぇうちの娘を勝手に連れ出して何してんだ!? あ!?」


 鬼の形相で俺に怒鳴る三十代くらいの獣人男性。

 とても面倒そうな奴が来た。

 娘思いの良い父親の様だが、耳元で怒鳴られるのは勘弁だ。


「あー、はい、とりあえず中に入ってください。娘さんが居ますんで」


 苦笑を浮かべながら、中に入るよう促し、ニーナと対面させる。

 ニーナの父はニーナを抱きしめ、謝り始めた。


「ごめんな、ごめんな、ニーナ……父さんが魚を食べ過ぎたばっかりに」

「……お父さん」

「クソガキに何か悪いことされなかったか?」


 失礼な。

 まるで俺が家出少女を家に入れて獣の様に貪っている野郎みたいじゃないか。

 なんたる侮辱か!

 紳士であるこの俺に……。


「クソガキじゃない。シャルル。シャルル、何も悪いことしてない」


 見てくださいこの娘。

 とってもいい娘でしょう?


「お、おう、そうか……シャルル、娘が世話になった」


 困った表情でニーナの父が俺に振り向き、礼を言った。

 意外とあっさりしているんなら、こちらとしても楽でいい。


「じゃあ、帰るぞニーナ」

「待って……もう少し……ここにいる」

「は? 何を言って――」


『ガアアアアアァァァァアアァア!』


 ニーナの父の声を遮ったのは、聞いたこともない音だった。

 聞いたこともないが、聞いたことあるもので、近いものに例えるとすれば、雷鳴。

 だが、雷鳴よりも威圧感がある。


 俺達三人は慌てて家を出た。

 頭上には太陽光を遮る影。

 見上げて目に映るのは、赤茶けた鱗に、爪のある大きな翼、爪のある長い尻尾、トカゲの様な顔に、二本の脚、その眼は俺達を怯ませる程に凶悪で、全長は10メートルを超えるであろう――奴の名は、ワイバーンだ。


「ワイバーンだああああああああ!」


 数瞬の沈黙の後に、村の彼方此方から悲鳴が上がった。

 俺は急いで家に入り、二本の剣を持ち出す。

 外に出ると、既に数人の獣人が応戦していた。

 中にはニーナの父の姿も見える。


 涙を流して震えているニーナを家の中に入れ、村全体を覆う程のドームを形成した。

 硬度、強度を最高まで高める。

 ここまでしたのに、俺の魔力はまだ尽きない。

 疲れも感じない、怠けもない。


「いける」


 俺は土魔術で足場を作りながらワイバーンの背中に飛んだ。

 二本の剣を振り下ろすが、鱗が弾く。

 今度は土と氷の槍をぶつけるが、結果は同じ。


「まじかよっ!」


 ワイバーンは俺を振り落とそうと暴れだした。

 俺は落とされないようにがしりとしがみつく。


「氷解」


 呟くと、俺の体から魔力が流れ出た。

 そして、ワイバーンの体は内側から氷り、砕け散る。

 断末魔の叫びを聞くこともなく倒してしまったが、俺の魔力は残り十分の二と言ったところだ。

 ワイバーンの体積の分だけ魔力が吸い取られたのだから、当たり前ではある。


『ガァァァアアァァァアア!』


 ドーム上に下りて、一息した俺の耳に届いた声。


「嘘だろ」


 先ほどのワイバーンよりも大きな奴が、俺を睨みつけていた。

 魔力は残り少ない、剣は鱗を通らない。

 倒す方法を考えながら、ワイバーンをおびき寄せる。

 奴の狙いは仲間を殺した俺だ。

 口元を拭うと、自分がニヤけている事に気付いた。


「ぷっ」


 この状況で笑っている自分が可笑しくて、吹き出してしまう。

 俺はニーナやリラからワイバーンを充分に遠ざけた所で急停止し、迎え討つ。

 全速力で奴に向かって走り、右眼に剣を刺した。


『ガァァアアァァア!』


 悲痛の叫びが響き渡り、思わず耳を抑えてしまった。

 俺は顔から振り落とされ、背中を強打する。

 すぐに『治癒』を施し、痛みを消す。


 気付いた時、俺の目の前にワイバーンの足の裏が視界いっぱいに広がった。

 奴は俺を踏みつけようとしている。

 俺は寝たまま地面に手を付け、強度を鉄に設定した、先端の尖った土の柱を形成。

 ワイバーンの体重と勢いもあったせいか、土の柱は奴の足を貫いた。

 俺は立ち上がり、今度は左眼を潰す。


「お邪魔します」


 俺は口を開いて叫ぶワイバーンの口内に侵入した。

 舌に手を付け、この前保存しておいた魔術を使う。


「針山地獄」


 呟くと、無数の氷の針がワイバーンの頭部と口内を内側から貫いた。

 これは夜中に魔術で遊んでいた時に、ウニボールを思い出して作った技だ。

 ワイバーンの口内から出ると、イメージ通り、セーブデータ通り、硬いウニボールを口に入れて噛み、トゲトゲが口を貫通した様になっている。


「いやぁ、芸術だね」


 俺は腰に手を当て声を漏らした。

 ここまで大きい『針山地獄』は初めてやったから、少し心配だったが問題はないようだ。

 これなら針を作り出すだけだから、消費魔力量は『氷解』ほど多くはない。


「ふぅ……」


 俺が休んでいると、数人の獣人が駆け寄ってきた。


「怪我はないか?」

「大丈夫か? 意識は?」


 その内の二人が俺に声をかけた。


「これは一体……」


 死んだワイバーンを見て一人が呟いた。


「疲れましたが、それ以外に問題はないです。怪我も治しましたので」

「……」


 俺が言うと、声をかけてきた二人の獣人が顔を見合わせた。


「それと、この土の防御もう解きますけど良いですか?」

「あ、ああ、構わない」


 俺が魔力を抜き取ると、ドームが粉々に崩れた。

 言葉通り、粉の様になったので、家が下敷きにされる事はない。

 もちろん俺達は落っこちるが、家の上、橋や道に着地する。


「はぁ、疲れた」


 俺はどすりと地面に座り込み、息を吸い込む。

 久しぶりの戦闘で中々に楽しめた。

 二体も倒せたのは俺としても嬉しい。

 魔術も使えることがバレたのは悔しい点だが、今の俺じゃ剣だけでは倒せない。

 魔術のバリエーションも増やさなければいけないしなぁ。


「シャルル……怪我、ない?」

「ニーナか、大丈夫だよ」


 いつの間にか付いた癖で頭を撫でてしまうが、ニーナは目を細めて抵抗を見せない。

 女の子は髪の毛を触られると嫌がると聞いたが、この世界では違うようだ。


「クソガキ、お前は一体……」


 後ろから声を掛けられ、振り向くとニーナの父がいた。

 何が起こっているのか分からないという顔をしている。


「はい? 何か悪いことでも……?」

「いや、何でもない。とにかく、助かった。お前の処遇はティホンさんに任せよう」

「処遇? え、僕何か悪いことしたんですか!?」


 俺の質問に返事をする事無く、ニーナの父は去ってしまった。

 まさか、ワイバーンって村の人が倒さなくちゃいけない的な仕来りがあったり?

 いや、村を襲う魔物は村の人が倒すって言う方がそれっぽいか。

 どうしよう、俺ってば変なことに首突っ込んじゃったか?


「ニ、ニーナ、俺、追い出されるんじゃ……?」

「心配ない……お父さん、怒ってなかった」

「そ、そうか」


 その後、俺はティホンの帰りを待つために、ティホン宅へと向かった。




――――――




「ふむ、なるほど」


 若い獣人がティホンにワイバーン襲撃を大まかに説明した。

 ティホンはしばらく黙りこみ、何かを考えているようだ。

 俺の処遇とやらを決めているのだろう。

 頼むから、追放は無しにしてくれよ。


「よし、シャルル、褒美をやる。何が欲しい?」

「へっ?」


 予想外の言葉に間抜けな声が出てしまった。


「褒美、ですか?」

「そうだ、褒美だ。村を救ってくれたのだから、当たり前だろ? それにワイバーン二体が、村を襲うなんてのも、珍しい話だ。それなりの物をやるぞ」


 俺は後頭を掻きながら考える。

 いきなり褒美と言われても何も思い浮かばない。

 ニーナとリラを嫁にください、ぐらいしか思いつかない。

 考えこむ俺の姿をティホン宅に集まった獣人達が凝視する。

 心なしか、あまり大事にはしないでくれという視線を感じるな。


「欲しい物は特にありません」

「いや、それでは示しがつかないだろ」

「僕が欲しいのは『力』なんです、物ではありません。だから、バフィトさんの稽古で充分間に合ってます。それに、毎日朝食と夕飯を頂いているのに、褒美だなんて……」

「謙虚な奴だな。もっと、何か、嫁にくれーとかねえのか?」

「くれるのなら貰いますけど」

「ヴェラ、聞いたか?」


 ティホンは口の角を釣り上げて、ヴェラに視線を移す。

 どうやら、リラは貰えないようだ。

 そりゃ、結婚できる年齢でもないしな。

 ヴェラといえば、鼻息荒く俺の方を見ている。


「え、いいんですか?」

「……お前、欲しいのか?」


 お前そりゃあ欲しいに決まってんだろ。

 銀髪で巨乳で美人なんだぞ。

 ……とは言わない。


「冗談です。では、貸しを一つって事でどうでしょう?」

「貸し?」


 折角、褒美をくれると言うのだ。

 貰わないのは勿体無いと俺は判断した。

 なら、貸しを作って将来俺が困ったときに利用させてもらえばいい。


「はい、貸しです」

「……なるほど、いいじゃねえか。うむ、いいだろう」

「ありがとうございます」


 俺とティホンの会話が終わると、獣人達が胸を撫で下ろした。

 そこまで緊張する会話だっただろうか。

 俺はそこまでエグい事をする奴に見えたのだろうか。

 心外だなあ。


「さて、解散!」


 ティホンが言うと、獣人達は立ち去った。

 部屋の隅から嫌なオーラを感じたので目をやると、ヴェラが体育座りをしていた。

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