犬耳尻尾で・後編
飛んでくる攻撃を躱していると、隙を突かれて額に拳が当たった。
視界が揺れてリラを見失う。
「あがぁッ!」
腹に数発の突き、そして顎を蹴り上げられた。
俺は仰向けに倒れ、「何でもしてやるぞ」の一言で意識を繋ぐ。
頭と腹に治癒を施し、視界がはっきりとしてくる。
立ち上がろうとした時、顔面に足の裏が直撃し、俺は後方に飛ばされた。
受け身を取り、立ち上がってリラの対処法を考える。
正攻法では勝てない。
だが、魔術で直接攻撃しては、リラが傷付く。
「ぐっ……!」
リラの攻撃をぎりぎりで躱せずに、肩に当たる。
まだ子供だというのに重い攻撃だ。
流石はヴェラの妹だな。
俺は脚に魔力を集中させ、走りだした。
俺の後をリラが追う。
攻撃を躱しながら逃げまわり、周囲を確認してから立ち止まった。
リラの腕が俺の顎を目掛けて飛んでくるが、リラが突然バランスを崩し、凄い勢いで転倒しそうになった。
俺はリラを正面から抱きとめ、首にナイフを突き付けた。
今日は二本の剣を家に置いてきたので、これは旅の途中で買ったナイフだ。
腿に常備してある。
「な……」
リラは絶句している。
何が起こっているのか分かっていない様な顔だ。
「僕の勝ちですね」
バフィトに目をやると、ゆっくりと頷いた。
俺がしたのは簡単な事だ。
走り回っている間に地面に石を置いただけだ。
全部違う大きさの物。
それに躓くように位置取りをし、リラの攻撃を誘っただけだ。
俺はリラを傷付けることなく勝利した訳さ。
「いやぁ、何でもしてくれるんですよね~、楽しみです、何をさせましょうかぁ……」
「今のは偶然転んだだけだ! 無しだ!」
「いいえ、シャルルの勝利です、リラ様」
リラの抗議をバフィトが蹴った。
バフィトには俺のした事が見えていたのだろう。
俺にウィンクをしてきた。
何て良い人なんだろうか……。
「むぅ……仕方がない、お前の勝ちにしよう」
意外とすんなり受け入れたな。
もう少し粘るかと思ったが。
「約束通り、何でも言うことを聞いてやる」
「そうですね、僕の訓練の後にしましょう」
「分かった、じゃあ後で」
そう言い残し、リラは村の中央へと走っていった。
俺はバフィトへ振り向き、苦笑交じりに聞く。
「村長の娘が僕の言う事を何でも聞くそうですよ?」
「度が過ぎていなければ、仲を深める為の遊びとして多めに見るさ」
「度が過ぎればどうなるんです?」
「賢いお前なら分かるだろ」
一瞬だけ殺気を感じた。
まあ、タダでは済まないだろうな。
村長の娘に手を出したとあらば、全員で俺を殺しに掛かるだろう。
トラブルはなるべく避けたいので、程よく楽しめる物にしておこう。
「じゃあ、訓練を開始する」
「はい、よろしくお願いします!」
訓練後、俺はティホンの家へと向かった。
ノックをすると、リアナが友好的な笑顔を浮かべて迎え入れてくれた。
「ふがっ」
突然視界が真っ黒になり、女性独特の良い香りが鼻を刺激した。
柔らかいものが俺の顔を覆って、俺は今とても幸せ。
幸せすぎて死ぬんじゃないかと思う。
「っぷはぁ! ヴェ、ヴェラさん……!」
「どう? 死ななかったでしょシャルル! ギリギリ死なないようにするからね、これからは!」
「ギリギリって、もう少しお手柔らかにお願いしますよ」
後頭を掻きながら中に入ると、リラがソファで寛いでいるのが見えた。
俺はゆっくりと歩み寄り、下衆い笑いを作って見下すように言う。
「来ましたよ」
「ひっ……そ、その顔はやめろ!」
本気で怖がっているのか、肩が小刻みに震えている。
怖がる女の子もまた可愛いものだな。
しかし、あまり遊びすぎるとトラウマを植え付ける可能性があるので、ここらで止めておく。
いつもの笑顔を浮かべて、俺はこう告げた。
「では、リラ様、あなたの本日一回目の私からの命令は……」
「……命令、は?」
俺は焦らしたまま暖炉前に胡座をかき、膝を叩いた。
「こちらに座っていただきましょう」
「はぇ?」
俺が言うと、リラが間抜けな声を出した。
「そ、それだけか?」
「はい」
「そうか、変なやつだな……」
言いながら、リラは俺の膝と膝の間にちょこんと座る。
俺の鍛えられた体のせいなのか、リラが子供だからなのか、軽く感じる。
こんな軽い体でどうやってあのパンチを繰り出したのか、不思議に思う。
これだけでは物足りないので、俺はしがみつくように抱きついた。
リラの体温、匂い、心臓の鼓動を感じる。
人生で初めてやったが、気持ちが良いものだな。
人肌は何故だか安心するものだ。
俺はいつの間にか寝ていたようで、鼻を刺す食べ物の匂いで目を覚ました。
リラも一緒に寝てしまったらしく、今も静かに寝息を立てている。
俺は膝の裏に腕を回し、お姫様抱っこでソファまで運んでやる。
男っぽい口調だが、寝ている時は普通の女の子だ。
いや、耳と尻尾があるから普通では無いな。
「シャルルはリラの方が好みか?」
リラの寝顔を見つめていると、ヴェラが話しかけてきた。
「いいえ、僕は何でもいけますよ、同性でなければ。ヴェラさんも魅力的だと僕は思います」
「シャルルはいい子だなぁ!」
そう言って後ろから抱きついてきた。
今までは正面から抱かれていたので気付かなかったが、ヴェラは匂いも嗅いでいる。
すんすんと嗅いでは頬ずりの繰り返しだ。
顔にはヴェラの柔らかいほっぺた、背中にはヴェラの柔らかいおっぱい。
最高だね。
「ご飯が出来ましたよ」
しばらくして、リアナが機嫌の良さそうな声色で言った。
もうしばらくリラの寝顔を見ていたいが、ご飯ならば起こさないといけない。
「リラさん、起きてください」
声をかけながら頬を軽く叩く。
「ふぁぁ~」
リラは欠伸をしながら体を起こし、俺の顔をしばらく見てから立ち上がった。
そして、テーブルへゆっくりと歩いて行く。
全員が席に着いた所で、夕飯を頂いた。
――――――
翌朝、ヴェラにまたマッサージをお願いし、ヴェラと共にティホンの家へと向かう。
朝食を済ませ、バフィトと訓練をした後は暇な時間が出来る。
折角なので、村を適当に歩く事にした。
ティホン宅は村の中央――大樹のすぐ側に作られている。
そこから時計回りに移動しよう。
数時間歩いて休憩を取る。
気付いた事と言えば、この村には店が一つもない。
獣人の方に聞いた話、食料は自分で確保する物らしい。
まあ、獣人の彼らならば狩りなど余裕だろう。
獣人の方々で思い出したが、ここには犬耳だけがいる訳ではないようだ。
俺が今まで見てきた獣人はどちらかと言えば狼だが。
ティホンの家から東側は犬耳が多く、西側は猫耳が多いと言った感じだ。
「さてと、帰るか」
する事も無くなったので、家に帰ることにする。
「よっこら――」
「んにゃっ」
座っていた石から腰を上げた俺の背中に誰かがぶつかった。
振り返ると、猫耳と尻尾を生やした獣人さんがおられた。
茶色のショートヘアにくりりとした眼の美少女だ。
リラと同い年くらいのロリである。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……。あなた、人間……?」
「はい」
「……珍しい」
「お邪魔してます」
「黒髪……触って、いい?」
「あ、どうぞ」
俺が少し屈むと、猫耳は俺の頭を撫でた。
髪の毛を指に巻いたり、くしゃりと掴んでみたりしている。
黒髪ってのは、この世界では珍しい方なんだとエヴラールもアメリーもヴェラも言っていた。
俺からすれば真っ赤な髪や水色、金色の方が慣れないのだが。
「ありがとう……」
猫耳は満足したのか、俺の頭から手を離すと、どこかへふらりと行ってしまった。
「慣れなきゃいけないのかねぇ」
黒髪というだけで視線を向けられるのはよくある事だが、未だに慣れないでいる。
だが、俺は慣れなければならないのだろうな。
面倒だが、この世界で生きていくにはそうするしかない。
その後、俺は家に帰り、魔術で遊んだ。




