挿話 『青年』
ただのおまけ。読まなくても問題なし。
「ねぇねぇ、聞いてくれる? 『教会』にも報告する事なんだけどさ」
顔の整った好青年は、狂気的とも無邪気とも言える表情で、隣にいる男に語りかけた。
男は面倒くさそうに「うるせぇな、なんだよ」と問い返す。
青年は流れる街の景色に目をくれる事なく、嬉しそうに話し始めた。
「僕、今日出会ったんだ」
「出会った?」
「そう! 『魔神』に!」
「――何!?」
男は目を見開き、驚きを露わにする。
青年はそんな男の様子を見て、より一層表情を明るくさせた。
「まだまだ弱い。戦ったけど、雑魚だったよ。それでも、将来有望だね」
「戦ったのか!?」
「うん。戦っちゃった」
「クッソ。俺も相手したかったなぁ。魔神っていうからには、それなりの見た目なんだろうな?」
「いいや、ガキだったよ。五歳か六歳ぐらいじゃないかな」
「はぁ!? なら『決行』まで長ぇじゃねぇか」
「そうなるね。『教会』は彼に厳しくするだろうねぇ……。一体どんな試練を与えるんだろ」
「さぁな。やっぱ、親しいやつを殺すのは確定だろ」
「だね、それも目の前で! あっはっはっ!」
青年が笑うと、それに釣られるように、男も笑った。
『教会』を名乗りながらも、その笑いは、『悪魔』のそれに近かった。
二人は道の真ん中にいた為、視線が注がれる事になってしまったが、そんなのはどうでも良いと言った感じだ。
高らかに、狂ったように、笑い声を上げた。
「――っはぁ、お腹痛い」
しばらくして、二人は息を整える。
目尻には涙がにじみ出て、笑ってはいけないシリーズを見た後のようになっている。
「それで、戦った後、どうしたんだ?」
「逃してあげるついでに、獣人の森へ行くよう教えたよ」
「まぁ、必須だな」
「いやぁ、成長が楽しみだ。ここまで心が踊るとはね……!」
「かぁ、ずりぃなぁ。クッソ。俺も会いたかったなぁ」
男は本当に悔しそうに、アイドルの握手会を仕事で潰された時の様に、苦い表情をした。
青年はそんな男を見ても、表情は笑顔のまま。
喜びに満ちた表情のまま、青年は「でも」と付け足す。
「会うと惚れちゃうよ? 彼、『無味無臭』で『白紙』で『純粋』だから」
「いいねぇ。穢したくなるねぇ」
「それは教会の一員として、問題ある発言だと思うよ」
「いーんだよ、気にすんじゃねぇ。俺らはそういう組織だろうがよ」
男が言うと、青年は「そうだね」とだけ答え、嬉しそうに笑った。
青年はただ、楽しくて仕方が無かったのだ。
青年の所属する『教会』なんてのはどうでもよく、彼個人が純粋に楽しんでいるのだ。
クリスマスプレゼントを期待する子供のように。ただ、楽しみで仕方が無い。
「ああ、そういえば」
唐突に、青年が口を開く。
「彼、『魔王』と接触したみたいだね。『魔王』から魔石を貰っていたよ」
「チッ、あの野郎。見つけるの早いな」
「まあ、計画に変更は無いと思うよ。計画には『魔王』や『吸血鬼』の妨害だって考慮されてるはずだからね」
「たしかに、あいつらじゃ、止められねぇか」
先ほどまでの嬉笑は、嘲笑に変わっていた。魔王の接触が何の意味も成さなかった事に対して。
そして、これからも、魔王が何をしたところで、『終末』は免れないだろうと。
魔神。教会。青年。終末。白紙。計画。魔王。吸血鬼。
シャルルは、その全てを知る事になる、『選ばれた人間』なのだ。
「いや、本当。楽しみだな……もっと、成長してくれよ?」
青年は聞こえるはずもないのに、シャルルに語りかけた。
子供が楽しくて笑顔になるように、爽やかで、自然な笑顔で。
「へぶしっ!……あぁ、ったく、シャルルさんの体は花粉症持ちですかぁ?」
そう。シャルルに聞こえているはずもない。
声は届かずとも、言葉の念というのは存在するのかもしれない。
『嘘から出た真』といった言葉があるように。
シャルルは、青年のその後を知ることも、興味を示すこともなく、アメリーやクロエと獣人の森『ビャズマ』へ旅立つまでの時間を過ごした。
『魔神』は、青年との接触により、本格的に、動き出したのだ。