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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第二章『温もり』
15/72

新しい目標で・前編

 クロエの誕生日から数日後、俺はいつも通りクエストを済ませた後に、パン屋でパン達と睨めっこをしていた。

 苺ジャム入りか、葡萄ジャムか、蜜柑ジャムか……。

 どれも程よく甘くて美味しい。


「くぅぅ、どうするよ、俺」


 頭を抱えながら三つのパンと睨み合う。

 最終的に俺は、苺ジャムが中に入ったパンを買うことにした。

 今日は苺ジャム、明日は葡萄ジャム、明後日は蜜柑ジャム。

 完璧な計画だ。

 俺はドヤ顔のまま会計を済ませた。


 店を出て、しばらく歩いていた。

 すると、顔の良い青年に話しかけられる。


「こんにちは、坊や。悪いんだけど、道を教えてくれないかな?」

「僕もあまりこの街には詳しくないのですが、出来る範囲でなら」

「構わないよ。それで、教会を探しているんだけど、知っているかい?」


 教会。

 街の中心部にある建物だ。

 入ったことはないが、何度か通り過ぎたことはある。


「それなら、街の中心にあります」

「中心……? すまない、案内してもらえるかな?」

「いいですよ」


 道案内ぐらいならすぐに済ませられるので、問題はない。

 俺は青年の探す教会まで案内してあげることにした。




――――――




「――チッ」


 路地裏に響いたのは、青年の舌打ち。

 俺は教会に案内するため、近道である路地裏を通ったのだが、突然後ろから刃物で攻撃された。

 俺は瞬時に剣を一本抜いて自分の身を守った。


「……舌打ちしたいのは僕ですよ。何の真似ですか」


 俺は青年の刃物を弾き、睨みつけた。


「僕はね、魔眼を持っているんだ」

「魔眼?」

「そうだよ、魔眼。特別な眼のことさ。僕には君の魔力が見える」


 青年は服の下に隠していた短剣を抜いて、言葉を続けた。


「君は異常だ、その若さでそれだけの魔力量を備えている。だからここで消えてもらう、よッ!」


 その瞬間、俺の目の前から青年の姿は消えた。

 支離滅裂。意味不明。魔力量と異常と消えてもらう事がどう関係しているというのだ。

 ふざけないでほしい。何故、こんな事で襲われなければならないのか。


 多少の混乱を覚えながらも、俺は二本目の剣を抜き、上を見た。

 青年は短剣を俺の頭上に刺そうとしている。

 俺はバックステップで躱し、距離を取る。

 そして足から地面へと魔力を流した。


「僕には魔力が見えるんだってば」


 青年はそう言うと、上に飛んだ。


「うわっ!」


 俺の振り下ろした剣が空振った。


「なるほど、地面は誘導するためだったか」


 俺は魔力を流した後、青年の飛ぶタイミングを見計らって先に上に飛んだ。

 だが、青年は空中で体をゴムの様に曲げ、俺の攻撃を避けたのだ。


「面白いね」


 青年は呟いた。

「面白い」か、一理ある。

 正直、ゾンビもオークも弱い。

 こんなものかと落胆したこともあった。


 だが、今は俺の攻撃を避けれる奴が目の前にいる。

 きっと、これは危機的状況だ。

 俺は死ぬかもしれない。

 しかし、俺は少しだけ、面白いと思ってしまっている。


 俺は青年との距離を一瞬で詰め、左の剣で横薙ぎを繰り出した。

 青年は体制を低くし、紙一重で剣を避けた。

 俺は右の剣を青年の頭目掛けて振り下ろしたが、青年は獣の様な動きで躱す。


「君、気付いてるかい?」


 青年に話しかけられ、俺は首を傾げた。


「口元が綻んでいるよ」

「……これは失礼。ですが、あんたも同じですよ」

「ふふっ、久しぶりなんだ、面白い人間は」


 青年が言葉を終えた頃には、奴は俺の後ろにいた。

 人間の動きとは思えない早すぎる動きに、俺は冷や汗を垂らした。


「君の負けだよ」


 そして青年は、俺の喉元に刃物を突きつける。


「……そのようですね」


 潔く負けを認めるつもりはないが、とりあえず言っておいた。

 とりあえずだったのだが――


「でも、生かしてあげよう」

「え、マジ?」


 予想外の言葉に聞き返してしまった。


「うん、大マジさ、君は僕を楽しませてくれたからね。僕はこれで去るけど、次会う時までには強くなってよね。君はまだまだ弱いけど伸びしろはあるから、頑張って。そうだ、助言として……速さを手に入れたいなら、ここから真っ直ぐ西に行った獣人の森へ行くといい」


 青年はそう言って、路地裏から去ろうとした。

 未だ剣を構える俺に振り向き、不吉な笑みを浮かべて言う。


「次会うときは、殺し合いだから」




 青年の気配が完全に消えた後、剣を収めて肩の力が抜けた。

 まさか自分がニヤけていたとは、思ってもみなかった。

 だが、楽しかったのは事実。

 次に会う時までに俺はもっと強くならなくてはいけない。

 また新しい目標が増えたなあ……。


 にしても、仕事で殺さなくてはならないと言っていた。

 それなのに俺を生かしたという事は、上司か誰かから文句を言われる事は間違いないだろう。

 そもそも、俺の存在自体を隠すつもりなのか……?

 俺と再戦したいだけが為に……?

 うぅん、わからん。


 そういえば、最後に青年が言っていた獣人の森とは何だろうか。

 名前からして獣人の住む森なのだろうけど。


「獣人の森、行くか」


 俺は獣人の森とやらに行く事を決定した。

 エヴラールは置いていこう、うん。

 そして、俺は今後のプランを立てながら家路に着く。




 孤児院に戻り、アメリーに一対一の面会を求めた。

 夜に話をしようと言われたので、それまではお手伝いだ。


 いつも通りに手伝いを済ませ、皆で食事を取った。

 その後、院長室へと足を運ぶ。


「こんばんは、アメリーさん」

「こんばんは、シャルル。それで、どうしたの?」

「実はですね、獣人の森へ行くことになりまして……」

「どうして? エヴラールさんはどうするの?」

「理由は特に無いです。エヴラールさんにはアメリーさんから上手く言ってもらいたくて」


 俺が言うと、彼女は眉を寄せて難しそうな顔をした。

 そこまで難しい問題ではないが、優しいアメリーだから悩んでしまうのだろう。

 子供一人に旅をさせてもいいのかと。

 世間知らずな俺が一人で旅というのは確かに心配ではあるが、ノープランで行くわけではない。

 これから組み立てていく予定だ。


「エヴラールさんにはお世話になったんでしょう?」

「分かってます。ここで別れれば、不義理で失礼で迷惑なのも」

「なら、どうして――」

「僕は決めてるんです。やりたい事をやると。結果、不義理だと罵られようとも」

「本当に? 後悔しない?」

「寂しいとは思いますが、これ以上世話になるのも気が引けるんです。アメリーさんにも、エヴラールさんにも」

「そんな、私達は別に迷惑だなんて思っていないのよ?」

「分かっています。でも、行かなきゃ」

「……わかったわ。ただし、旅の計画を私に立てさせてくれればだけれど」


 しばらくしてから、彼女が人差し指を立てながら言った。

 旅の計画は大人であるアメリーに任せたほうがいいだろうし、出された条件はこちらとしてもバッチコイだ。


「わかりました」

「それじゃ、もう寝なさい」

「はい、おやすみなさい、アメリーさん」

「おやすみなさい、シャルル」


 こうして俺は無事にアメリーからの許可を貰ったのだった。




――――――




 次の日の夜、俺がこの街を出ることをクロエに告げた。

 クロエは突然涙ぐんで、俺に抱きついてきた。


「どうした?」

「寂しいよ……行ってほしくない」

「ごめんな、でも俺の夢の話は前にしたよな? 俺は世界を旅したいんだ、色んな場所に行って、色んな事学んで、色んな物食べてってさ」

「……私も、シャルルと一緒にいきたい」

「ダメだ」


 俺が言うと、クロエはそれ以上何も言わずに、黙って俺を抱きしめた。

 俺達はいつの間にか眠りについていた。


 翌朝、まだ寝ているクロエを起こさないようにベッドから抜けだした。

 いつもの様にトレーニング、クエスト、手伝いを終え、勉強会に参加した。

 歴史の授業だ。

 過去にあった事件の話をしている。

 子どもに話す事なので濁してある部分もあったが、最強と謳われた大魔術師の話だ。


 昔、とある大魔術師がいた。

 彼女は底なしの魔力総量と、数多くの混合や複合した魔術を使って戦った天才だった。

 戦争のある土地に行っては、数多くの人々を助け、崇められていた。

 だがある日、彼女に異変が起こった。

 苦しそうに泣き叫び、大量の魔力を放出し始めたのだ。

 場所は街の中央、数多くの人がいた。

 その場にいた人々の腕が突然はじけ飛び、頭が潰れ、街中が混乱した。

 この事件での死者は五十人以上、負傷者は百人を越えた。

 大魔術師は虐殺の後に魔力を空にし、変死。

 魔力の暴走によるものだとされたが、魔力暴走の原因は不明。

 そして、この事件は『魔術師ヘーデ事件』と呼ばれるようになった。

『魔術師ヘーデ事件』を始めとし、十数年に一度、魔力が全くない状態で発見される死体が増えたようだ。

 死体の状態に関連性は無かったそうだ。


「ふむ……」


 俺はこの事件に興味を持った。

 魔力の暴走には何かトリガーがあるのだと考えた。

 ストレス、疲労、第三者が関与している可能性等。

 理由も無しに魔力が暴れ、周りに被害を及ぼすなど理不尽過ぎる。

 俺は魔力暴走の事を考えながら、庭に出て剣の手入れを始めた。


 夜になり、アメリーと院長室で面談をする。

 アメリーは俺のステータスを知らない為、色々聞いてくる。

「どんなクエストをしてきたの?」とか、「剣術はどのくらい使えるの?」とか、「魔術はどれくらい使える?」とか。

 エヴラールと会った日とか、エヴラールの肩の乗り心地とか、エヴラールにはちゃんと食べさせてもらっていたかとかも聞かれたが、全部正直に答えたからエヴラールに悪い印象を与えることは無いだろう。




 数日後、アメリーに旅の準備が出来たと知らされた。

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