新しい目標で・前編
クロエの誕生日から数日後、俺はいつも通りクエストを済ませた後に、パン屋でパン達と睨めっこをしていた。
苺ジャム入りか、葡萄ジャムか、蜜柑ジャムか……。
どれも程よく甘くて美味しい。
「くぅぅ、どうするよ、俺」
頭を抱えながら三つのパンと睨み合う。
最終的に俺は、苺ジャムが中に入ったパンを買うことにした。
今日は苺ジャム、明日は葡萄ジャム、明後日は蜜柑ジャム。
完璧な計画だ。
俺はドヤ顔のまま会計を済ませた。
店を出て、しばらく歩いていた。
すると、顔の良い青年に話しかけられる。
「こんにちは、坊や。悪いんだけど、道を教えてくれないかな?」
「僕もあまりこの街には詳しくないのですが、出来る範囲でなら」
「構わないよ。それで、教会を探しているんだけど、知っているかい?」
教会。
街の中心部にある建物だ。
入ったことはないが、何度か通り過ぎたことはある。
「それなら、街の中心にあります」
「中心……? すまない、案内してもらえるかな?」
「いいですよ」
道案内ぐらいならすぐに済ませられるので、問題はない。
俺は青年の探す教会まで案内してあげることにした。
――――――
「――チッ」
路地裏に響いたのは、青年の舌打ち。
俺は教会に案内するため、近道である路地裏を通ったのだが、突然後ろから刃物で攻撃された。
俺は瞬時に剣を一本抜いて自分の身を守った。
「……舌打ちしたいのは僕ですよ。何の真似ですか」
俺は青年の刃物を弾き、睨みつけた。
「僕はね、魔眼を持っているんだ」
「魔眼?」
「そうだよ、魔眼。特別な眼のことさ。僕には君の魔力が見える」
青年は服の下に隠していた短剣を抜いて、言葉を続けた。
「君は異常だ、その若さでそれだけの魔力量を備えている。だからここで消えてもらう、よッ!」
その瞬間、俺の目の前から青年の姿は消えた。
支離滅裂。意味不明。魔力量と異常と消えてもらう事がどう関係しているというのだ。
ふざけないでほしい。何故、こんな事で襲われなければならないのか。
多少の混乱を覚えながらも、俺は二本目の剣を抜き、上を見た。
青年は短剣を俺の頭上に刺そうとしている。
俺はバックステップで躱し、距離を取る。
そして足から地面へと魔力を流した。
「僕には魔力が見えるんだってば」
青年はそう言うと、上に飛んだ。
「うわっ!」
俺の振り下ろした剣が空振った。
「なるほど、地面は誘導するためだったか」
俺は魔力を流した後、青年の飛ぶタイミングを見計らって先に上に飛んだ。
だが、青年は空中で体をゴムの様に曲げ、俺の攻撃を避けたのだ。
「面白いね」
青年は呟いた。
「面白い」か、一理ある。
正直、ゾンビもオークも弱い。
こんなものかと落胆したこともあった。
だが、今は俺の攻撃を避けれる奴が目の前にいる。
きっと、これは危機的状況だ。
俺は死ぬかもしれない。
しかし、俺は少しだけ、面白いと思ってしまっている。
俺は青年との距離を一瞬で詰め、左の剣で横薙ぎを繰り出した。
青年は体制を低くし、紙一重で剣を避けた。
俺は右の剣を青年の頭目掛けて振り下ろしたが、青年は獣の様な動きで躱す。
「君、気付いてるかい?」
青年に話しかけられ、俺は首を傾げた。
「口元が綻んでいるよ」
「……これは失礼。ですが、あんたも同じですよ」
「ふふっ、久しぶりなんだ、面白い人間は」
青年が言葉を終えた頃には、奴は俺の後ろにいた。
人間の動きとは思えない早すぎる動きに、俺は冷や汗を垂らした。
「君の負けだよ」
そして青年は、俺の喉元に刃物を突きつける。
「……そのようですね」
潔く負けを認めるつもりはないが、とりあえず言っておいた。
とりあえずだったのだが――
「でも、生かしてあげよう」
「え、マジ?」
予想外の言葉に聞き返してしまった。
「うん、大マジさ、君は僕を楽しませてくれたからね。僕はこれで去るけど、次会う時までには強くなってよね。君はまだまだ弱いけど伸びしろはあるから、頑張って。そうだ、助言として……速さを手に入れたいなら、ここから真っ直ぐ西に行った獣人の森へ行くといい」
青年はそう言って、路地裏から去ろうとした。
未だ剣を構える俺に振り向き、不吉な笑みを浮かべて言う。
「次会うときは、殺し合いだから」
青年の気配が完全に消えた後、剣を収めて肩の力が抜けた。
まさか自分がニヤけていたとは、思ってもみなかった。
だが、楽しかったのは事実。
次に会う時までに俺はもっと強くならなくてはいけない。
また新しい目標が増えたなあ……。
にしても、仕事で殺さなくてはならないと言っていた。
それなのに俺を生かしたという事は、上司か誰かから文句を言われる事は間違いないだろう。
そもそも、俺の存在自体を隠すつもりなのか……?
俺と再戦したいだけが為に……?
うぅん、わからん。
そういえば、最後に青年が言っていた獣人の森とは何だろうか。
名前からして獣人の住む森なのだろうけど。
「獣人の森、行くか」
俺は獣人の森とやらに行く事を決定した。
エヴラールは置いていこう、うん。
そして、俺は今後のプランを立てながら家路に着く。
孤児院に戻り、アメリーに一対一の面会を求めた。
夜に話をしようと言われたので、それまではお手伝いだ。
いつも通りに手伝いを済ませ、皆で食事を取った。
その後、院長室へと足を運ぶ。
「こんばんは、アメリーさん」
「こんばんは、シャルル。それで、どうしたの?」
「実はですね、獣人の森へ行くことになりまして……」
「どうして? エヴラールさんはどうするの?」
「理由は特に無いです。エヴラールさんにはアメリーさんから上手く言ってもらいたくて」
俺が言うと、彼女は眉を寄せて難しそうな顔をした。
そこまで難しい問題ではないが、優しいアメリーだから悩んでしまうのだろう。
子供一人に旅をさせてもいいのかと。
世間知らずな俺が一人で旅というのは確かに心配ではあるが、ノープランで行くわけではない。
これから組み立てていく予定だ。
「エヴラールさんにはお世話になったんでしょう?」
「分かってます。ここで別れれば、不義理で失礼で迷惑なのも」
「なら、どうして――」
「僕は決めてるんです。やりたい事をやると。結果、不義理だと罵られようとも」
「本当に? 後悔しない?」
「寂しいとは思いますが、これ以上世話になるのも気が引けるんです。アメリーさんにも、エヴラールさんにも」
「そんな、私達は別に迷惑だなんて思っていないのよ?」
「分かっています。でも、行かなきゃ」
「……わかったわ。ただし、旅の計画を私に立てさせてくれればだけれど」
しばらくしてから、彼女が人差し指を立てながら言った。
旅の計画は大人であるアメリーに任せたほうがいいだろうし、出された条件はこちらとしてもバッチコイだ。
「わかりました」
「それじゃ、もう寝なさい」
「はい、おやすみなさい、アメリーさん」
「おやすみなさい、シャルル」
こうして俺は無事にアメリーからの許可を貰ったのだった。
――――――
次の日の夜、俺がこの街を出ることをクロエに告げた。
クロエは突然涙ぐんで、俺に抱きついてきた。
「どうした?」
「寂しいよ……行ってほしくない」
「ごめんな、でも俺の夢の話は前にしたよな? 俺は世界を旅したいんだ、色んな場所に行って、色んな事学んで、色んな物食べてってさ」
「……私も、シャルルと一緒にいきたい」
「ダメだ」
俺が言うと、クロエはそれ以上何も言わずに、黙って俺を抱きしめた。
俺達はいつの間にか眠りについていた。
翌朝、まだ寝ているクロエを起こさないようにベッドから抜けだした。
いつもの様にトレーニング、クエスト、手伝いを終え、勉強会に参加した。
歴史の授業だ。
過去にあった事件の話をしている。
子どもに話す事なので濁してある部分もあったが、最強と謳われた大魔術師の話だ。
昔、とある大魔術師がいた。
彼女は底なしの魔力総量と、数多くの混合や複合した魔術を使って戦った天才だった。
戦争のある土地に行っては、数多くの人々を助け、崇められていた。
だがある日、彼女に異変が起こった。
苦しそうに泣き叫び、大量の魔力を放出し始めたのだ。
場所は街の中央、数多くの人がいた。
その場にいた人々の腕が突然はじけ飛び、頭が潰れ、街中が混乱した。
この事件での死者は五十人以上、負傷者は百人を越えた。
大魔術師は虐殺の後に魔力を空にし、変死。
魔力の暴走によるものだとされたが、魔力暴走の原因は不明。
そして、この事件は『魔術師ヘーデ事件』と呼ばれるようになった。
『魔術師ヘーデ事件』を始めとし、十数年に一度、魔力が全くない状態で発見される死体が増えたようだ。
死体の状態に関連性は無かったそうだ。
「ふむ……」
俺はこの事件に興味を持った。
魔力の暴走には何かトリガーがあるのだと考えた。
ストレス、疲労、第三者が関与している可能性等。
理由も無しに魔力が暴れ、周りに被害を及ぼすなど理不尽過ぎる。
俺は魔力暴走の事を考えながら、庭に出て剣の手入れを始めた。
夜になり、アメリーと院長室で面談をする。
アメリーは俺のステータスを知らない為、色々聞いてくる。
「どんなクエストをしてきたの?」とか、「剣術はどのくらい使えるの?」とか、「魔術はどれくらい使える?」とか。
エヴラールと会った日とか、エヴラールの肩の乗り心地とか、エヴラールにはちゃんと食べさせてもらっていたかとかも聞かれたが、全部正直に答えたからエヴラールに悪い印象を与えることは無いだろう。
数日後、アメリーに旅の準備が出来たと知らされた。