友達の誕生日で・後編
数日後、クロエの誕生日。
朝は俺のトレーニングがあるので、昼から連れ出すつもりだ。
アメリーの許可も取ってある。
俺としては、今すぐにでも連れて行きたいのだが、トレーニングは怠れない。
剣だけではなく、魔術の方もまだまだ特訓しなくてはいけないのだ。
昨日、魔術が切れそうになるのを感じたからな。
魔力総量は、魔術を使えばスキルポイントがMPに振られるので、しっかり増えていく。
そして、昼。
俺は勉強しているクロエを呼び出した。
「どうしたの、シャルル?」
「ああ、ちょっと付いてきて欲しいんだ」
「えっ、でも勉強が……」
「それは大丈夫」
「ど、どういうこと?」
混乱するクロエの手を引き、孤児院を出て、街の中央区まで歩く。
途中で自分の腹が減ったので、パン屋で二つの揚げパンを購入し、クロエと食べた。
ここの揚げパンは美味いのだ。
クエスト帰りに食べていたパンがこいつだ。
「美味しいね~」
「ああ、美味い」
先ほどまで顰めた面をしていたが、今は頬を赤らめパンを頬張っている。
誘拐犯が使う、甘いもので子どもを釣るという手は意外と効果的だったのかもな。
パンを食べながら移動し、中央区まで辿り着いた。
人が多いから、逸れる可能性もある。
「クロエ、俺の手を離すなよ?」
「う、うん」
女の子と手をつなぎながら街を回る。
これってデートじゃないのだろうか。
生まれてこの方、異性とデートなんてした事がない。
残念ながら、俺の初デートはドキドキするものではないがな。
なんというか、幼女だと妹と出かける気分になってしまう。
「どこ行きたい?」
「わ、わかんないよ、いきなり言われても」
「んじゃ、順に回るか」
俺が観光した順に見ていこう。
ゆっくり見れなかった場所もあるかもしれない。
まったりと行こうじゃないか。
街をゆるりと歩いていただけなのだが、クロエの瞳は輝いている。
遊園地に来た子どものようだ。
だが、さっきから気になる。
時々、クロエを嫌な目で見るやつがいる。
クロエは俺が絶対に守らなくてはならない。
「シャルル~、良い匂いだね~」
たしかに、良い匂いだ。
甘味ではなく、魚だ。
秋刀魚に近い香ばしい匂い。
「食べたいか?」
「えっ、でも……」
「金ならあるから大丈夫。それに、俺も食べたいしな」
「じゃ、じゃあ、いただこうかな」
「うむ」
クロエは俺にも遠慮がちなので、肩の力を抜いてもらわないといけない。
誕生日なのだから、彼女の好きな様にやるべきなのだ。
食べ物や小物ぐらいなら、俺のお金で足りる。
秋刀魚の様な焼き魚を書い、歩きながら食べる。
口から串を刺してあり食べやすいようにしてある。
隣を見ると、美味そうに頬張るクロエ。
あまりにも幸せそうな顔で食べるので、こちらまで嬉しくなる。
次に俺らが入ったのは、装飾品店だ。
やはり年頃の女の子、アクセサリーには興味津々だ。
「良さそうなのあったか?」
「うん、この髪留めが……」
クロエが指さしたのは、ライラックの様な白い花のデザインのピン留め、それと橙色のゴム留めだ。
きっと、どちらもよく似合うだろう。
ライラックは昔に母さんが教えてくれた。
たしか白いライラックの花言葉は「友情、思い出」「無邪気、若さ」「若いころの思い出」だったか。
俺の母さんは花が好きだったのだ。
忘れた花もあるが、覚えてる花も多い。
クロエは未だに二つの髪留めを眺めている。
俺はこっそりとピン留めとゴム留めの会計を済ませた。
「クロエ、行こう」
「……う、うん」
俺がそう言うと、悲しそうな顔をした。
女の子の悲しそうな顔も俺は好きだよ。
店を出て、他の場所も回った。
そろそろ疲れてきた頃だろうし、休憩を取る事にした。
ベンチに座り、一息つく。
「何か食べる?」
「ううん、お腹いっぱい」
言いながら、クロエはお腹を擦ってみせた。
「そっか……なあ、クロエ」
「なに?」
「目、瞑ってて」
「なんで?」
「眉毛にゴミが付いてる」
そう言うと、クロエは素直に目を瞑った。
勢いでキスをしそうになったが、俺の理性がブロックしてくれた。
俺はポケットからさっき買った物を取り出し、クロエに握らせた。
違和感を感じたクロエの眉がぴくりと動く。
「もう開けていいよ」
クロエは目を開き、掌の物を確認した。
「こ、これ……」
「誕生日おめでとう」
「し、シャルル……ありがとう!」
髪留めを握りしめ、嬉しそうに笑うクロエ。
「付けてみ」
言うと、クロエは前髪をライラックのピン留めで留め、肩の下まで伸びた髪をゴム留めで結んだ。
顔がよく見えるようになり、可愛らしさが増した。
素晴らしい、スプレンディッド、グレイト、アメイジング!
今すぐキスしてあげたいぐらいに可愛い。
「よく似合ってるぞ」
「えへへ、ありがとう……」
褒めてやると、クロエは頬を赤らめ後頭を掻いた。
――――――
街を適当にぶらりと回った後、孤児院に戻った。
アメリーが一番にお出迎えをしてくれた。
俺とクロエを一緒に抱きしめ、甘い匂いが俺の鼻を突く。
スゥ、スゥ、スゥ……。
「おかえりなさい、二人共」
「ッはぁ……はい、ただいま戻りましたアメリーさん」
「ただいま、アメリーさん」
挨拶を交わすと、アメリーは立ち上がり、俺達の頭を撫でた。
「シャルル君、今日もお手伝いしてくれる?」
「もちろんです」
「クロエちゃん、遊び部屋で皆が待っているわ」
「分かりました~」
クロエはスキップで遊び部屋まで向かった。
俺は晩飯の準備をするのだが、今日はいつもより豪勢だ。
アメリー氏大奮発。
そして、作り終えたご飯を二人で食堂まで運ぶ。
いつもより量が多いので、少し大変だ。
まあ、これもクロエの為。
文句などありはしないさ。
豪華な料理を見た子どもたちは目を輝かせ、涎を垂らしていた。
いつもの飯だって美味いのだが、やはり少しだけ違う所があると、気分も変わる。
「クロエちゃん、お誕生日おめでとう」
アメリーが女神のような笑顔を浮かべながら、祝いの言葉を言った。
それに続くように、他の子供達もクロエの誕生日を祝う。
クロエは少し照れくさくなったのか、後頭を掻いて、赤らめた顔に苦笑いを浮かべている。
その後、皆で楽しく騒がしく飯を頂いた。
幸せそうな顔で食べ物を頬張るのは、クロエだけではなく他の子供達も一緒だった。
食べている途中、アメリーが自作の服を渡していた。
クロエは嬉しそうに何度もお礼を言っていたな。
晩餐会も終わり、皆が寝静まった頃、俺は一人抜け出し庭で剣の手入れをしていた。
刃毀れのない、まだまだ綺麗な剣だ。
素振りをしても、いい音がなる。
「エヴラール、どうしてるかな」
俺の剣を買ってくれたエヴラール。
今は仕事で王都にいるが、何時になったら迎えに来てくれるのだろうか。
俺にはまだまだ見たいものがある。
ヴェゼヴォルの西側もまだ行っていないのだ。
「ああ、愛しきかな日本酒……」
この世界の事もそうだが、前の世界でやり残したこともある。
『やり残したこと』はむしろ割り切れるのだが、『やってきた事』は中々忘れられない。
これでも俺は酒豪なのだ。
酒が恋しい、飲みたい。
この世界での人間の成人は十六歳。
今の俺は七歳。
あと九年も待たなくてはならないとはな。
「シャルル?」
俺が縁側で酒飲みたさに苦悩していると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、髪を解いたクロエがいた。
「どうしたんだ、クロエ」
「起きちゃって、そしたらシャルルがいなかったから……」
「悪いな、剣の手入れをしてただけだ」
俺は言いながら、剣を鞘に収めた。
「ほら、もう寝な」
「……目が覚めちゃった。少しお話しよ?」
「おう、いいぞ」
俺が言うと、クロエは俺の隣に座ってきた。
俺達はしばらく月を眺めていた。
うさぎは見えないが、どこの世界も月は美しい。
「シャルル、今日はありがとう」
突然、クロエが礼を言ってきた。
「どういたしまして」
「シャルルは……」
「ん?」
「シャルルはいつか、ここを出て行っちゃうんだよね?」
クロエは眉を顰め、俺の顔を覗き込んだ。
友達が離れていくのが寂しいのだろう。
だが、俺に此処に長居するという選択肢はない。
俺はクロエの頭に手を乗せ言う。
「まあ、離れ離れにはなるけど、俺達はずっと友達だ。それに、俺はクロエの事を忘れたりなんかしない」
「……本当? 忘れない?」
「本当だ、忘れない」
「私、ずっと髪留め大事にするから、だから、また会ってもすぐ気付いてくれる?」
「ああ、約束する」
言うと、小指を突き出してくるクロエ。
指切りというやつか。
子供の頃もしてこなかったな。
昔のことを少し思い出しながら、クロエの小指に自分の小指を重ねた。
「えへへ、それじゃぁ、私もう寝るね?」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさ~い」
俺は部屋に戻るクロエを見届けた後、魔術で遊ぶことにした。
クロエ人形でも作ってやろう。
「シャルル! 見て、この服可愛いねぇ」
「ふりふりの桃色のドレスかぁ」
「大人になったら、こんな服を着てみたいなぁ」
「クロエには、白のドレスを着て欲しいなあ」
「白……? それじゃあ結婚式みたいだよ?」
「白と赤って、すごく合うよ」
「赤?」
「そう、髪の毛」
「うぅ……この髪の毛は、好きじゃない」
「何でだ? 俺は好きだぞ。すごい綺麗だ」
「でも、赤って恐いよ……。赤色の髪は私だけだし……」
「黒い髪もあんまりいないよ。ずっと旅してきたけど、誰一人として見てないからね」
「じゃあ、一緒だね、私とシャルルは」
「そうだな、一緒だ」
「……赤と黒も、すごく似合うと思う」
「そうか? 黒のドレスは悪者っぽいぞ?」
「むぅ……」