友達の誕生日で・前編
『オオオォオオオ!』
鼓膜が敗れてしまうのではないかと心配するぐらいの雄叫びをオークが上げた。
俺は反射的に剣を抜き、距離を取る。
振り下ろされた棍棒は地面を砕き、砂塵を飛ばす。
「あぶねぇ!」
一瞬の出来事に、手と額から汗が流れる。
もう少し周囲を警戒するべきだった。
俺は剣を収め、自分への怒りも込めて、オークの頭に土弾を撃ち込んだ。
正直、ちびるかと思った。
次からは気をつけようと、決意した瞬間である。
――――――
一時間ほどの狩りを終え、手首を確認する。
「45」を表す文字があった。
どうやら、張り切りすぎたようだ。
「ふう……」
早速、冒険者ギルドに戻り、カウンターのお姉さんに手首を見せる。
お姉さんは一瞬だけ表情を変えたが、やはりプロ。
営業スマイルを浮かべてしっかりと報酬をもらった。
オークは一体倒す毎に銅貨五枚。
報酬は5×45で銅貨二百二十五枚。
今日の収入は二千二百五十円。
ゴブリンとはえらい違いだ。
俺は孤児院へ戻り、いつもの様にアメリーの手伝いをし、食事を取り、就寝した。
翌朝、目を覚ますとクロエが目の前にいた。
今朝はホールドされていないので、ゆっくりとベッドを抜け出した。
そして、早朝トレーニングを済ませ、アメリーの手伝いをする。
「そういえば、もうすぐクロエの誕生日なの」
「ん? 僕より一個上だったんですか」
「いいえ、次の誕生日で同い年になるの」
誕生日が近いから同い年であると言ったわけだ。
まあ、細かいことは気にしなくていいだろう。
「それで、人族が誕生日を祝うのは四歳、八歳、十六歳だけなのだけれど、竜人族は七歳、十四歳、十八歳なの」
この世界では、毎年誕生日を祝うのではなく、決められた歳にお祝いをする。
そして、人族は十六歳で成人、竜人は十八歳で成人だったか。
「なるほど、では、お祝いをするわけですね」
「ええ。だから、欲しい物、したい事をシャルル君から聞いてくれないかしら?」
「わかりました、任せて下さい」
アメリーだと遠慮してしまう、だから俺から聞いた方がいい。
剣が欲しいとか言い出しそうだ。
その時は刃の潰れた剣で我慢してもらおう。
アメリーの手伝い――洗濯や掃除に皿洗いを済ませ、クエストに向かう。
今日はゾンビ退治だ。
バイ◯ハザードとかに出てくる奴だったらどうしようか。
近づくなんて出来ない。
「まあ、魔術があるし」
便利な便利な魔術で倒せば問題はないが、やはり油断は禁物。
今日は昨日よりも警戒して行こう。
森の更に奥にゾンビはいた。
禿げた頭はしわしわで、顔の肉が腐敗し歯がむき出しになっている。
片目と鼻は潰れていて、腕が外れかかっていた。
気づかれないように遠くから土弾を頭に撃ち込んだ――のだが、奴はまだ倒れない。
ゾンビってのは頭を潰せば死ぬんじゃなかったっけか。
しかし、もう一度頭に撃っても、倒れなかった。
仕方がないので、氷らせて分解する。
地面に魔力を送り込み、ゾンビに魔力の管を繋げた。
ゾンビは足から氷っていき、全身を覆う氷が出来上がる。
体内まで魔力を浸透させ、分解。
今度は仕留めることが出来たようだ。
しばらくしても、リスポーンする気配はない。
二体目のゾンビと遭遇。
実験の為、足だけを氷らせ、分解した。
すると、見る見るうちに足は生え、腐敗した足が姿を表した。
今度は腕と頭を壊したが、結果は同じ。
要するに、全身を同時に壊さなければならないのだろう。
次は腕以外の部分を氷らせ、崩した。
そして、腕から体と頭、足が新しく生えてきた。
どこかのパーツが残っていれば、そこから再生出来るようだ。
ゾンビを30体倒した頃、疲れを感じた。
走る事もしなかったはずだが。
もしかして、魔力切れだろうか。
体内まで氷らせるのには、頭を土弾で貫くよりも魔力を使う。
筋肉から骨までが氷ることをイメージしなくてはならないので、時間がかかる。
魔力が尽きた時、何が起きるかわからない。
今日のクエストはここまでにしよう。
途中で買った菓子パンを食べながらギルドへ戻り、いつもの様にクエスト完了手続きを行う。
カウンターのお姉さんが驚いた顔をしたが以下省略。
ゾンビは一体大銅貨一枚、百円だ。
三十体倒したので、大銅貨三十枚。
円に換算して三千円だ。
野口さん三枚なのです。
俺は気分よく孤児院へ戻り、勉強中の子どもたちと一緒に勉強することにした。
早めにクエストを終えたので、することがなくなったのだ。
この世界の事を知る機会でもある。
俺は静かに教室へ入り、影を薄めてアメリー先生の話に耳を傾けた。
内容からして、歴史だろうか。
英雄や魔神の話をしている。
子どもたちは真面目にアメリーの話を聞いていて感心するね。
歴史は古い順からやっているらしく、今は五千年前の話をしている。
魔神と英雄様の戦いらしい。
強大で邪悪な力を持った魔神は世界を支配していたが、英雄に倒され、人類は自由を得た。
たった一人の英雄が魔神を倒したとされているらしいな。
パーティを組んで倒したわけではないらしい。
歴史の後は算数。
算数は既に会得しているので、部屋から出ようとしたのだが……。
「シャルルぅ~」
怠けた声で呼び止められた。
俺は声の主に歩み寄る。
「どうしたクロエ」
「私、算数は苦手で……」
俺が尋ねると、クロエが後頭を掻きながら言った。
「ああ、教えてほしいのね」
「う、うん」
「いいですとも」
「ありがとう!」
ということで、俺は赤毛の少女クロエさんに算数を教えることになった。
いい機会なので、クロエの欲しい物も聞いておこう。
「なぁ、クロエ」
「なに?」
クロエはペンを動かしながら言った。
俺はクロエの計算の間違いを指しながら言う。
「今欲しい物とかってあるか?」
「ん~、特にないかなぁ。街には行ってみたいけど」
「街? 中央区か? 中央区ならアメリーさんと行けるだろ」
「ううん、アメリーさんだと遠慮しちゃって」
「なるほどな」
つまりは、街ではしゃぎたいと、そう言っているのか。
欲しい物が無いのなら無いでいいのだが、街ではしゃぎたいか……。
アメリーに許可を貰う必要があるだろうな。
算数を教えた後は、晩飯の準備。
作っている間、アメリーにクロエのしたいことを報告した。
「うぅん……それは難しいわね」
「何故ですか?」
「彼女は竜人族、そして子ども。捕まえて売ろうとする人も、少なくはないはずなの」
この世界には奴隷商が存在する。
竜人が奴隷として売られることは今までに一度も無かったとエヴラールが言っていた。
だから、高値で売れるクロエを奴隷として売る為誘拐されるという危険性があるわけか。
「でも、僕が護衛すれば問題はないですよね?」
俺は、クロエに楽しんで欲しい。
親に捨てられたという哀しみは、大きいはずだ。
表には出さないで、へらへらしていても、本当は寂しいのだと断言できる。
寂しくないのなら、夜に泣いたりなんかしないだろうよ。
「でも、シャルル君だけじゃ――」
「僕はエヴラールさんの弟子ですよ。それに、僕が外出していた理由は冒険者協同組合で依頼を受けに行く為だったんです」
「なっ!?」
「ゴブリンを三十二体、オークを四十五体、ゾンビを三十体倒しました。僕なら充分出来ると思いますが」
「……」
俺が言うと、アメリーは黙ってしまった。
難しそうな顔で、料理を続けている。
返答を待つため、俺も手伝った。
晩飯を作り終えた頃、アメリーが俺の肩に手を乗せて言う。
「絶対に守れるわね?」
「はい」
「それじゃあ、任せてみるわ……」
「ありがとうございます!」
承諾を得た俺は、勢い良く頭を下げた。
そして、アメリーと一緒に食堂まで晩飯を運んだ。
皆で一緒に食べ、俺とアメリーで片付けた。
途中、「気分が良さそうだね」とクロエに聞かれたが、「なんでもない」と答えておいた。
流石に俺達だけで外出が出来るとは思っていないだろうから、驚かせてやろうと思う。
食事の後はいつもの様に眠りについた。