挿話 『魔王』
ただのおまけ。読まなくても問題なし。
魔王ジノヴィオスは、シャルルとの二度目の対話を終え、王座に腰を下ろした。
「あの石、渡して良かったのですか?」
何処からとも無く突然現れた、紫色の髪に金色のメッシュの女が言った。
露出度の高い服装からは想像も出来ない優しさに満ちた声と、表情と、言葉遣いに違和感を覚えずにはいられない。
だが、背中から生える翼は、物語の中でみる悪魔のものだった。
「良いんだ。もう一人との対話も大事だろう。それで精神の安定に繋がるなら、それでいい」
「……精神の安定、ですか」
「ああ。アイツは、『白』過ぎる。そして、『不安定』過ぎる」
ジノヴィオスは息を吐き、女に差し出されたワイングラスを受け取ると、さっそく口に付けた。
本来するべきではない飲み方――一気飲みをしたジノヴィオスは、女にグラスを突き出し、無言でもう一杯と伝える。
何なら瓶で飲めばいいのに。ジノヴィオスの使い魔の一人がそう言った時、魔王は「行儀がワリィだろ」と答えた。
魔王のくせに、何を言うのか。
「まあでも、しばらくはあのエヴラールと一緒にいるんだろうよ。例えシャルルがすぐに暴走しようとも、エヴラールならそうなる前に殺すだろ」
「そう、ですかね……。エヴラールさんが情の移った相手を殺せるのでしょうか?」
「あいつなら殺る。絶対に殺る」
「何故、断言出来るのですか?」
「あいつは友人や党の仲間を殺したことがある人間だ。ガキ一人殺すのに躊躇なんかしないだろうよ」
ジノヴィオスがそう言うと、女はこれ以上何も言わずに、口を閉じた。
タイミングを見計らったかのように、もう一人、女が姿を現す。
紫の髪に、黒いメッシュの入った女。もう一人の女と同じ様に、背中からは翼を生やしている。
露出度の高い服装がお似合いで、視線もどこか誘惑的だ。
「それよりも、彼、すごい可愛い」
「シャルルか?」
「そう。食べちゃいたいくらい」
黒メッシュの女は舌なめずりをしながら言った。
獲物を見つけた野獣でも、ご馳走を前に出された時の貧乏人でもない舌なめずり。
これは、百パーセントのエロスだ。
「今度会わせてやる」
「ふふっ、楽しみね」
「それよりも、戦ってみたいぜ!」
いつの間にかいた赤メッシュの女が活発的な声で言う。
突然響いた大声に、ジノヴィオスと二人の女は耳を押さえた。
「いきなり大声を出すな」
「すみません!」
ジノヴィオスが言うも、反省の色はなく、謝罪の声も大きかった。
どこのばくおんポケモンだと突っ込みたくなるところだが、異世界人の魔王にそんな突っ込みが出来るはずもなく。
ジノヴィオスに出来る突っ込みは、精々下の方ぐらいだろう。
「それにしても心配ねぇ」
「ああ。『教会』の人間と接触しないことを祈るばかりだ」
おそらく、祈る先は神ではなく、邪神や魔神なのだろう。魔王なのだから。
だが、祈りというのは大体が死亡フラグという奴で、失敗フラグという奴で、特に相手が邪神であるなら、尚更だ。
それに気づいたジノヴィオスは、「あっ」と声を漏らす。
金メッシュの女はジノヴィオスの珍しい声に首を傾げた。
「どうしました?」
「いや、魔王の俺が祈るのは邪神だろ?」
「まあ、そうなりますね」
「なら、逆に実らないんじゃないかと思ってよ」
「……」
全員が、黙った。理解し、確かにそうだと驚いたわけではない。
馬鹿な事を考えていた魔王に、全員が呆れていたのだ。
この見た目で天然ボケはちょっと無い、と思う女三人。
「今、失礼な事考えなかったか? お前ら」
「いえ、気のせいですよ」
「それにしても心配ねぇ。あの子、早々に始末されたりしないかしら」
「ま、今のアイツなら大丈夫だろうよ」
ジノヴィオスはグラスに入ったワインを流し込み、空になったワイングラスを金メッシュに持たせると、立ち上がって、王の間の扉に向かって歩を進めた。
「さて、動くか」
呟いた魔王の後を、六人の羽を生やした女が着いて行く。
某クエストでも、ここまでのパーティメンバーは連れて行けないというのに。
男と、魔王の接触。そして、男と、少年の接触。
重なる出会いによって、物語は始まり、終わりへの道を描き始めた。物語ではなく、少年の愛した物の終わりが。