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大学へ通うには、いつも駅の東口を利用する。小さな駅を挟んだ反対側というだけなのに、あまり行くことが無い。
といっても単線で、この駅口には東口か西口の二箇所の出入り口しかない。
バイト先も、東口の方にある。朋の実家は、西口方面にある。
今年に入って一人暮らしを始めてからは、大学付近に引っ越すわけでもなく東口方面にある、駅から少し離れたアパートに朋は越して来ただけだった。
朋は先生や親に薦められていた大学を蹴って今の、芸術に特化した大学に入学をした。
お姉さんとはそうでもないが、両親と居るのは気不味いからと引越しの相談をされた時に零していた。
俺の知っている朋の両親は、とても教育熱心な人だった。
西口駅前のショッピングモールは商店街の人には随分反対されたが、今はあたり前のように賑わいを見せている。
一つの場所で色々な物を買えるのは、やはり有難いのだ。
朋の両親が営む会社も、出資しているらしい。
高校時代は知らないが、中学三年まで塾に英会話にピアノに水泳、絵画と、何かしらの習い事に朋は通っていた。日に一つでは無い。同じ日に、掛け持ちをしていたこともあった。
だから、あんまり放課後には一緒に帰ったことが無い。
中学生までの事を思い出すと朋が学校に持ってくる荷物は、いつも重たそうだった。
朋が勉強もスポーツも出来るのを、やっかむ人も居た。
それも、最初だけだった。いくつも習い事をしているのは、クラスでは有名だったからだ。
何かしらの注目を浴びて、それでも朋は笑っていた。
勉強で一番になるのも、リレーのアンカーを任されるのも皆が当たり前に思うようになった。
本人も、「頑張ります」しか言わなかった。
異存は、いつから消えていたのだろうか。
朋が進路を変えてからは、お姉さんの旦那さんが社長補佐として経営に携わっていると前に聞いた事があった。
朋の実家には、片手で数えるほどしか行ったことがない。
気不味いのは、何となく想像が出来た。
自宅付近の、最近出来たばかりのコンビニに足を踏み入れる。
無いと無いで不便だとは思っていたが、出来たら出来たで余り足を運んだことが無かった。
朋は駅前のコンビニよりも、こちらのコンビニをよく利用するようになったと言っていた。
大学近くにあるコンビニと、同じ系列のチェーン店だ。
自動ドアが開くと、軽快な音楽が流れてくる。店の品物も配置も殆んど同じなので、目的の場所に直ぐ足を向けた。
店員の「いらっしゃいませ」という声が、大きく聞こえる。元気だ。
角を曲がると見知った人物が、お菓子が並ぶ直ぐ横の食玩コーナーに座り込んでいた。
顎に手を掛けて、真剣にパッケージを裏表にしながら眺めている。
こういう時、声は掛けていいものなのだろうか?
大学の友人は「俺がコンビニで本を読んでいる時はそっとしといてくれ」と言っていた。
だから、よく解からない。
ちょっと凝視してしまった自分に、バイト先の先輩、斎木楓さんが気付いた。
目が合うと、斎木さんはニコリと笑った。
黒いシャツがよく似合っている。ヴィジュアル系バンドの人みたいだ。
「なあ、こっちとこっち、どっちがいい?」
ちょっとリアルな小人の絵が描かれているパッケージを、こちらに向けられる。
ピンクと、緑色がモチーフになっていた。
「ええと、そっち?」
「あー、やっぱりピンクだよな。そうだよな。うん、これにするわ!」
爽やかに笑う斎木さんは、やっぱり今日もカッコイイ。
「斎木さん、今日シフトでしたっけ?」
「休み。花さんがこのシリーズ好きなんだよ。今日終わったらさ、久し振りに飲み行くんだ。これはお土産にすんの。花さんと白井ってなんか雰囲気が似てるから助かったよ。ありがとう」
俺は、首を傾げる。
「似てますかね?」
「まあ、花さんの方が素敵だけどな」
「それはそうですよ」
「そうだろうそうだろう」
凄く嬉しそうだ。斎木さんは何度も首を縦に振っている。
「まあ、お前も悪くは無いぞ。悪いのは佐々だけだ」
「ええと、有り難う御座います?」
「礼には及ばない。断定して良いぞ」
不意に、バイト中の斎木さん達を思い出して聞いてみたくなった。
「あの、」
「なんだ?」
「市瀬店長と花さんと斎木さんて、昔からの知り合いなんですよね?」
「おう、大学の頃からだから、かれこれ……」
指を折りながら数えだす。
「ああ、十年近いな。俺は後輩だから、市瀬さんと花さんはもっと長いけど」
「佐々さんは、違うんですか?」
喧嘩はするけど斎木さんと佐々さんは、よく二人で話しこんでるのを見掛ける。
険悪な空気はその時は無いから、てっきり昔からの知り合いだと思っていた。
フッと、息を零すように斎木さんが小さく笑う。
「うち、女子大だから」
「あ、なるほど」
だったら、一緒には通えない。
「佐々は、店が軌道に乗ってから初めて雇った人間だ。あれ、言ったこと無かったっけ?」
「初めて聞きました」
「そうか、そうだよな。聞かれなきゃしないような話だ」
「あの、もうひとつ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「なんで、三人でお店を始めようと思ったんですか?」
斎木さんの切れ長の眼が、少し大きく見開かれた。
共同経営をしていると云うのは店で受けたオリエンテーションで、店長から聞いていた。だけどそれ以上踏み入った話は、聞いちゃ不味い話だったのかもしれない。
「すいません、色々と」
「あー、そんな困った顔すんな。困るような話じゃないから」
ちょっと視線を天井に移してから、斎木さんはまたこちらに視線を向けた。
「好きな物が、似ていたから、かな」
「好きな物、ですか」
「そう、物っていうより、んー、価値観かな」
「価値観……」
「計算が得意で頭が切れる雑貨好きな市瀬さんと料理が得意な花さん、持て成すのが好きな俺。皆で好きなこと出来るだろ」
「バラバラじゃないですか」
「それでいいんだよ。根っこの部分が似てれば、一緒にいるには充分だろ」
なんか、ちょっと羨ましい。信頼し合っているんだ。
「喧嘩したことって、ありますか?」
「結構有るな。なに? 内居と喧嘩でもしてんの?」
ニヤリと、覗き込むように笑われた。
顔が近付き、少し身体を後ろに反らしてしまった。
「してない、です」
「だろうな。あいつは喧嘩するようには見えん」
「と、内居は争い事、嫌いですから」
「ふうん」
「なんですか?」
意味有り気に笑われて、少しムカッとした。
「なんで、嫌いってわかんの?」
「なんでって、付き合いが、長いから……」
斎木さんが、一歩足を踏み込んでくる。だから同じように自分の足を一歩引いた。
「お前と花さん、やっぱり似てるわ」
打って変わって、斎木さん爽やかに笑った。
いつもの、斎木さんだ。
斉木さんはもう一歩足を踏み出し、自分の横に足を下ろした。スッと通り過ぎる。リアルな小人の絵が描かれている食玩を持って、そのままレジに向かって行く。
通り様に「内居にお大事にって伝えといて」と言われた。
なんで、これから行くのが解かったのだろうか。
斎木さんは会計が済むともう一度こちらを向き、敬礼のポーズをとって爽やかに去っていった。
自分も、目的の物を持ってレジに向かった。
若い女性の店員さんは自動ドアを見たまま、自分が声を掛けるまで気付いてはくれなかった。




