2月18日 サリックス
連続投稿失礼します
誤字脱字、わかりにくいところが有れば教えてください
「オラっ起きろ」
「…うぐっ…がはっ!!」
不意に溝内を叩かれ、その痛みで意識が戻ったと同時に鼻と口に入った泥を吐き出すと、ノロノロと起き上がる
瞼についた泥が重くて目が開けられない…ここはどこだ?
俺は底なし沼に埋まったはずだ。
顔についた泥を拭おうとすると、手をガシッと掴まれた。
「お前馬鹿か、泥だらけな手で脱ぐったら目に泥が入るだろ。」
「だ、だれだ…?」
「あぁ?顔の泥を取ってから答えてやんよ。じっとしとけよ」
俺とそれほど変わらない年頃の男の声に、俺は警戒しながら口を閉じる。
水で濡らして布で拭ってくれているのか、冷たく湿った感覚が顔全体に広がる。
…けれどもう少し優しく拭ってくれないだろうか…痛いんだが…。
「これでよし。後はあっちに湧水があっから自分で洗えよ。」
終わったみたいで、満足そうな男の声に俺はゆっくりと瞼をあげると、黒い髪と紅い目と視線がかち合った。
年は18か19くらいで、黒い髪を紅い組紐で結い上げ、東国にあるアズマ王国の人間が着る着物と言う独特な民族衣装に身を包んだ青年だった。
確か前にも見かけた事がある…サムライとかいう武術に秀でた人間に似ている。
つり上がった紅い瞳に、いかにもヤンチャそうな野生児のような出で立ちで…身長は俺より高いし強そうだ。
身の丈よりある巨大な剣を背中に背負っているし…多分旅の冒険者かなにかだろう。
でも、何故。酷く驚いた表情で俺をまじまじと見るのだろうか。
「…お前…サリックスか!?」
「は?」
サリックス?
それは菩提樹王が俺のことをそう呼んでいたが、身も知らずのコイツが俺と菩提樹王の会話を知るはずがないし…
だいたいサリックスって何だ?
「…くぁあ!長かった!!やっと…やっと見つけた!もうこんな穴からはおさらばだ!」
何故かガッツポーツで喜ぶ異国の冒険者に俺は首を傾げる。
何だコイツ。
「あのー…状況が良くわからないんだが…」
「おおっと、俺としたことが、失礼した。俺は“獅童緋灯丸”と言う。」
「シドウヒトウマル?」
「こちらではヒトウマル・シドウと言う。ヒトウマルは“真名”だから人前ではシドウと呼んでくれ。で、主の今代での名前は?」
アズマ王国では名前で呼びあうのは習慣でないのだろうか?まあ、そっちの方が呼びやすいから言いけど。
て言うかコイツいま、俺の事、主とか言わなかったか?
「え…トリストラム・ウィローって言うけど…何で、あるじ?」
「俺がサリックスだと認めて、真名を教えた以上主は主だ。何故驚く?」
「いや、サリックスって言うのがそもそも良くわからないから。おたくの主になる理由も唐突すぎて把握できてねえし。」
「馬鹿な…自分が何者であるか把握してねぇのか!?」
当然だろと言わんばかりだったサムライは酷く困惑した表情を浮かべている
何だろうこの噛み合ってない会話は…
「…ん?」
シドウは何か気がついたのか、俺の顔に、鼻を近づけスンスンと匂いを嗅ぎ始めた。
「なんだよ…気持ち悪いな…。」
つい、ポロリと本音を漏らすと何やらシドウは酷くショックを受けたように顔を離し項垂れた。
「お前…既にアスピダと契約してんのか!?畜生、この俺が二番手なんて、最悪だ!!しかも奴の後だなんて…なんたる屈辱!!」
「おい…そろそろ説明しろ。」
がっくりと項垂れるシドウの頭をポカリと殴ると、シドウは渋々と座り込み、俺と向き直った。
「で、何が聞きたい?」
「まず、ここはどこだ?」
俺は周りの風景を見渡し、シドウにといかけた。
暗い檻のような空間で、樹齢1000年以上の大樹の根が柵のように入り乱れ、今いる洞穴を覆っていた。
頭上のほうはポッカリ開いており、木漏れびが差して、ピチチチと小鳥の鳴き声が響きわたっている。
どうやら大樹の根本だと言うのは窺えるのだが、俺は底なし沼に落ちたはずだ。
「…ここは楠木オババの根本だ。」
「楠木オババ?」
「お前を助けてくれた樹精霊だ。お前、ハネバ狼に追われてオババの近くで落ちただろう?」
その言葉に俺は落ちた時の事を思い出す。確かに大樹の近くで落ちたのは覚えている。
「オババはお前が知り合いの祝福を受けているから助けてくれたらしい。オババに感謝しろよ」
菩提樹王の知り合いと言うことは既に精霊化した樹精霊ってことか…後でお礼しよう。
「サリックスってなんだ?」
「サリックスって言うのは“使い手”だ。“奏者”とも言うな。俺みたいな精霊魔導器を扱える魔術師のことを言う。」
「精霊…魔導器?」
「そんな事も知らないのか最近の人間は…」
「ちょっとまて…お前、人間じゃないの?」
「ああ、そうだぞ。。因みにお前の良く知るアスピダ・ジェンキンスもな。」
俺は脳天がガーンと何かに叩かれる衝撃を受けた。あのジェンキンスが…人間じゃない?到底信じられない内容だ。
どうみても50代そこそこのオッサンが、人間じゃない?カルチャーショックも良いとこだ…
だが、まてよ…俺は彼奴を小さい頃から知ってるが全然老けてないぞ?
十年経てば大抵の人間は老けるが…あいつは全然老けてない。
確かに人間じゃないのかもしれない。
「俺達は元々は、魔法媒体が精霊化した存在だ。ある程度魔力を補えば年はとらんし、死ぬ事もない」
「魔法媒体…って魔法に使う杖の事か?」
「そう、お前も知っているはずだ。自然物のものに静魔力が宿ると魂の核が産まれ、精霊という自然意思なるのを。だが、人工物でも希に核が宿り精霊化するものもある。魔道具とか魔剣とか呼ばれているものだな。確か、一本、王室博物館にあったはずだ。見たことないか?」
確かに見たことある。でもそれは帝国博物館で学校見学のときだ。王室博物館っていうのは旧王国時代の名称だったはずだ。
けど、今、帝国博物館で掲示されているのは目の前のシドウやジェンキンスのように人の形をしたものではなかった…はずだ。確かに凄い魔力をもった剣だったが…
それをシドウに言うとシドウは「アチャー」と顔をしかめた。
「そりゃあ半精霊だ。可哀想にまだ精霊化できていないようだな。」
「可哀想…?」
「人工物に宿る精霊は自然精霊と違い、人の動魔力から産まれる。人に使われれば使われるほど精霊に近づける。使われてなければただの物でしかねえ。」
確かに、通りだと思う。自然精霊は静魔力の固まりで、静魔力を生み出し、年月が経てば自然と精霊化する存在だ。人工物にそれをできるはずがない。
人の手から造られたものは、人の手から生まれるしかない。
目の前のシドウもジェンキンスも、人間の生命力である動魔力を吸収して精霊化したのだろう。
「それで完全に精霊化した魔法媒体を精霊魔導器と言う。因みに精霊化するのに2000年、魔術師五万人ほどの動魔力が必要なんだぜ。アホみたいな代物だろ?」
自嘲する精霊魔導器に俺はギョッとして思わず、後ろに退いた。
「ご、五万人!?」
ドン引きする俺にシドウは人工物だから当たり前だと呆れる。
確かに自然物とは違い人工物には核の魂は宿りにくい。だが、いくら何でもあり得ない。
つまり、ジェンキンスもシドウも2000年の間に五万人分の命を吸い続け生まれた言う事になる。
「…普通の人間は使えないのか?」
「使えねぇ。精霊魔導器は動魔力を吸い取るから、速攻でミイラ化する。
だから、精霊魔導器は人間のふりして好みの人間の魔力の傍で少しずつ吸いとり力を維持する奴や、静魔力で空腹感を補う奴もいる。前者がアスピダで、後者が俺だ。」
「…なんか効率が悪い存在なんだな。精霊魔導器って」
「まあな、でも、そんな効率が悪いもんを思いっきり使える変わった体質の人間がいる。それがサリックスだ。魔力を自分からは放てないが、静魔力を自分の動魔力に変換できて、果てしなく貯蔵できる頑丈な体をもつ。俺達精霊魔導器からすると理想の持ち主だ。」
「…俺がそれだと?」
「おう、実は久しぶりの人間だったからついつい、お前から動魔力をかなり吸いとったんだよ。それでわかった。」
「はぁあ!?おまっ何勝手に吸ってんだよ。」
「そりゃあ、300年ほど野菜生活してたら肉も食いたくなるだろ。俺達からすりゃあ、お前達人間の動魔力が主食なんだし。」
開き直りゲラゲラと笑う人工精霊に俺はイラッしたが、300年間も違う性質の魔力で補うのは大変なはずだ。
…まあ、今回は多目に見よう。俺を起こしたって事は殺す気で吸ったわけでもなさそうだし。
「で、どれくらい吸ったんだ?」
「…そうだな、とりあえず三時間は立ち上がれないぐらいってとこだ。なのに直ぐに立ち上がってピンピンしてるもんだからスゲぇ、ビックリした。サリックスだって分かった時の喜びと来たら…。しっかし既にアスピダと契約してたなんて…。」
「ちょっとまて…俺はジェンキンスと契約した覚えないぞ…?てか、契約ってなんだ?」
召喚術の契約方法なら授業で習ったが、今日初めて聞いた精霊魔導器とやらの契約方法なんて知るはずがない
そう言うと、シドウはキョトンとすると、何か可哀想なものを見るような目で俺を見てきた。
「な、なんだよ。」
「精霊魔導器は主と決めた人間を見つけると、自分の銘を主に教える。」
「銘?」
「銘っていうのは…そうだな人工物である精霊魔導器が唯一持っている誇りみたいなもんだ。最初に自分を造った造り手の職人からもらった名前…それが銘。真名とも言う。
だから、精霊魔導器はやたらとフルネームを教えたがらない。」
「お前の場合はヒトウマルって言うのか…だから名字で呼べって言ったのか?」
「そ。俺を作ったのは名工・二代目獅童喜八郎氏眞と言う刀鍛冶だ。その刀鍛冶の名字を貰って獅童緋灯丸って言うんだ。」
「へぇ…鍛冶師の名前だったのか」
「おう。職人からもらった名前は精霊魔導器からしたら、親から貰った遺産だ。それを人間に差し出すと言うことは、その人間に一生仕えると言う意味になり、契約が成立する。
精霊魔導器は自ら名乗ったその人間が死ぬまで仕える。ジェンキンスも名乗ったはずだ…フルネームで」
俺はふと2月17日の事を思い出す。
──このアスピダ・ジェンキンス。トリストラム様の元でお仕えしたく参りました。どうか、おそばに侍ることをお許しください。──
「あ。」
「ほらみろ」
あの時か!?あの時名字しか知らなくて「アスピダって言う名前なのかぁ」って思ったよ?でも…ちょ、ちょっとまて…?
「あいつ、昔からウィロー家の執事してたけど…」
「偽名でも使ってたんじゃね?精霊魔導器は気に入った人間の魔力の側にいたがるからな。魔力の性質は遺伝するし、さしづめお前の家は奴からすると良い餌場だった訳だ。
そう言えば、先代の奴のサリックスの名前は…確か、ゴルドベル・ウィローって名前だったな。」
…それ、思いっきりご先祖だし
「…まさか300年もウィロー家で執事してたってことか?あり得ない、家族や他の使用人もいるんだぞ!?不老不死の執事なんて直ぐに違和感持たれるはずだ!」
「記憶操作でもしてたんじゃねぇの?んせ元は魔導書だし…あいつからしたら魔術なんて児戯みたいなもんだろ…」
てことは、あれか?一族揃って奴に生命力吸われてたのか?
つまりだ、なんでジェンキンスが300年も仕えたウィローを出て、突然俺のところにやって来たかと言うと…俺が先祖帰りしたサリックスだったからだ。
通りで、胡散臭いと思った。今まで不干渉だったのは自分の正体をばらさないためか、俺の成長を待っていたかのどちらかだ。
そして目をつけていたサリックスが、突然屋敷を出ると知って、さぞ慌てたに違いない。その時に、もうウィロー家にいる意味がないと見切りをつけたのだろう。
だから一昨日、突然教会にやって来て俺に名を名乗ったのだ。
ストンと、釈然としなかった疑問が今、ようやく俺の中で消化した瞬間だった。
本来、サリックスとはラテン語で柳って意味です
ウィローも英語で柳って意味です
ジェンキンスさんの正体がアッサリわかっちゃったのは…あれです。学校編に繋げるためです。
ジェンキンスさんが以外と打算的だと思ったかた。すいません。うちの執事は黒いです。真っ黒けっけなんで…主人公がウィロー家に引き取られた時から目つけてました。