2月16・17日執事急襲
サンクトマルグ大学院の創設者
元帝国皇室近衛騎士団長・初代騎士科学長
アレキサンドル・ゲネロースス
元帝国執政官・初代文学科学長
ラクス・エポス
元アラドニア貿易商人・初代経済学科学長
サクル・タージェル
元宮廷魔術師・初代魔導科学長
ランドール・パンタシア
ファナリウス教会枢機卿・初代神学科学長
ウィア・アポストルス
マダーズ帝国初代皇帝第三皇子・初代芸術科学長
ヴァルヒム・ブロム・リーベルタース大公
元司法省裁判官・初代法学科学長
リブラール・ユースティティア
12月16日曇り
昨日は実に色々な意味で「最悪」であった。
あのゴブリン親父と縁を切れた事は幸いだったかもしれないが、精神的に疲れた。
親父は生活費を出してくれると言ったが、俺はそれに手をつけるつもりはない。なので入寮日まで働こうと思う。
けど、入寮日が1ヶ月後なので俺はリュシア司祭に頼んで、入寮するまで教会で世話になることにした。
太陽の香りがする綿のシーツに柔らかくない固いベット。装飾が一切ない質素な部屋はぶっちゃけ、凄い居心地がいい。俺が求めていた生活がそこにあった。
うちにあったベットはぐにゃぐにゃしてて寝ずらかったし、シーツもなんかバラの石鹸を使ってて臭い。
部屋の調度品も借り物だと思うと下手に触れないし、なんと言うか、肩がこる部屋だったな。
虐められてたくせに豪華な部屋に暮らせて贅沢だと思うだろ?
内実まったく違う。親父は対面的に次男坊を粗末な部屋に入れられなかっただけだ。粗末な部屋に妾の子を追いやり苛めたとあっては風評が悪い。だから、貴族標準の部屋を宛がわれたんだよ。そのかわり俺が部屋の物を壊せば、一週間地下牢で折檻されるんだぜ?
物を壊さないようにビクビクと暮らすのって、かなりストレス溜まるんだよな。
あー…やっと解放された。この喜びをここに書き添えておく
***
2月17日晴れ
教会の炊き出しを手伝ってたら、見知った顔がやって来た。ルティの奴、よりにもよって炊き出しの時に来やがって。
浮浪者の爺さん達がいきなり貴族令嬢が来たものだから、ものすごく畏縮してて可哀想だった。
空気読めと言いたいが、そもそも幼なじみに黙って家を出た身なので、彼女の来訪にけちを付けるつもりはない。
だが、ルティ。
何故、ジェンキンスを連れてきた?それだけは言っても良いだろう。
***
その日は雲ひとつなく、青空が綺麗な日だった。
「はい、まだありますから、押さないでください。」
今日は一週間に一度の炊き出しの日だ。
ここの教会がある地域は貧しい人達も多くいる。
大体は身寄りがなく働けない子供と老人達で、職にありつけず、家族もなく、1日に食べる食べ物もままならない人達が教会の炊き出しにやってくる。
何故、一週間に一度かと言うと、浮浪者の爺さんや子供達は工事現場の手伝いや、区内のゴミ広い清掃で国から食料や低賃金を貰えるのだ。
しかし、安息日だけは仕事は貰えない。何故なら、賃金を渡す工事現場と、清掃の見返りに食糧を配布する区役所が休みだからだ。
そこで、安息日だけ教会から食糧を提供する事にしたという。
浮浪者の爺さん達はこの日を待っていたかのように、早朝から列を作っており、俺は孤児院の子供たちと一緒に炊き出しの手伝いで大忙しだった。
配るのはハーブがきいたポトフと黒糖パン二個、野菜炒め。
実に食欲がそそるメニューに、俺もついつい腹がなった。朝ごはん食べたばかりなのに、もう腹が減るのは成長期を迎えた男子が通る道で、俺もまあ…年頃って奴だ。
ポトフを入れる食器を用意していると、馬のいななきと、馬車の車輪の駆ける音が聞こえてきた。
どうせ、通りがかりの貴族か、富裕層だろう。とあえて気にせず配膳していたが、俺の予想に反して馬車は教会の手前で止まった。「来客か?」と視線を向けると、見知った顔がこちらに向かって走ってくるのが見えて、俺は思わず顔に手を当てた。次の瞬間、柔らかい衝撃が俺を襲い、其れを受け止めると、息をつめた。
「何をやって居るんだ。ルティ。」
「何って、貴方が男爵家を放逐されたって父様から聞いて…っぐす…、探したの」
「ルティ。」
「トリスが、遠くに行っちゃったらって…っ」
「ごめん、ラティ。悪かった…悪かったから離せ。」
「や!!」
浮浪者の爺さん達の列をかき分け、抱きついてきた半泣き状態の幼なじみの少女に俺は思わずため息を溢す。イゾルティア・パッセル。俺の幼なじみで、古いつきあいがあるパッセル家の令嬢だ。
ぱっちりとした猫目に、結い上げられた黒髪はつややかで、彼女の美しさを際だたせていた。一見、ツンツンして、冷ややかに見える外見だが、性格は真逆。泣き虫で、ドジで鈍くさい。笑うとへにゃあとして人なつっこい笑顔をするギャップから、マルクを含めた貴族の子弟から人気がある。
正直、俺にはもったいない幼なじみだと思うが、抱きついて泣きじゃくる癖はやめて欲しい。「お前、もう立派な淑女だろうが。幼なじみだからって年頃の男に抱きつくな。慎みをもて」と言いたいが。俺も存外この幼なじみには甘く、突き放せない。参ったな…。
いつも俺の後ろをついて回り、俺が折檻されて怪我を負うと、手当をよくしてくれた泣き虫のルティは今や立派な跡取りだ。本来ここに貴族の令嬢が来ては行けないところなんだが、彼女はそんなこともかまわず俺を捜しにここに来たのだろう。
突然の貴族令嬢の登場に、浮浪者の爺さん達は萎縮して遠巻きにこちらを伺っている。原因は俺のせいだから申し訳ない気持ちで一杯なのと同時に、この今にも泣きそうな幼なじみに怒鳴りつける気にもなれずにいた。
「どうしてここが…って、ああ、なるほど。」
ルティの後方からやってきた全体的に黒い服に身を包んだ老紳士の姿に、俺は思わず納得した。
「お久しゅうございます。遅参いたしましたことお許しください。」
「久しくないし、待っても居ない。家を出てからまだ、一日しか経っていないのに、お前が何でここにいるのかさっぱりわからんぞジェンキンス。ルティに俺の居場所を教えるならまだしも、ついてくるとはどういう訳だ?お前はウィロー家の執事だろう。お前が俺のところに来れば、あの男爵に何されるかわからないのに、何故ここに来た。」
「このアスピダ・ジェンキンス。トリストラム様の元でお仕えしたく参りました。どうか、おそばに侍ることをお許しください。」
飄々とした執事に、俺は頭が痛くなり額を手で押さえる。今まで不干渉だった執事が何故、こんな軽はずみな行動とったのか信じられず俺は、これ以上話すのは無駄だと判断した。片眼鏡の奥に光る琥珀色の瞳は何を言っても聞き入れないと言っている。
こいつ、居座る気だ。
直感的にそう確信するやいなや俺は以前抱きついたままのルティに視線を向けると、ルティはやっとこっちを向いてくれたと言わんばかりに目をキラキラさせた。
「…ルティ。即刻ジェンキンスを連れて帰れ。」
「え、でも…。」
「話なら後で聞いてやる。今は駄目だ。他のひとの迷惑になるだろ?」
「う、うん?」
ルティはやっと自分の置かれている立場に気がついたのか、周りの人間の様子を見て恥ずかしそうに顔を俯かせ、俺からそっと離れた。彼女が、冷静になって周りを確認すれば大人しくなるので、これ以上は何も言わず、俺はジェンキンスに目を向けた。
「ジェンキンス。ここまでルティに付き添ってくれたのは礼を言う。だが、ジェンキンス。お前をここに置くことはできない。俺は放逐された身だ。正直、執事をそばに置く余裕と、経済力はない。」
「存じています。ですが、このジェンキンス。我が君から離れるつもりは毛頭ございません。」
「離れるつもりはないって…お前俺が学生寮に入ったらどうするんだ?執事を連れて行く生徒なんて王侯貴族ぐらい名門に限られるんだぞ?」
「ご安心ください。このジェンキンス、トリストラム様のお手を煩わせる事はございません。」
すっとコートの内側から出された紙をジェンキンスから受け取り、中身を見ると俺は眉間に皺を寄せた。そこに記された内容はサンマルクトコルグ大学院の学生寮の管理人採用通知だった。
「お前、寮母の公募を受けたのか。」
「はい。前管理人の寮母様はご高齢ということでお辞めになるとか。女性限定かと思いましたが、応募しましたら一発で受かりました。来月からトリストラム様が暮らす学生寮の寮父として誠心誠意お勤めさせていただきます。」
すがすがしいほど無表情で言われると腹が立つが、もう、これでは帰れとは言えない。
寮父に成ると言うことは、ウィロー家の執事を辞職してきたのだろう。帰ることができない人間に帰れというのは流石に憚られた。ああ、もう、リュシア司祭様になんと言ったら良いんだ?ていうかジェンキンスの奴、俺を困らせて楽しいのか?俺は全く楽しくないぞこの状況。
とりあえず、仕事探そう。俺は堅く決心して、執事を見れば。全体的に黒い執事はこちらを見て意味ありげに微笑んでいた。
幕間の小話です
脇役だったはずのジェンキンスの再登場には実は意味がございます。
複線と言えば複線ですが、ジェンキンスはヒロインではございませんのでご安心ください。
にしてもヒロインの影が薄い…のでちょっと編集しました。
補足しますと、ヒロインのイゾルティアはトリストラム以外にはツンです。マルクに至っては喋りたくないぐらい嫌ってます。主人公の前じゃ甘えたになったりしますので、他の人間との態度と違和感があるかと思います。