2月15日入学辞退したい
私の名前はガウディ・ウィロー。
現在帝宮魔術師をしている者だ。役職は中間管理職で、上司と部下に挟まれ忙しい日々を過ごしている。
そんな仕事に忙殺されている、平凡な魔術師な私だが、唯一、休日には趣味というか楽しみがある。
それは、父が残した小さな書庫で、父の集めた蔵書を少し温めの紅茶を片手に、読みふける事だ。
父のコレクションは中々面白い物が多く、何度も読み返して飽きない本がたくさんある。これほど活字中毒者を沸き立たせる書庫はないと私は思う。
とある休日、久しぶりに息子に頼み、一緒に書庫の本を虫干ししていると、何かがぎっしりと詰まった桐の箱を偶然発見した。
それはなんと私の父であるトリストラム・ウィローが学生時代から書いていた手記で、凡そ80冊ほどある大長編の物語でもあった。
賢者と呼ばれた父がどんな学生時代を送っていたのか、私は息子とわくわくしながら、最初の一冊の表紙をめくった。
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2月15日晴れ
親父達に今日も朝ごはんを抜かれた。実に最悪な気分だった。最も最悪だったのはサンマルクトコルグ大学院の合格発表を見に行った事だろう。
文官になりたくて猛勉強して大学院をこっそり受験したのに、何故か適性が魔導科だった。
中級魔法が三発しか打てない俺が国の魔術の最高峰たる魔導科に入学するはめになるとは誰が予想するだろうか。
いやしないな。俺もしてなかったし
とりあえず最悪な日だったと明記しておく
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帝国歴345年、帝都マルクトコルグにて俺はある奇跡を引き寄せた。サンマルクトコルグ大学院の試験に合格したことだ。けれど、俺が合格したのは希望していたのは文官を排出する文学科ではなく、魔術師を排出する魔導科であった。
サンマルクトコルグ大学院は15歳になる少年少女が憧れる勉学の最高峰。この大学院を受けるために、子ども達は幼年学校、高等学校で鎬を削る。受験できるのはただ一度だけ。 騎士科、文学科、経済学科、魔導科、神学科、芸術科、法学科。一科、五十人しかとらず、計350人しか通らない狭き門に通ることは家名の誇りとさえ言われた。 この試験が何故厳しいのかというと、全ての科が同一の試験であるからだ。これがどういう意味か解るだろうか?合格しても、希望の科に必ずしも入れる訳ではないからだ。サンマルクトコルグ大学院の試験は受験者の適正をみる試験ともいえる。それ故にどの教科が希望する科の有利になるのかと把握することはできない。よって受験生は試験科目を全て完璧にこなさなくてはならない。
当たり前だと思うだろうか?俺は不可能だと思う。試験科目は九教科。剣術、美術、音楽、文学、歴史学、数学、地理、魔術、話術。さて、受験生の中には当然ながら剣術や魔術が苦手な奴もいる。俺はちなみに魔術が大の不得意だ。自分の体から魔力を出すと必ずと言っていいほど魔力酔いしては吐き出しそうになる。呪文を唱えて手から出た火が熱くていつ火傷するかいつも冷や冷やする。こんな心臓に悪く、効率が悪いのが世界の心理を探求する学問と言うからお笑いぐさである。
魔術師になれば必ず戦場に動員され、騎士科と並んで殉職する高確率な職業ではないか。何が好きこのんで魔術師に成らねばならんのだ。今まで勉強してきた努力が水の泡ではないか。
平和で、平均78歳の長寿職たる文官になるならまだしも、何故こんな危険な科に適正を見いだされてもちっとも嬉しくない。ああ、嬉しくないとも。
魔導科を希望して法学科に合格した友人には悪いが、ここは合格辞退しよう。うん、そうしよう。俺は悪夢のような掲示板を見上げながら、そっとため息を漏らすと踵を返し、人混みからはい出るように事務局へと足を向けた。
事務局は広場から離れた東側の校舎にある。中庭か中央校舎を通らないとたどり着けない。広場に向かって歩く試験官の教師達や、広場の騒ぎを見ようとする在校生達とは真逆の方向を逆走するように歩く俺は、さぞ変な受験生だろう。けれどそんな事はかまってられない。 帝国最古の神殿サンクトのような白い校舎を突っ切り、中庭に出た俺はその光景に足を止めた。
巨大な菩提樹は伝説の世界樹のように巨大で、その枝は校舎よりも高い。《マルクトコルグの聖樹》古王国時代からあるその生ける伝説を目の当たりにして、立ち止まってしまったのだ。試験日当日と同じように。
【やぁ、ごきげんよう。サリックスの子よ】
「ごきげよう。偉大なる菩提樹王。残念だが暢気に立ち話はでき無いんだ。申し訳ないが貴方の領域を通らせて貰う。」
【寂しいことを言うなサリックスの子よ。私は君と話すのを一日千秋の思いで待っていたのだ。少しは私の話し相手をしておくれ】
…なんと厄介な樹になつかれたのだろう…。
樹っていうのは総じて何処か子供っぽいのだろうか。
目の前の菩提樹の王は無邪気で、寂しがり屋で、それでいて達観した性格をした爺さんだった。
普通、木から話し掛けられた人間は後先考えてもいないだろう。俺もそんな経験はない。この大樹は地脈の霊力の影響で半精霊化しているから魔力が有るものなら話せるのかもしれない。受験当日に話し掛けられた時は驚いたものだ。
なぜか呼び名がサリックスの子なのかは良くわからない。
うちの親父はボールトンだから違うし、親父はここの卒業生ではない。この大樹が親父を知るはずがない。
サリックスって誰?と言いたくなるが、大樹は呼び名を変えるつもりはないらしい。
「悪い、菩提樹王。用事を終わらせたら話し相手になる。だからもう少し待ってくれないか?」
【きっとだよ、柳の子】
そう言うと、菩提樹の葉が寂しそうに風に揺らいだ。
事務局に入ると、在校生ではない私服姿の俺は悪目立ちしており、事務員達がこちらを怪訝そうな目で見てきた。
合格者なら掲示板の横にある、入学案内係に話し掛ければいい。不合格者なら何故ここにくるのか、何か試験結果に異義を唱えにくるとしても、事務局は一切関与しない。苦情係は近くの試験官が担うから。
ここまで来る受験生は珍しい。
「えと、君は?」
「受験番号248260番の受験生トリストラム・ウィローです。…実は。」
「こいつ、便所がわからなくて迷ってたんです!!すいません!!」
合格辞退しますと言おうと口を開いた瞬間、後ろから口を抑えつけられた。
振り向くと、一緒に受けにきて法学科に合格した友人の姿が目に入った。
彼はしきりに事務員に頭を下げつつ俺をそのまま、事務局の外に連れ出す。
彼の小麦色の髪が夕焼けにそまり、やや紅く染まって見えた。友人はそのまま人気のいない場所まで俺を連れてくるとバシィと俺の頭を平手打ちした。
かなりの痛みに頭を抑えて彼を見上げれば、彼は肩をいからせ、その榛色の瞳に怒りを灯らせ、俺を睨み付ける。
「何をする、アルトロ。」
「それはこっちの台詞だ!この馬鹿がッ!会場から居なくなったかと探してみれば案の定だ!」
「貴様、分かっているなら俺の気持ちもわかるだろうが。」
「ああ!わかっているとも。お前が大の魔術嫌いで、戦争に行きたくないヘタレ野郎ってのはな!!あの掲示板を見て、お前は絶対に事務局に行くとわかってんだよ!!
だから、腹が立つ!!お前、わかってんのか!?魔導科に合格できるのは理屈で説明できない素質があるってことだろ!?」
「…俺に魔術の素質なんてないのは幼年学校から筋金入りだ。お前も見てきただろ?」
魔力は自然魔力と自家製魔力に別れている。自然から取り込む静魔力、人間の生命力から生み出す動魔力
俺は自分の身体から生み出す事も、自分の身体に魔力を取り込むのも比較的に一般レベルで、できたが放出する方は並み以下だった。
魔力を外に出すだけでも魔力酔いして気持ち悪くなる。
最高に魔術に向いていない体質だ。
わかりやすく言うと、俺は酒が飲めない下戸の人間の状態に近い。飲みたいが飲んだら酔いが廻るのが早くて即潰れるタイプだ。
精々出来ても適性属性である地と水と風の三属性の魔法の中級魔法が三発分打てるのが精一杯だ。
昔、中級魔法をどれだけ打てるのか試したところ三発で潰れた。その場にはこのアルトロも居たはずだ。
「俺が魔導科にふさわしくないのはわかっているだろう?」
「あのなぁ、この法律なんぞ興味がなくて、法律書を燃やした元不良な俺が法学科だぞ?いくら希望の科に入れなかったからって折角の合格を不意にする気か!?お前、家族になんて言うつもりだ」
─…劣悪種がッ!!
脳裏にあのオヤジの言葉が脳裏に響き渡った。
…家族と言う単語に俺の事を散々見下してなじってきた連中の事を思い出したせいだろう。
あれは確かに家族と言えば家族だな。
「…何と言えばいいんだ…?」
「普通に言えば良いだろ…てか何で聞く?」
…面倒臭いことになる確率が高いんだよ。と内心呟きながら、チラリと友人を見れば逃がす気がなさそうなので俺は事務局へ行くのを諦め、仕方なく中庭へと向かった。
のっけからネタバレすいません。
主人公が立身出世していく過程を楽しんで頂けましたら幸いです
スランプというか、自分に合った文章の書き方が分からず、模索しているんです。
多分、これが一番合ってる書き方だとは思うのですが、もうちょっとこの小説で練習してみたいと思います。多分30話までぶっ通しで書くと思います。
他の連載は今でも停滞してますが、そちらも定期的に更新できるように頑張ります。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。