/二者面談
「やらかしましたねえ、七臣君」
放課後の1-A。窓からは夕日が差し込んでいる。七臣は椅子に座りながら、魔方陣は苦手なんです、と答えた。山本は苦笑しながら、駄目ですよ、覚えればいいだけなんだから、と言いながら、七臣の正面に座った。
「キャシィ先生」
「山本です」
「何故僕は放課後の教室に残されたんでしょう」
「小テストがゼロ点だったからです」
「僕は今から何をされるんでしょうか。猥褻な事でしょうか」
「猥褻な事はしません」
「録画して投稿するんですか?」
「どこにですか」
「まだ服は脱がないほうが?」
「まだ、と言うか脱がなくても結構です」
制服に手をかけた七臣を制して、山本が、「すいませんでしたねえ」と言った。眼鏡が夕日を反射している。七臣は山本の目を窺えない。何がですか、と七臣がぶっきらぼうに聞く。分かっている癖に意地悪だなあ、と山本が頭を掻く。
「魔力障てです。まだ謝っていなかったでしょう。すいませんねえ」
七臣は山本の顔をじっと見る。山本は少し首を傾げて、しかし七臣から目を逸らさない。
――実の所、七臣はキレていた。
(このボケメガネあのクソチビチンコは僕がボコボコのギッタンギッタンにする筈だったんだなのにこのボケメガネつまんねえやり方で終わらせやがってあのクソチビチンコもどっか行っちまったじゃねえかこの野郎僕がナツキにいいトコ見せる筈だったのに僕がナツキにいいトコ見せる筈だったのに畜生畜生畜生畜生!!)
七臣が山本を睨みながら思考に耽っていると、山本が口を開いた。
「七臣君は、私に勝てると思っているでしょう」
七臣は暫く考えてから、「そんな事は」と答えた。目は逸らさない。そうですか? と山本が笑う。
「口から漏れてましたよ、『このメガネ』とか、聞こえました」
「漏れてましたか」
「勝てると思ってるでしょ」
「正直思ってます」
「魔力障て、モロに当たったのに」
「あれに当たっても負けたと言う事にならないでしょう」
「負けず嫌いですね、七臣君は」
「よく言われます」
ふ、と山本が息を漏らす。
七臣は考える。思考を張り巡らせる。山本はファイルを持っていない。魔方陣を手元に置いていない。魔方陣は魔法の詠唱を短縮するために生み出されたものだ。今、もし、僕が山本に攻撃を仕掛ければ? 僕の右ストレートが山本に届くまでに山本が魔法を詠唱することが出来るか? 否。魔法の詠唱を省略する事も可能である(威力は下がるが)。しかし、魔力を練り、放出する――僕の攻撃の方が圧倒的に早い。例え学園の教師であろうと。やれる――!
「駄目ですよ、教師殴るなんて」
山本の一言で、七臣は現実に戻される。くすくすと山本が笑う。それから、立って椅子を見てください、と七臣に言った。七臣はその通りにする。
椅子には、魔方陣が書かれていた。
「――僕の尻の下に魔方陣ですか」
「受信の魔方陣です。今日のテストに出てましたよ?」
「エッチですね」
「何がですか?」
山本は椅子の魔方陣をそこらからとった雑巾で拭き取りながら、言う。
「座る椅子に何か仕掛けられていないか考えないようなヒヨッコ生徒には私はまだ負けませんよ。精進あるのみですね、七臣君。そうでしょ?」
「――勝てないのが分かっていても戦わなければいけない時があります」
「キレないで下さいよ。君には少し特別な事をやって貰います。小テストゼロ点の罰ゲームですね」
何をすればいいんですか、と七臣は静かな声で言う。
山本は椅子の魔方陣を全て拭き終え、立ち上がる。それから優しい声音で言った。
「林檎狩りですよ」