/「能力無能力」②
山本が黒いファイルに手をかざす。
「斬」
ずりゅ、と音がした。その後、びち、と音がした。びち、びち、びちびちびちびちびちびち! 薄野が悲鳴を上げる。
触手が根元を残して倒れる。派手な音がした。触手が痙攣しながら、その白い粘液――神経毒を飛散させる。山本は神経毒を器用に避けて、倒れた触手を覗き込んだ。
「斬の魔法です。簡単な魔法ですから、君たちにもすぐできますよ。後五本残っていますし、ゆっくりやっていきましょう。あ、ついでに今のやり方は非常に燃費の悪いやり方です。こんな大きいおちんち――いえ、触手を、低級魔法の斬で切り倒すには、それなりに大きな魔力を注ぎ込まなければいけませんから。何故この魔法を使ったと言うと」
生徒の方に黒いファイルの中を見せる。斬の魔方陣が書き込まれた紙だ。一番上にこの魔方陣があったんですね、と笑う。
薄野が半狂乱になりながら、何かを叫んでいる。内容は支離滅裂で、無能力者が生意気な、だとか、ボクのペットをよくも、だとか、そういった物だった。
「六本の触手! 一斉に叩け! そいつを、そいつを殺せ!」
残り五本の触手が撓る。先ほどと同じ動きだ。
折角だし、もう一つ燃費の悪い方法を紹介しましょうか、と山本は言う。ファイルを閉じて。
「七臣君、先ほどの技です。しっかり見ていてください」
七臣の目が鋭くなる。蔵人、なんのハナシ? と啄木鳥が言うが、さっきちょっとね、と適当な返答をして。
山本に触手が迫る。動かない。迫る。動かない。迫る。動かない。迫る。動かない――!
「死ね、クズ!」
薄野が吠える。最初に叫んだときとは違う、焦りや不安をちらつかせる声だった。
触手が山本を押し潰す――! かと思われた。山本まで残り一メートルと少し位のところで、触手が止まる。どうした!? と薄野が叫んだ。山本が笑う。
「魔力障てですよ」
魔力障て――
通常、魔力はなんらかの形に変えて(炎や、水)、相手にぶつけるものである。何故変化させる必要があるのか? 魔力の消費を抑える為である。魔力を人間界に存在する既存の物に変化させることによって、魔力を抑える。炎や水、それぞれの持つ自然エネルギーで、ある程度の魔法エネルギー(魔力)を代用することが可能なのである。しかし、魔力障てとは、魔力をそのまま相手にぶつける――即ち魔力を具現化する。魔力は人間界には存在しないものだ。炎の持つ自然エネルギーを5とする。威力10の炎魔法を使う為には、不足分の5を魔力で代用する。自然名魔法の形だ。しかし、威力10の魔法障て、これは「10」、全て自らの魔力を放出しなければならない。魔力障ては簡単に使えるものではないのだ。
しかし、やってのけた――。
しかも、「能力」で使役されている触手五本を止める程の威力の魔力障て。圧倒的な魔力量が必要であるのは明白であった。
これは疲れますね、と山本が笑う。触手は動かない。薄野は能力名を叫び続ける。ゆっくりと山本が後ろに下がり、触手との距離をとる。
「皆さん、これから三十秒ほど時間を与えるので、一番燃費よく触手を止める方法を考えてみてください。用意、始め」
山本が言う。十二回、能力名を叫んで、ようやく薄野の触手が動き始める。山本がそれを軽い身のこなしで避けた。黒いファイルは閉じている。
「燃費のいい方法」
七臣が言って、それから、陣織の顔を見る。
「氷魔法であのゲテモノを全部凍らせればいいんじゃないかしら」
陣織はナツキの顔を見る。ナツキは未だに気絶したままだ。啄木鳥の顔を見る。
「え、俺?」
「そうよ、何か案出しなさいよ」
「僕はあの触手を射精させればなんとかなるとおも」
「ちょっと黙っといてくれへんか、蔵人」
「死んで頂戴変態」
「分かった、黙る」
「それで、キツツキ。何か案を出しなさいよ」
「取りあえず氷魔法で全部凍らせる、いう案は絶対にないわ。それこそ魔力めっちゃ食うやん」
「でもあたし氷魔法得意だし」
「僕だって射精させるのはとく」
「黙っといてくれ蔵人」
「黙ってて変態」
「俺やったら――」
「何? どうするの?」
「あのチビを叩く。多分アイツが気絶すれば触手は動かん。根拠は『能力名の詠唱』や。アイツはさっき山本センセに魔力障てされたあのチンポにずっと能力名を叫んでた。多分あの触手は能力名の詠唱で動くようになっとる。だからアイツを叩けば触手は止まる。もしあれが魔界から召喚されたモンやったら術者が気絶したら魔界に帰るやろう。もしあれが具現化されたもんやったら多分消える。まあないと思うけど、あれが人間界に存在するモノで、それをアイツがラジコンみたいに動かしてるモンやとしたら、まあ動きは止まるやろう。以上」
「三十秒。正解が出ましたね。筒木君、正解です。あ、君たちの声はこちらに聞こえるようになってるんですよ」
闘技場を見れば、山本が笑っている。薄野が山本の足元に倒れており、触手が無くなっている。あれは、魔界からの召喚物です、と山本は説明する。いつの間に倒してん、と啄木鳥が言うと、山本はそれに答えずただ微笑みを見せるだけだった。
チャイム。
「授業終了です。長い一時間目が終わりました。さあ、休み時間です」