/「能力無能力」①
/「能力無能力」
「二十人、全員来てる? うん、来てますね。あ、これ、見えますか? 薄い青色の膜。これ、『転生』の魔法膜です。見たことないでしょ? レア物ですよ。この膜の中でもし死んでも、膜の外で生き返ります。すごいでしょ?」
山本スマイル。
「それじゃあ、私は行って来ます。薄野くんはもう中に入ってますね。気合十分です」
山本スマイル。
ゆっくりと闘技場の中に入っていく。膜が山本を包んで、離す。
闘技場は半径五十メートルの円で、その平面にできた円を「転生」の魔法膜が包みこみ、立体の半円となっている物である。また、闘技場内の音声は全てスピーカーから闘技場外の人々にクリアに聞こえるようになっていた。
「薄野くん」
「なんですか」
スピーカーから山本と薄野の声がする。
「私は無能力者です」
薄野は露骨に顔を顰めた。差別主義者の顔は総じて醜いなあ、と七臣が言う。啄木鳥が、あの顔はあかんわ、と笑う。
「教師が無能力者ですか、世も末だ。人材不足ですか?」
「まあ、そんな所です」
はは、と山本が笑う。手に持った黒いファイルを撫でて、眼鏡の位置を修正する。首を左右に動かして、回す。メアリー先生強そうには見えないな、と七臣が言う。山本先生ね、と陣織がすぐさま訂正した。
「用意がいいなら始めますが、山本先生」
「はい。そうしましょうか。どうぞ、ご自慢の能力を私に見せてください」
薄野が醜い笑みを浮かべた。それは差別の笑みで、嘲笑の笑みで、侮蔑の笑みだった。薄野は片膝をつく。地面を撫でる。
「――無能力者が、ボクに楯突くなよ!「」
薄野が吠える。
地面が割れる音。
闘技場の石でできた床が「それ」によって崩れる。「それ」は床を貫通し、生えてきたのだ。「それ」を見た瞬間、山本も、生徒全員も、ある物を連想していた。ナツキは顔を真っ赤にして倒れ、陣織は「破廉恥よ!」と叫んで闘技場に背を向けた。七臣は呟いた。
「男性器に酷似しているね、あれ」
「それ」――闘技場の床を破壊し生えてきた六本の触手。横幅一メートル七十センチ、縦幅二十メートルほどの触手が踊るように蠢いていた。最低の能力やなあれ、と爆笑しながら言う啄木鳥に、陣織は言葉にならない罵声を浴びせた。男子生徒は殆どが爆笑し、女子生徒は笑う者と憤慨する者と気絶するナツキに分かれた。
山本が、教育に悪いなあ、と六本の触手を見上げながら言った。
薄野が笑う。
「能力名、六本の触手。どうだ、ボクの可愛いペットは?」
山本が答えづらそうな顔をして、それから苦笑した。
触手には白色の粘液が付着している。――毒だ。触手には神経毒が付着しており、その触手の質量に潰されても終わりだが、避けても飛散する神経毒に触れれば動けなくなる。薄野は勿論この事を言わない。潰されないように精々逃げ回れ、とほくそ笑む。
「押し潰せ、六本の触手!」
触手が後ろに撓り、それから山本を目掛けて倒れこんでくる。啄木鳥が、おい! と声を出した。山本が避ける素振りを見せない。啄木鳥の声のトーンのせいか、陣織も振り返って闘技場を見る。女生徒の短い悲鳴が聞こえる。山本がゆっくりとファイルを開く。それから、笑う。山本スマイル、と陣織が呟いた。
「それでは授業を始めましょう」