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M&A.  作者: 笹倉
/一年
5/16

    /「授業と差別」


 教壇に立ったのは身長の小さい男だった。黒縁眼鏡をかけている。まだ若い。鼻が大きく曲がっており、目が小さい。えらい性格悪そうなん来たな、と啄木鳥は思う。

 教室の後ろの方のドアから、山本が現れた。何人かがそちらを向くが、山本が「前を向いて」と指で前の方を指すジェスチャーをしたので、前を向く。小さい男が口を開いた。


「授業を始めます。教科書五ページ」


 紙と紙が擦れ合う音がする。ナツキは、どうしよ、どうしよ、と小さな声で言っていた。七臣がバレるまで座ってなよ、と助言すると、でも、とナツキが言う。マジメなナツキが好きだ! と七臣は叫びそうになったが、耐えた。



「それじゃあ音読。出席番号十五番、花村夏木。読んで」



 びく、とナツキが体を震わせた。椅子が揺れる。それから、小さな、か細い声で、「教科書を忘れました」と告げる。

 小さな男――教育実習生――は、眉をぴくり、と動かし、はあ? と言った。


「よく聞こえなかった。大きな声でもう一度」


 ナツキは顔を真っ赤にして俯きながら、教科書を、忘れました、と先ほどより少しだけ大きな声で言う。はあ? と先ほどより大きな声で小さな男が言う。性格悪い、こいつ。と陣織は思った。


「きょ、教科書を、忘れました……っ!」


 ナツキが教室中に聞こえる程度の声で、言った。

 小さな男はチ、と舌打ちして、名簿を開ける。


「忘れ物は、チェックするから」


 そうして小さな男はボールペンで何か名簿にチェックを入れた。それからもう一度ぱらぱらとファイル内の書類をめくる。生徒達は何を見ているか分からなかったが、山本は何を見ているか分かった。生徒の個人データだ。身長、体重、能力の有無などが書かれているもの。


「花村さん」


 ファイルに顔を近づけて、小さな男が言った。



「君は、無能力者だね?」

 

 ナツキの表情が変化する。下唇をかみ締める。両手をぐ、と握る。



「君は僕たち能力者からすれば劣っているんだから、こういう所でしっかりしないと。忘れ物なんて論外だ。そうだろ?」


 小さな男は教壇から言う。ナツキは俯く。顔が真っ赤だ。なんとか言ってみろ、と小さな男が言う。ナツキは何も言わない。


 ――この時点で七臣は爆発寸前だった。

 てめえこの野郎僕のナツキに何言ってくれてるんだ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺してやる、今、立ち上がって、教壇まで行って、ぶん殴ってやる、それから、それから、まだ殴って、目を、目を抉って、それから、それから――!

 立ち上がろうとしたその時、七臣は山本と目が合った。その瞬間、七臣は動けなくなった。


(何だこれ……!?)


 魔法をかけられた訳でもない。能力でもないはずだ。山本は自分で「無能力者」と言っていたから。動けない。目が合っただけで。何だこれ、ともう一度考える。理由は分からない。考えても、分からない。



 そんな七臣の事情は知らず、小さな男はナツキの言葉を待つ。ナツキが何も言わない事を確認して、だから無能力者は、と吐き捨てた。それじゃあ音読はいい、各自目を通せ、と言葉を続けた。


 

薄野(すすきの)くん」



 山本が口を開く。薄野と呼ばれた男、小さな教育実習生が、はい、と返事する。



「突然ですが時間割変更です。薄野くんには、第一闘技場で、私と能力有り魔法有りのスパーリングをして貰います」


 はあ? と薄野が言う。



「スパーリング、と言っても、本気で来て頂いて構いません。第一闘技場は今開いているはずですから、先に行ってください」



 しかし、と薄野が言い返す。山本は、いいから、と言う。

 薄野は何か言いたげだったが、ぶつくさ言いつつ、ファイルと教科書を畳み、教室から出て行った。


 出て行ってから数十秒後、山本は前の方へゆっくり歩いていき、教壇の上へ立った。

 暫く口を開かない。なんとも言えない緊張感が教室を包んでいた。七臣は既に動けるようになっていたが、動く気になれなかった。



「皆さん」


 山本が口を開く。


「私は昨日、言ったばかりです。『差別は許さない』、と。花村さんは無能力者です。それだけのことです。無能力者だから何か問題があるんですか? 無いです。何も。薄野君はそれを分かっていないなあ」


 何故彼が教育の道に進んだのか分からないです、と山本は言う。

 

「これから私が闘技場で見せるのは能力者対無能力者の戦いです。もしかしたら負けちゃうかもしれないなあ。でも、頑張りますから。それじゃあ皆さん、移動してください。私は花村さんの為に戦いますよ」


 恋人かいな、と啄木鳥が笑う。

 ここでようやっと七臣が僕がナツキの恋人だ、と声を出した。

 そ、そんなことないです、とナツキが声をあげて、クラスの緊張が和らいだ。





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