/帰宅間際
事務連絡が終了し、山本がプリントをまとめた。
「今日はお疲れ様。明日から授業を始めるから、しっかり教科書を持ってきて下さい。頑張ろう。私も頑張ります。それじゃあ、帰宅してください。気をつけてね。寮の場所は分かるね? 分からない人は同じ寮の人を見つけて帰ってください」
また明日、と言って山本は外へ出て行った。ふう、と教室中から息をつく音が聞こえた。七臣はすぐ後ろを向く。
「どこの寮に住んでるの? 何号室? 今度遊びに行っていい?」
「ええと、あの、ええと」
「ていうか今から暇? もう四時だし、いい時間じゃない? カラオケとか、どう?」
「その、ええと、あの、あ」
ナツキは気付く。七臣の後ろに立つ女と男。一人は陣織――もう一人は赤髪の男。「カラオケとか行った事ない系の子? そしたら僕んち来る?」と畳み掛ける七臣に踵落としを喰らわせたのは、陣織だった。え? え? とうろたえるナツキを尻目に、陣織は倒れた七臣のわき腹を革靴で思いっきり蹴った。それから、ナツキを見て、初めまして、と微笑む。赤髪の男はといえば、倒れた七臣の頬をぺしぺしと叩いた。
「あたし、陣織。陣織少女」
「あ、え、あ、花村、花村夏木です」
「ナツキ、でいい?」
「あ、ええと、その、だ、大丈夫です」
「ナツキ、このエロ男と知り合いなの? 急に立ち上がってあんなこと言うだなんて」
あたし、下ネタ、大嫌いなのよね、とその金髪を指でまとめて、離した。目、青い、とナツキは思う。
「ええと、知り合いじゃ、ないです」
「急に?」
「急に、です」
「変態じゃない、コイツ」
もう一度、げし、とわき腹を蹴る。うえ、と七臣が声を上げた。脳天を押さえて、七臣が立ち上がろうとする。赤髪の男が、無理すんなて、と止める。
「少女ちゃん、やりすぎちゃうのん?」
「いいのよ」
「いきなり踵落としするて、どうなん?」
「いいのよ、ていうか、貴方、名前は?」
「さっき言うたやん、俺。入学式ん時に、少女ちゃんに声かけて」
「あたし利益のない事覚えらんないの」
「ひどいこと言うわあ」
「名前を言いなさいよ」
赤髪の男が手厳しいわあ、と笑う。
「筒木や」
「下の名前も言いなさいよ」
赤髪の男の顔が曇る。
「……俺、下の名前コンプレックスやねん」
「いいから言いなさいよ」
「いや、コンプレックスなんやて」
「だから?」
「コンプレックス」
「え?」
「……啄木鳥」
「え?」
「啄木鳥! 筒木啄木鳥!」
別に面白くないじゃない、と陣織が言う。別に面白いなんか言うてへんけどね、と啄木鳥が口を尖らせる。ナツキは二人のやり取りを見て、何も言えない。七臣はようやく立ち上がる。それから、陣織に「君は誰だ」と問う。陣織は名前を答える。
「なんで僕に踵落とししたんだよ」
「あたし下ネタ嫌いなの」
「下ネタなんて言ってない。告白だ」
「うるさいわね」
「君はタイプじゃない。僕は黒髪の子が好きだ」
「うるさいわねコイツ」
「あ、俺もそれ思うたわ。黒髪の子、ええよね」
「コイツもうるさいわね」
「君、名前は?」
「俺は筒木」
「下の名前も教えてくれ」
「下の名前、コンプレックスやねん」
「教えてくれ」
「コンプレックスやねん」
「教えてくれ」
「コンプレックスやて」
「教えてくれ」
「コンプ「教えてくれ」」
「……啄木鳥」
「筒木啄木鳥。別に面白くない」
「あたしも思った」
「別に面白いなんか言うてへんっちゅうねん」
「そうだ、ナツキちゃん、カラオケとか」
「え、あ、ええと」
「ナツキ、寮はどこ? 東西南北、どこの寮?」
「あ、え、ええと、西寮です」
「あたしもよ。なら一緒に帰りましょ」
「ちょお、俺も西寮やから、一緒に帰ろうや」
「キツツキは黙ってて」
「ナツキ、カラオケ」
「変態は黙ってて」
「七臣はどこの寮なん?」
「蔵人でいいよ。ナツキ、帰ろう」
「蔵人はどこの寮なん?」
「僕も西だ」
「ほんなら一緒に帰らへん?」
「僕はナツキと帰る」
「ナツキはあたしと帰るから。変態とキツツキで帰りなさいよ」
「ええやん、同じ西寮やろ」
「駄目。駄目よ」
「ナツキ、僕と」
わあわあと言い合いになる三人。ナツキはおろおろと目を瞬かせながら、「い、一緒に帰りましょう!」と提案していた。