第415話 ドクターカーに乗る男
「先生、ドクターカーを使うっていう手もありますよ」
「そうそう、先方まで救命士さんが乗って行ってくれますから」
皆が色々とアドバイスをくれた。
というのも、前夜にオレの親族が他院に入院していたのだ。
入院の連絡を受けた時に隣の県、といっても車で40分ほどだけど、まで様子を確かめにいっておいた。
呼びかけに反応もないし、酸素飽和度も低い。
「これ、朝までもつだろうか?」
暗澹たる気持ちで帰宅し、万一に備えて写真を準備する。
アルバムをひっくり返して、なるべく表情のいいいものを選ぶ。
ちょっとくらい若い時のものでもいいだろう。
眠れぬ夜を過ごし、朝方になって結論を出した。
自分で看取ろう、と。
入院先の担当医に連絡し、転院について快諾を得た。
後は移送手段だ。
介護タクシーという手も無いわけではない。
でも、搬送中に急変したらドライバーには迷惑だろう。
むこうの地元の救急車に依頼するという手もある。
が、県境を越えての広域搬送を頼むのはちょっと気がひける。
悩んでいると、ドクターカーを使う、という案が出て来た。
「救命士さんのシフトがどうなっていたかな」
「午後の出勤だったりするしね」
当院には救命士が来ている。
実習か常勤か非常勤か、オレは良く知らないけど。
彼が同乗してドクターカーで迎えに行くというのが一番スムーズに行きそうだ。
でも出勤していなければ頼めない。
その時、いい考えが閃いた。
「救命士さんでなくてもオレが乗ってもいいんじゃね?」
医師ってのは大抵の医療職と互換性がある。
能力はともかく資格的にはレントゲンを撮ろうがリハビリ訓練をしようが問題ない。
だから救命士の代わりにドクターカーに乗ってもいいわけだ。
というか、ドクターカーという名前からしてドクターが乗るのが本来ではなかろうか。
「わざわざ先生が乗るほどの事もないんじゃないですか?」
いやいや、オレが乗っていけば先方の病院の退院手続きも同時に済む。
一石二鳥じゃないか。
というわけで、ドクターカーで行って、先方の病院から親族を収容した。
幸い昨夜よりも顔色がよくなり酸素飽和度も回復している。
帰り道、ドクターカーのドライバーはサイレンを鳴らして飛ばす。
渋滞している中、皆が無理して左右に寄り、道を開けてくれる。
「救急車、道の中央を通ります!」
ドライバーは拡声器で呼びかけながらわずかなスペースを通る。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
そう呼びかけながらドライバーはスピードを落とさずに走り抜ける。
オレは心の中で周囲の車に頭を下げ続けた。
貧乏になったの落ちぶれただの、最近の日本の評判は散々だ。
でも、皆が頑張って救急車のために道を譲ってくれている。
その気持ちが人々にあるかぎり、この国は立派だ。
オレみたいなタダのオッサンでも、日本の社会を支える一員であり続けようと思う。




