第342話 警察に踏み込まれた女 2
「いいですか、警察の人たちが普段やっている仕事を想像してください」
オレはヒントを出した。
「人を拉致したとか包丁で刺したとか、そんな犯人ばかりを相手にしていますよね」
「……」
「そんな人達に輸液ポンプがどうとか血糖値がどうとか言っても通じないわけです」
警察が普段追っている連中と医療従事者とでは住む世界が違いすぎる。
「結論からいいます。警察が病院にやってくる理由は事件の概要を把握すること。そして証拠を確保する事です」
何度も講習会をやっていると、つい警察に肩入れしてしまう。
「だから警察が来たら皆さんの言う台詞は1つです」
オレは師長役になって演じる。
「強面署の方ですね。お待ちしておりました。念のため身分証を確認させていただきます」
これはもう決まり文句だ。
「はい、身分証どうもありがとうございました。いつも御苦労様です」
大体の犯罪者が「なんだ、この野郎!」と警察に食ってかかるわけだから、こういった対応をしてこちらのペースに乗せてしまう事が大切だ。
「応接室の方に資料を準備していますので、そちらで概要の説明をさせていただこうと思いますが、先に病室を案内した方がいいでしょうか? 一応、そちらの方はテープで区切って誰も入らないようにしていますけど」
「お、おう」
こんな感じだろうか。
オレは再び受講生たちに問いかけた。
「では皆さんにお尋ねします。証拠は俗に三証と言われます」
概要の次には証拠の話になる。
「まず物証です。これは輸液ポンプとか点滴とか、そういったものですね」
1つずつ説明する。
「これらは現物をキープしておかなくてはなりません。警察にとっては殺人事件の凶器といってもいい存在ですからね」
ついやってしまいがちだから注意しなくてはならない事がある。
当該患者に使った輸液バッグは捨ててしまった、とか。
その輸液ポンプは他の患者に使っている、とか。
間抜け過ぎて警察にも呆れられるだろう。
そんな当たり前の事も10年前には知らなかったんだけど。
「次に書証です。カルテ記載がメインですが、血液検査の結果とか画像診断結果とかも忘れてはなりません」
紙カルテの時代は丸ごと押収されて難儀した。
現物を渡す前にコピーを取るという知恵もなかった。
今は電子カルテなのでプリントアウトして渡す事になる。
信じ難い事だが以前の電子カルテは証拠保全を想定していなかった。
だから、全ての記録を出すために幾つもの印刷ボタンを押していたのだ。
もちろん抜け漏れがあり、何度も追加で印刷して再提出する羽目になる。
だから、ボタン1つで全ての記録を出すよう改良してもらった。
追加で数百万円を電カルのベンダーに支払ったのは言うまでもない。
「警察に見てもらうために、あらかじめ応接室の方に電子カルテのプリントアウトを積み上げておきましょう」
間に合わない場合には、プリントしながら順に搬入すればいい。
「そして、ホワイトボードか何かを使って分かりやすいように事件の概要を警察に説明してください。憶測は要りません、事実だけを伝えるのです」
受講生たちは頷きながらノートをとっている。
オレは続けた。
「三証の3つめは何でしょうか。師長さん、分かりますか?」
「さあ……」
「人証ですね。当事者とか目撃者とか。証言してくれる人です」
「なるほど」
いよいよ確信部分に迫る。
ここからロールプレイの再開だ。
(続く)




