表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/120

第215話 うっかり捧げてしまった男

 米国の研究室ラボの同僚にニルスという男がいた。

 北欧出身のコンピューターサイエンティストだ。

 母国で博士号をとってから渡米してきた。


 ある日、ニルスを見かけた妻が驚いた。


「なんてハンサムなの、ニルスって!」


 言われてみればそうかもしれない。

 北欧出身者は総じて背が高く金髪でひとみが青い。

 多様な人種で構成されるアメリカでも、その美しさは際立きわだっている。


 ある時、研究室ラボのメンバーはシカゴで行われた北米放射線医学会《RSNA》に出席した。

 世界で最も規模の大きい学会だ。

 出席者は5万人とも6万人とも言われる。


 この学会は同時にメーカーと病院の商談の場でもある。

 MRIや放射線治療装置など、数十億円する機器を売買するので金もかかっている。

 当然のことながら学会ははなやかになり、コンパニオンの美人度も上がるってわけだ。


 とあるメーカーのレセプションはシカゴ美術館を借り切って行われた。

 こんな美味うまいもの食っていいのか、と研究室ラボからの参加者たちは喜んだ。


 宿泊先でニルスとオレは同室になった。

 すべてがアメリカンサイズなので、それぞれがツインベッドを1つずつ占有する。

 何故かニルスはパンツ1丁と黒い足袋たびみたいなのを履いて寝た。

 上半身は裸だが、なんせ肌が白いのでシーツの中に溶け込んでいる。

 もちろん日本人のオレは上下パジャマに裸足はだしだった。



 ある日、ニルスに博士論文なるものを見せてもらった。

 の国では、博士論文を製本し、皆に配る習慣があるのだそうだ。

 何十ページもあるからさまになる。


 当然のことながら表紙をめくると最初に謝辞しゃじが出てくる。


 研究の指導をしてくれた恩師。

 論文作成を手伝ってくれた同僚や秘書。

 きびしい研究生活を応援してくれた両親、兄弟。


 そして最後にこうあった。


~この博士論文を愛するイングリッドにささげげます。長い間、会うことができず、さびしい思いをさせてしまいました。いつも僕を支えてくれた彼女に心から感謝します~


 そんな趣旨の文言もんごんだ。


 オレは尋ねた。


「イングリッドってのは奥さんか?」


 するとニルスは答える。


「いや、僕は独身だよ」


 オレは重ねて訊いた。


「じゃあ、ガールフレンドか何かか?」


 するとニルスの答えは……


「うーん。正確には |then-girlfriendモトカノ だな」


 オレは念を押す。


「つまり |ex-girlfriendマエカノ ではなく|then-girlfriendモトカノ ってこと?」


 そこにイギリス人の同僚、アーサーが割り込んだ。


「何代か前のガールフレンドだよ。こいつの前には町中まちじゅうの女が身を投げ出して来るから真直まっすぐ歩けないんだ」


 なんとまあ、うらやましいというか難儀なんぎというか!


 それはさておき、イングリッドの名前が刻まれたのはニルスの人生で最大級に大切な博士論文だ。

 さすがのニルスもいずれは身を固めるに違いない。

 その時にどんな顔で奥さんに自らの博士論文を見せるのだろうか?


 不用心ぶようじんというか何というか。

 ヨーロッパの人は気にしないのかね、そういうこと。


 ちなみにオレが医学博士をとったのは結婚後なので色恋沙汰いろこいざたとは無縁だった。

 それに博士論文を製本したわけでもない。

 まあ余計な心配をしなくて済んだってことだな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ