第992話 渡米した男 2
異国で生活を始めるのは苦労の連続だ。
同時並行で色々な事をしなくてはならない。
まずは英語だ。
オレは日本から申し込んであったボストン大学の語学クラスに行き始めた。
確か4週間ほどのプログラムだったと思う。
午前中は授業を受け、午後には銀行口座の開設、ケーブルテレビの契約、電話の加入など、多くの手続きがオレを待ち受けている。
幸い、住んでいたのは学生寮だったから、水道、電気、ガスなんかは特に手続きなしに使えた。
1番の問題は夏の暑さ。
その年の夏、ボストンは記録的な暑さだった。
緯度が札幌と同じなので平年ならエアコンなど必要ない。
だから誰もそのような贅沢品を持っていなかった。
ということは、夏のちょっとした暑さには極端に弱い街だということになる。
毎日毎日、汗だくでベッドに横になりながら、ボーッとした頭でオレは何の脈絡もなく「アフリカが発展しないのも当然だな」と思ったりした。
ボストン大学の語学クラスでは韓国人と台湾人が二大勢力で、それぞれが3分の1ずつを占めていた。
残り3分の1が日本人を含めたその他の国の出身だ。
同じクラスでは数少ない日本人のユウスケさんと親しくなった。
彼はオレと同年代で、日本の電力会社から派遣されてきている。
妻子を日本に残していることからすると短期の滞在なのだろう。
何にしても日本語でコミュニケーションが出来るということは有難い事だった。
「昼食は何処で摂っていますか?」
そうオレが訊く時は「日本人のオッサンが1人で入ってもOKで、しかも最低限の英語で済むような都合のいい所はないでしょうか?」という意味だ。
するとユウスケさんは「近くのフードコートが多いですね。マクドナルドなんかもあって、指をさすだけですから」と答える。
これは「近所のフードコートがお勧めですよ。マクドナルドをはじめとしたファーストフードの店が沢山あって、カウンターの上の写真を指さしたらそれでいいから、英語ができなくても問題ありません」という意味になる。
相手が外国人だとこうはいかない。
言葉以外の共通認識の大切さは全く想像していなかった。
また、学生寮には他にもハーバード公衆衛生大学院に通う日本人学生が数人いた。
企業からの派遣もあれば、医師や中央官庁の官僚もいた。
こちらでも日本語でのコミュニケーションが有難かった。
短時間で多くの情報のやり取りが可能になる。
たとえばこんな他愛もない会話でも英語でやろうとしたら大変だ。
「取り敢えず本学のインターナショナル・オフィスで色々と手続きしたらいいですよ。あそこは親切ですから」
「と言う事は、不親切なところもあるんですか」
「他は何処も不親切ですね」
日本語なら貴重な情報伝達が最低限のやり取りで済んでしまう。
教えられた内容も本当の事だった。
窓口の人もわざわざ不親切にしているわけではないのだろう。
でも、日本での対応に慣れてしまっていると、インターナショナル・オフィス以外の窓口は全員が不愛想だとしかいえなかった。
そうやって生活の立ち上げに苦労しつつ、研究室の方にも顔を出すことにした。
(続く)




