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はじめに:剥がれ落ちる「忠臣」の仮面
三国時代の蜀漢において、諸葛亮、蔣琬、董允と共に「四英(四相)」と称揚される費禕(字は文偉)。史書における彼は、温厚篤実で外交手腕に優れ、卓越した事務処理能力で国家を支え続けた名宰相として描かれることが多い。
しかし、彼の権力掌握のプロセスを史料批判の視点から丹念に読み解くと、その実態は諸葛亮の「鞠躬尽瘁(きくきゅうじんすい:身を粉にして公に尽くす)」という精神とは対極にある。他者の弱みにつけ込み、政敵を罠に嵌め、果ては自らの権力を正当化するために「歴史」すらも書き換えた、権力欲に駆動される冷徹なマキャベリストとしての素顔が浮かび上がってくる。
本稿では、正史『三国志』の記述の行間を読み解きながら、費禕がいかにして蜀漢の頂点という「安寧」を簒奪し、そして自己の業に呑まれて散っていったのかを考察する。




