第8話 初期装備、届く
翌日。
午前中から、家の前に止まる宅配トラックの数が明らかに増えた。
「……多いな」
義父が眉をひそめる。
「“プライムの本気”を舐めてたね」
「確か去年県内にデリバリーステーションができたとか言ってたか。コレがその力か」
Amazon箱、楽天箱、段ボールの山。
まるでホームセンターの倉庫が、家の前だけ引っ越してきたみたいだ。
義母が手を腰に当てている。
「近所に見られたら、“何を始めるつもりの家族かしら”って噂されるわよ」
義叔父が即答した。
「ダンジョン管理だろ!!」
「言っちゃダメなのよそれは!」
◇ ◇ ◇
リビングの真ん中に、箱が積まれる。
開封――
開封――
さらに開封。
段ボールの海の中から現れるのは、
ヘルメット。
ゴーグル。
フェースシールド。
分厚い手袋。
頑丈そうな作業服。
LEDライト。
予備バッテリー。
折りたたみの簡易盾。
日常と非日常の境界線が、
目の前に並べられている。
義父がひとつひとつ確認する。
「これは良い。
衝撃吸収基準も通ってるし、耐久もある」
「こっちはどう?」
フェースシールドを掲げると、義叔父が食いついた。
「うわ、これカッコいいな。
なんか特殊部隊みたいじゃねぇか」
義母が少し顔を引きつらせる。
「カッコいい、って言える心がすごいと思うけど……」
それでも義母は、手袋と服を触りながら小さく呟く。
「……丈夫そうね。
これなら、ちょっと転んでも平気そう」
そこに、ほんの小さな安心が混ざっていた。
◇ ◇ ◇
ひと段落したところで、義叔父が言う。
「とりあえず……
一回、みんなで試着してみるか?」
全員が顔を見合わせる。
「……まぁ、慣れておくのは悪くないね」
美咲が笑い、義母がため息混じりに頷く。
準備開始。
◇ ◇ ◇
数分後。
リビングに現れたのは――
完全装備の大人たち三名。
俺35歳、義叔父58歳、義父60歳。
ヘルメット、フェースシールド、厚手の服、頭にライト装備。
腰にはウエストポーチ。
★★★★
3名分――締めて約20万の買い物である。
★★★★
……なのに、
どう見ても近未来農作業チーム。
義母が吹き出した。
「なんか……
“怖い現場”っていうより、
“テレビ局の実験コーナー”みたいね」
美咲も笑っている。
「でも逆に安心するんだけどこういうの……
“ちゃんと守られてる”感じするし」
義父は無言で頷きながら、シールドを下ろし、上げ、角度を確認する。
真面目だ。
義叔父は――
「フッ……
俺、今なら何でも守れそうな気がする」
ポーズを決めた瞬間、
フェースシールドが曇った。
「見えねぇ!!」
全員、大爆笑。
緊張が一気に壊れる。
義母が涙ぐみながら言った。
「笑わせないでよ……
でも、笑えるうちは、まだ大丈夫ね……」
その言葉に、少しだけ胸が詰まった。
◇ ◇ ◇
蓮が近づき、じっと見上げてくる。
「パパ、
なんかヒーローみたい」
喉の奥が少し熱くなる。
「ヒーローには、ならないよ」
そう言いながら、
蓮の頭を撫でた。
「でも、“ちゃんとした大人”ではいたいな」
蓮は、少し考える顔をしてから、笑った。
「じゃあ、それでいいや」
陽翔は、装備大人三名を見て――
泣いた。
「だよね!?」
義叔父が慌てて装備を外す。
「俺も怖いわこれ!」
美咲が笑いながら陽翔を抱き上げる。
「ほら、これは“守るためのコスプレ”だからね。
大丈夫、大丈夫」
義母が、ゆっくり装備を見渡した。
「コスプレで済めばいいけどね……」
そこにだけ、
ほんの少しの本音が落ちた。
◇ ◇ ◇
夕方。
ニュースは止まらない。
「全国の穴、90箇所突破」
「“管理制度”正式可決見込み」
「自警管理選択者、徐々に増加へ」
義母はテレビの前で真剣に見ていた。
蓮は、その隣でテレビを見て――
でも時々、俺たちの方を見ていた。
何か考えている顔。
多分、言葉にまだならない何か。
(その“まだ”が、
冗談じゃなく意味を持つ日が来るんだろうな)
そう思った。
◇ ◇ ◇
夜。
義父がぽつりと言った。
「……装備は揃った。
身体も、気持ちも、まだ不十分だが……
それでも、“前に進む準備”が整い始めてる」
義母は深く息を吐く。
「こわい。
でも、何も知らずに飲み込まれる方が、もっと怖いわ」
美咲が小さく笑う。
「だから、
“知らないまま”にはしないんだね。
この家は」
義叔父が親指を立てた。
「俺はまず、保険会社に泣きつく第二ラウンド行くけどな!!!」
義父が即座に突っ込む。
「お前はまず病院だ」
「現実世界の支援系で一番欲しいのは保険だよなぁ!!」
また笑いが起きた。
笑いながら、
少しだけ泣きそうだった。
◇ ◇ ◇
――準備が進む。
それだけで、少し強くなれた気がする。
だけど同時に、
少しずつ――
“後戻りできない方向”に、
世界が動いている音も聞こえ始めていた。
【初期装備】
アイテム
おおよその価格帯
ヘルメット
4,000~8,000円
ゴーグル
2,000~4,000円
フェースシールド
2,000~5,000円
分厚い手袋(耐切創)
3,000~7,000円
頑丈な作業服(上下)
8,000~20,000円
LEDライト(ヘッド+手持ち合計)
6,000~14,000円
予備バッテリー
4,000~10,000円
簡易盾
10,000~30,000円




