第7話 穴の“中身”と、買い物の方向性
「ダメだな」
――急に義父が口にした。
「悩みすぎて全然決まらんっ」
「ああ、確かに」
選択肢がありすぎるのも中々問題だ。
普段買わない物の"良い品"の相場も分からないし、レビューもほとんど参考にならない。
義叔父さんが目を細めて資料を見ながら言った。
「役場が置いてった“現状でわかってること”が、中々参考になるぞ。兄貴も見てみるといい」
「ああ、分かった。読むぞ」
義父が静かに言い、紙を一枚ずつ広げる。
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●現在確認されている“穴”に共通する特徴
・入口は人為的形状(階段/滑らかな壁面)
・地下空間は“自然洞窟に似ているが一致しない”
・内部は低温・湿潤・弱い気流あり
・一定以上奥に進むと方向感覚の喪失が報告される
●確認された存在
・半透明の“ゼリー状生物”
→ 打撃で形が崩れるが、しばらくすると再生
・動きの速い“影のようなもの”
→ 映像では捉えきれず、視認報告のみ
・小型の二足歩行の“人型”の目撃証言
→ 接触事例あり、軽度打撲の負傷例
●推奨事項
・刃物等の持込については自己責任
・十分な照明・保護具・フェースガード必須
・興奮時に突入しない
・単独行動禁止
●特記事項
・どの穴も“時々内部から外へ出ようとする動き”が確認されている
→ 早期段階で間引きが必要との専門家意見あり
以上
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読み終えた瞬間、
リビングから一斉に息が漏れた。
「……これ、もう完全に自然現象じゃないな」
義父の声が低い。
義母が顔を押さえる。
「“外に出ようとしてる”って、なにそれ……
普通に怖いんだけど……」
俺は額に手を当てた。
(予想以上に、洒落にならない)
静かに、美咲が言う。
「でも……
“何がいるかわからない場所”に行かなきゃいけないなら……
準備できるだけ、した方がいいよね」
義母が、ゆっくり頷いた。
「そうね。
“怖いから考えない”より、
“怖いからちゃんと準備する”方が、まだ現実的よ」
そこで、義叔父が手を上げた。
「はい質問!!」
全員の視線が刺さる。
「“ゼリー状のやつ”ってさ。
普通にナタとかでいけんのか?」
俺は義父から受け取った資料を見直す。
「“形が崩れても再生する可能性あり”……
完全に倒すんじゃなくて、“通路をこじ開ける”相手だと思ったほうがいいな」
「つまり、“切るより叩く”系か」
「分かんないけど。たぶん、そう」
義父が腕を組んだ。
「――となると」
「盾になるもの。
顔守るもの。
光源。
叩ける道具。
そして、長時間動いても大丈夫な服」
義母が息を呑む。
「……本当に、行くつもりなんだね」
美咲は、小さく笑った。
「行かない、って選択も、
今は“まだ”できないだけだよ。
決めるのは制度がはっきりしてから。
でも、“守る可能性がある家族”が、準備しないのは違うでしょ」
義母は目頭を押さえた。
「……ほんと、誰に似たのかしらね、あなた」
そこで、義叔父が勢いよく立ち上がった。
「じゃあ俺が楽天で、
“叩く系”“守る系”“光る系”を入れる!!
大船に乗ったつもりで任せろ!!」
一瞬、誰も止めなかった。
一瞬だけだ。
すぐ義父の拳が頭に落ちた。
「任せられるかバカ!!」
「なんでだよ!!」
「昨日の“3D振動マシン男”に命の装備任せられるか!!」
「忘れろそれはもう!!!」
「一生忘れねぇ!!」
義母も参戦する。
「“買い物履歴はプライバシーだから見るな”って叫んだ男の買い物なんて絶対信用できるか!!」
「今日は叫んでない!!」
「叫ぶ前に止めたのこっちだから!!」
蓮がぽつり。
「おんちゃん、
また変なのポチるでしょ……」
完全にトドメだった。
義叔父は床に崩れ落ちた。
「信用の墓場だ俺は……」
……
でも、
その顔はどこか少し笑っていた。
◇ ◇ ◇
俺は深く息を吸い、結論を出した。
「整理しよう」
テーブルに手書きのメモを広げる。
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● 必須
・ヘルメット(衝撃耐久)
・フェースガード/ゴーグル
・手袋
・厚手の作業服(防刃じゃなくても丈夫重視)
・ライト(頭+手持ち+予備)
・携帯電源
・簡易防護盾
● 可能なら
・打撃武器(合法範囲)
・携帯通信機器
・マーキング用目印
・紐/テープ
※攻撃より防御が優先。
方針は「いのちだいじに」
逃げるが勝ち。
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義父が頷く。
「Amazonは俺が担当だ。
実用性優先で選ぶ」
義叔父が顔を上げる。
「楽天は……
俺、“ポイント戦力”としてだけ働くから、
購入は一緒にやらせてくれ」
義母が笑った。
「それなら安心ね」
美咲が、静かにテーブルを見つめた。
「私たち、
ちゃんと、“戦うための準備”をしてるんだね」
その声は不安混じりだったけど――
少しだけ、強かった。
俺は資料を見つめ直す。
(“外に出てこようとする”)
(“間引きが必要”)
冗談みたいな文章なのに、
笑えない。
でも――
(だったら、
最初にちゃんと知識持って挑むほうがいい)
そう思えた。
◇ ◇ ◇
夜。
義母はいつものようにテレビの前に座り、
俺はAmazonのタブを開き、
義父はスペック表を睨み、
義叔父は横で「今回は真面目に」って何度も言いながら肩を揺らしていた。
その横で、蓮がぽつりと言った。
「……パパ」
「ん?」
「さっきの紙に、
“目が赤い影”ってあったけど――」
少し考え込む仕草。
「夢の中に、似たの出てきたことあるかもしれない」
その声は幼いのに、
背筋を冷たくする静けさを持っていた。
義母が息を呑む。
俺は、ただ一言返す。
「……そうか」
それ以上、無理に聞かなかった。
まだ、
聞くべきタイミングじゃない。
きっと、ちゃんと“来る”。
その時までに――
俺たちは、
“準備の整った家族”でありたいと思った。




