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家族でダンジョン管理しています ──日本を守るのは一軒家でした。  作者: 鳥ノ木剛士


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第5話 制度と家族と、そして“赤字の一行”

ひと騒動あった後、


 俺は一応、会社に連絡した。

「特殊災害地域に指定されそうでして――」と説明すると、

電話口の上司が数秒黙り、


『……休め。というか、むしろ出てくるな。県職員がお前の動向も逐一見てるんだろ? このタイミングでお前が怪我でもしたらうちの労災ラインがどうなるか』


 ありがたいけど、ちょっと悲しい対応だった。


 子どもたちの方も、

 蓮は「心配だから幼稚園来れる時は来て」と言われ、

 陽翔は通常保育OK。


(ありがたい……

 “いつも通り”が継続できるのは、本当にありがたい)


◇ ◇ ◇


 昼過ぎ。

 昨日の木村さんと森下さんが、資料の束を抱えて再訪した。


「本日は制度説明の“途中段階”になりますが……」


 テーブルに広げられた書類。


 難しそうな字。

 不安になるカタカナ。

 そして、役所の書類にしか存在しない“謎の表”。


「要するにですね――」


 森下さんが噛み砕いて説明してくれた。



•うちの土地は“特定監視区域”に仮指定予定

•いずれ正式に“ダンジョン管理対象地”へ移行の可能性

•土地を国に預ける → 強制管理、補償あり

•自分たちで守る → 国に“任務”として登録、報酬あり



「ここに、“選択”が発生します」


 木村さんが静かに言う。


「ただ、どちらにしても――

 “今は緊急事態枠”。

 お仕事は“なるべく控える”申請が通ります。

 子どもさんの学校・保育も、当面配慮対象です」


「……助かります」


 俺は素直に頭を下げた。


◇ ◇ ◇


 書類を読みながらの家族会議。


 義母は、珍しく静かだった。


「……怖いわ」


 ぽつりと言った。


「でも、逃げても怖いし、残っても怖い。

 だったら……ちゃんと考えて、選ばないとね」


 義父が腕を組む。


「俺は、土地を手放したくねえ。

 ただ、“感情論だけ”じゃダメだ。

 制度が固まるまで、焦って決めるな」


「そうですね」


 俺も同意した。


(今、“守る側”を選ぶのは早い)

(でも……完全に他人に渡すのも、正直できない)


 揺れている。


 でも、

 揺れながら考えるしかない。


「とにかく今は――」


 俺が言いかけた、その時。


 ガラッ!!


 玄関が勢いよく開いた。


「――た、大変だ!!」


 義叔父だった。


「また泥だらけで帰ってきたら怒られますよ!?」


「今日は綺麗だ!! 今日は綺麗だけど心が死にそうなんだ!!」


「何したんですか」


「保険会社だよ!!」


 一瞬、場が凍る。


 義母の眉がピクリと動いた。


「……保険、見直し行ってきたの?」


「行った!! 行ったんだよ!!

 “昨日怒られて反省してます、ちゃんと入ります”って、

 ちゃんと謝って、ちゃんと相談して――!!」


「偉いじゃないですか」


「だろ!? 俺も今日は“ちゃんとした大人コース”だと思ってたんだよ!!」


 そこまで叫んでから、

 義叔父は机にスマホを置いた。


「……見てくれ」


 画面には、保険会社の公式サイト。


 トップページの上。


 赤字。


 太字。


 枠付き。



【重要なお知らせ】

現在発生中の“特殊環境下居住区域”を対象としたご加入については、

当該環境に居住されていない方に限り

受付を継続しております。



 沈黙。


「……特殊環境?」


「……これ、絶対」


「……穴のことだよね?」


「絶対穴のことだよね!!!」


 義叔父が絶叫する。


「昨日までなかったんだぞ!?

 “過去ログ”見たら今朝更新なんだよ!!

 各社だよ!! ほぼ全社だよ!!

 俺、予定表全部見たけど――

 “58歳が入れるまともな保険”

 全部これ付いた!!」


「つまり?」


「俺、穴のせいで、

 “守られる権利”がさらに減った!!!」


 頭抱える義叔父。


 義母、真顔。


「……穴、殴りたい」


「気持ちはわかりますけど殴れないです」


「……いい。分かってるけど殴ってくる」


 義父は深く息を吐いた。


「待て。つまり――」


「なんだ兄貴」


「お前、**昨日の馬鹿保険以上に、

 “今は守られない身体”になってるんだな」


「だから今朝が人生で一番健康意識高いんだよ!朝飯は青汁2杯飲んでやったよ!」


「笑えねぇ!!!」


 俺も叫んでた。


◇ ◇ ◇


 だが同時に――


(国も保険会社も“相当本気”ってことだ)


 これはただの騒ぎじゃない。

 もう、“社会の前提”を変える災害だ。


 義叔父は、へたり込んで言った。


「……俺、覚悟してたんだよ。

 58で入れる保険が少ねぇのも。

 条件が厳しいのも。

 それでも、

 “入ることはできる”って思ってたんだよ」


 スマホを握る手が震えていた。


「でも今は、“この土地に生きてる”ってだけで――

 それすら“外される側”なんだな……って」


 義母がそっと近づき、肩に手を置く。


「……だからこそ、生きるのよ。

 死なないで。

 みんなで生き延びなきゃ」


「……ああ」


 義叔父は、鼻をすすって笑った。


「俺……

 今人生で一番“健康で長生き”したくなってるのに……

 世間が“お前は危険枠”って言ってくるの、

 理不尽すぎるだろ……!」


「理不尽ですね」


 俺も苦笑する。


(でも――)


 胸の奥で、ひとつだけはっきりした。


 俺たちは今――

 “普通じゃない生活圏”に入った。


 これはもう、逃げられない。


 逃げても、

 きっと“別の理不尽”が待っている。


 なら。


(――選ぶしかないんだろうな)


 どう生きるかを。

 どう守るかを。

 誰と笑うかを。


おじさんが次男を抱っこしようとして、逃げられて悲しむ姿を見ながらそう思った。


◇ ◇ ◇


 その夜。


 ニュースはついに言った。


“日本は今、

“日常と非日常の境界線”に立っている”


 俺たちは、無言でテレビを見ていた。


 義母は依然としてニュース監視担当。

 美咲は膝で陽翔を寝かせ、髪を撫でている。

 蓮は隣で静かにテレビを見つめる。


 俺は思う。


(こんな状況でも――)


 この家はまだ、

 温かかった。


 それだけは、

 絶対に手放したくなかった。


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