第39話 DFC
穴の前にカメラが置かれる。
派手なオープニングはない。
BGMも用意されていない。
ただ――
家族の声。
義父のいつもの声。
「おはようございます。
今日も……行ってきます」
義叔父が軽く手を振る。
「帰ってくる動画なんで。
戻ってきたら笑ってください」
俺は短く言う。
「“ちゃんと無理しない”潜行、20回目以降編。
Dungeon Family Channel――DFC、始めます」
切り替わる映像。
潜行の様子――ではなく。
空。
帰り道。
穴から出て、
地上の光を浴びて、
息を吐く瞬間。
義父の肩から盾が外れる音。
義叔父の笑い。
俺の、静かな安堵。
「――今日も“ただいま”が言えました」
テロップ。
『戦う動画ではありません。
“帰ってくる動画”です。』
ただ、それだけ。
だが――
コメント欄が、
一気に火をつけられたように動いた。
◆ コメント欄の“温度”
「ただいまって言ってくれる動画、泣くんだが」
「帰ってくる配信って概念、優しすぎない?」
「国が公式で許可したの、なんか分かる」
「スーパーヒーローじゃなくて、
“普通の家族のまま帰ってくる”のが尊い」
応援でもない。
興奮でもない。
湧いたのは――
“祈り”だった。
「明日も無事で」
「帰ってくるの前提の動画であってほしい」
「戦うの見たいんじゃない。
生きて帰るの、確認したいだけ」
「義叔父さんのただいま、好きです」
そして固定コメントには――
『このチャンネルは
“危険を煽る演出や過激コンテンツを排除します”。
視聴者のみなさんは“祈る側”。
僕たちは“帰ってくる側”。
ただ、それだけです。』
拍手スタンプじゃない。
手を合わせるスタンプが圧倒的に多い。
◆ 国・研究サイドの受信
木村は、会議室で動画を見ながら
ただ一言、呟いた。
「……これ、
“安全保障インフラ”じゃないですか」
森下博士は小さく笑った。
「国の安心の総量が――
いま、増えましたね」
分析官は真顔で言う。
「これ、ただのエンタメじゃない。
“国内精神安定装置”だ」
誰も否定しなかった。
本当にそうだから。
◆ そして、ネット全体へ
Twitter(X)
「戦ってるのに、“優しい”世界なんだよな、このチャンネル」
「暴力じゃなくて、
“帰宅”がテーマのダンジョン配信、世界初では?」
「DFC=祈りのインフラ、って言われ始めてて草」
「日本、こういうチャンネル作る国で良かった」
まとめサイト
『命を懸けてるのに“日常”としてやってるのが
一番かっこいいんだよ』
『帰ってきた瞬間の
“ふぅ……”が最高のエンタメ』
海外反応翻訳勢が勝手に動き出す。
「This is not a battle stream.
This is a “life continuation stream.”
I’ve never seen anything like this.」
そして――
当然。
デマも出る。
「国が演出してるだけ」
「全部ヤラセ」
だが、
公式の対策が早かった。
『煽り演出なし』
『編集権限=国』
『検証用映像は全て監査対象』
公式が“速くて丁寧”。
デマが勝てない。
ネットの空気が――
決まった。
この家族は叩く対象じゃない。
守る対象だ。
コメント欄に一つの文化が生まれる。
【ただいまスタンプ文化】
動画が終わるたびに、
チャット欄が、
祈りの絵文字に満たされていく。
ただのスタンプじゃない。
視聴者という“社会”が、
この家族に参加する形になった。
木村はモニターを見つめながら言った。
「……国だけじゃないな」
博士が頷く。
「ええ。
この家族を守るのは――
国と、社会全体です。」
今日、
正式に。
“ダンジョンファミリーチャンネル”は
日本社会の一部になった。
単なる配信ではない。
“帰還の証明”。
“安心の共有”。
“祈りの集積”。
DFCは――
この瞬間、誕生した。




