第38話 国
◆ ダンジョン対策本部
―《20回潜行レポート・臨時総合会議》―
薄暗い会議室ではない。
今日は――
国のフロア全体が“戦場”の空気になっていた。
大型モニターには映像資料。
壁にはデータシート。
机の上には
あの家族のレポートファイル。
木村が深く礼をしてから報告を始める。
「本日、
彼らの20回分の総合報告を正式提出。
併せて――
“新たな判明項目”がいくつも確認されました」
沈黙。
誰も軽口を叩かない。
“これが冗談ではない”と、
全員が理解しているからだ。
森下博士が立ち上がる。
「結論から申し上げます」
会議室の空気が一段圧縮される。
◆ 1.ダンジョンは“環境”ではなく――《生命圏》だ。
モニターに映る。
✔ 床の“呼吸”
✔ 空気密度の変動
✔ 発光植物の順応
博士は指を置いた。
「――“洞窟”ではありません。
“構造物”でもありません。
《ダンジョンは“生きた世界”です》」
ざわめきが走る。
博士は続ける。
「地球ではない別の生命圏。
完全に独立した“生態系世界”。
そして――」
別の映像。
発光植物を地上へ持ち帰る瞬間。
光が“少しだけ強くなる”。
博士の声が震えていた。
「適応した。
“外”を理解し、
順応してきた。
これは――
侵略ではない。
“理解しようとしている”動きです」
心理分析官が小さく息を呑む。
「……“敵対”ではない可能性が?」
博士は、静かに首を振る。
「甘い判断はできません。
“理解し合おうとする者”は、
同時に――
“対抗するために観察する者”でもある」
◆ 2.“敵”ではない――《文明候補》
画面に3体の映像が並ぶ。
■ スライム
《観察者/環境センサー》
→ 戦闘というより“測定型存在”
■ イノシシ(オーク素体)
《肉体進化タイプ》
→ 進化途中の“戦闘生命体”
■ たぬき(カーバ仮)
《知性コア候補》
→ 判断・観察・“沈黙による認識”
そして――新規。
■ リザード
《機動知性型》
→ 好奇心 → 高速学習 → 再会前提挙動
博士は言う。
「動物ではありません。
“兵器”でもありません。
《文明の芽》です。」
誰も言葉を発せない。
◆ 3.最も重要な事実
博士は、
家族が書いた一文を映した。
《今日のスライムは
“俺たちを見て逃げなかった”。》
その次。
《“判断していた”。》
――そして、
《“俺たちを、知った”。》
博士は、
その一文を見ながら静かに言った。
「向こうは、
人類という存在を
“概念”としてではなく――
“個体として認識し始めた”。」
分析官が言葉を失う。
安全保障担当が額を押さえる。
木村は、
拳を握っていた。
◆ 4.最大の震え
最後の資料。
《存在感の成長》
博士が一番低い声で言った。
「……問題は、ここです」
✔ 武器が“役割を持つように感じる”
✔ 盾が“守る瞬間に固くなる”
✔ 視覚情報に頼らない“敵存在認識”
✔ 自制心が同時に成長している
心理担当が呟く。
「……普通なら、
“力だけが強くなる”。
でも彼らは違う。
“精神の器”の方が
先に強くなっている。」
博士が静かに言う。
「あの家族は――
“適応する側”ではなく、
“選ばれて適応する側”です。」
その瞬間。
言葉を失ったのは研究者ではない。
国の人間たちだった。
安全保障班長が言う。
「つまり……
あの家族がいる限り、
“日本は先に未来を掴める”と?」
博士は頷いた。
「はい。
そして、同時に――
“あの家族が崩れた瞬間、
人類のラインも崩れます”。」
空気が凍る。
誰も軽口を言えない。
――それほどの価値。
――それほどの一点突破。
木村は、
ゆっくり深呼吸し、言った。
「結論」
会議室の全員が顔を上げる。
「あの家族は、“前線戦力”ではありません。
《国家戦略資産》です。」
博士が続ける。
「守りましょう。
失わせないように。
“働かせる”のではなく――
“共に、未来を見る存在”として扱うべきです。」
静かな拍手が――
誰より先に、分析官から起きた。
誰も命じていない。
自然にだ。
今日、
正式に。
国は“ダンジョンファミリー”という家族に、
本気で敬意を払った。
震えるほどの評価。
それは――
“期待”ではない。
“信頼”だった。




