第37話 リザードとの解析
ダンジョンが俺たちを「知って」から、
◆ 潜行20回目。
――ここまでの“ダンジョンの姿”が、ようやく見え始めた。
潜行を始めてから、
気づけばもう20回を越えた。
最初は怖くて、重くて、
毎回【今日が最期になるかもしれない】という緊張を抱えていた。
けれど今は違う。
怖さは消えない。
だけど――
「理解」が勝ち始めている。
■ これまで確認された“敵”
最初に出たのはスライム。
小さいのから、笑えないレベルの大きさまで色々いたが、
基本は―――
《環境の門番・異物のテスト役》
と呼ぶのが一番近い。
ただの雑魚じゃない。
こちらを観察する、“センサー”みたいな存在。
次に現れたのが――イノシシ。
でも今の認識は違う。
《あれは“オークの素体”だった》
後から分かったが、
筋肉のつき方、骨格、目の奥の妙な光。
“ただの動物”じゃない。
もし、あれが成熟した姿で現れたなら――
間違いなく、
《人型に近い、戦闘生命体》
になるだろうと博士たちは言った。
オーク候補。
納得しかなかった。
そして――たぬき。
あの妙に人間臭い「沈黙」と「判断」、
逃げず、観察し、
最後までこちらを見ていた視線。
博士は言った。
「あれは獣じゃない。
“次の段階”の知能がある」
現在、仮分類名。
研究者用語《カーバ(仮)》
→ “仲間を呼ぶ可能性のある、知能持ち低級知性体”
オークが“力の系統”なら、
こいつは“知性の系統”。
そして――今日、20回目の潜行で。
新しい“カテゴリ”が現れた。
◆ 新種──《リザード(仮称)》登場
その日は、
階層の空気がいつもより――“密”だった。
湿度が高く、
視界が薄く揺らいでいる。
「……臭いな」
義父が言った。
動物の獣臭とも違う。
湿地でもない。
“鉄が錆びた匂い”に近い。
俺たちの前に――
カシャ……カシャ……
と、石を爪で擦るような音。
ライトを向ける。
そこで――
それは、壁に張り付いていた。
トカゲ。
だけど。
トカゲの“延長”ではない。
身体はしなやか。
しっぽは鞭のように長く、
目は―――
完全に人の動きに同期していた。
義叔父が息を飲む。
「……逃げねぇな」
義父が低く構える。
「観察されてるな。
“測られてる”」
次の瞬間――
トカゲは壁を蹴って――真横に走った。
普通なら“下へ落ちる”。
奴は違う。
壁を地面のように走る。
頭では理解できるが、
目が追いつかない。
バールの間合いが合わない。
槍も合わせにくい。
盾は――追随しづらい。
「厄介だな……!」
だが、
それが“攻撃してこない”。
近づいて――距離を測り、
牙をわずかに見せて――
笑ったように見えた。
そして、逃げる。
こちらをちらりと振り返りながら。
挑発でもなく、恐怖でもなく。
「理解した」側の目。
博士の言葉が脳裏で蘇る。
「“知能”と“文明”は別物です。
“文明に至る進化を持つもの”は、
“好奇心”を持つ」
義叔父が呟く。
「……あれ、
また会うやつだな」
義父が短く頷く。
「間違いなく、
“今日は見ただけ”だ」
戦闘は――成立しなかった。
成立しない種類の敵だった。
これは “戦って勝てるか” の問題じゃない。
“あいつらがいつ、何に進化するか” の問題だ。
◆ そして、ダンジョンの“環境”。
帰還前。
ふと、俺は壁の苔に目を止めた。
「……光ってる?」
いや、最初から光ってはいた。
だけど、
光り方が違う。
前は単なる“発光”だった。
今日は――
“脈打っている”。
そして、もう一つ。
義父が土ごと救い上げた。
発光植物。
外に持ち帰って良いか、
博士に確認しながら採取。
すると――
地上に出た瞬間、
光が少しだけ強くなった。
森下博士の声が震えた。
「……順応している。
外界環境に合わせて出力を変えた。」
ただの植物じゃない。
“環境適応型の生命装置”だ。
つまり――
ダンジョンはただの穴じゃない。
“生きた世界”だ。
俺たちは、
20回目でようやく理解する。
ここはダンジョンじゃない。
“並行した生命圏”だ。
そして――
そこにいる奴らは、
ただのモンスターじゃない。
“今、進化途中の文明候補”だ。
義父がぽつりと言った。
「……あいつら、
“こっちまで来る気”なんてないのかもしれねぇな」
俺は答えられなかった。
ただ一つだけ。
確実に言えることがある。
“向こう側の世界”に足を踏み入れた俺たちを、
向こう側もまた、
“世界の住民として認識し始めた”。
それが――
一番怖い。
そして、
一番、意味のあることだ。
俺は帰り道、
独り言のように呟いた。
「……20回目にして、“本番の入り口”かよ」
ダンジョンは今日も黙っていた。
でも俺たちは知っている。
あいつらは、黙る時ほど“考えてる”。




