第33話 スケジュール管理
夕暮れ前。
テーブルにカレンダーとノートが広げられ、
いつものリビングが、
少しだけ“司令室”っぽい空気になっていた。
義父、義叔父、俺(悠斗)。
そして妻と義母。
テーブル中央に置かれたのは――
ただ一本の、
日常的なボールペン。
だけど、
これで線を引いた瞬間。
俺たちの生活は“決まる”。
義父が静かに言う。
「……決めるか」
まず、誰も強くは言わなかった。
でも、
誰も迷っていなかった。
俺が言う。
「平日は――
毎日ダイブしよう。」
義叔父が頷いた。
「週5勤務ってことだな」
義母が苦笑する。
「なんか急に、
普通の仕事みたいに聞こえてくるわね」
博士の言葉、
国の制度。
それら全部含めて――
俺たちは“役割”としてここにいる。
妻が問いかける。
「……本当に、毎日?」
俺は頷く。
でも、重要なのはそこじゃない。
「無理は絶対しない。
“戦う日”じゃない、“運用の日”だ」
義父も続ける。
「土日祝は“絶対休み”。
家族も、体も、
心も、疲れは嘘をつかねぇ」
義叔父が笑った。
「公務員みたいだな」
義父が真顔で言う。
「――公務員並に働くくらいが筋だろ。
国が後ろにいるんだ。
こっちも“ちゃんと働く”。」
その言葉で――
全員が腹を括れた。
カレンダーに線が引かれる。
月
火
水
木
金
ここには――
“潜行-ダイブ”。
そして
土
日
祝日
ここには――
“絶対休み”。
これが、俺たちの答えだった。
妻が言う。
「ちゃんと帰ってきて、
ちゃんとご飯食べて、
ちゃんと寝るのが最低条件ね」
義母も言う。
「じゃないと“普通の家族”じゃなくなるからね」
――潜るけど。
――戦うけど。
――最前線だけど。
家族は、家族のまま。
それだけは絶対に譲らない。
俺はノートを開く。
義父が言う。
「時間は――」
◆ 平日ダイブ運用スケジュール(仮)
07:00 朝ご飯
08:00 子ども送り・日常確認
09:00 身体チェック/装備チェック
10:30 役所連絡/専属担当へ行動予定送信
11:00 潜行開始
12:00~13:00 帰還目標
14:00 レポート整理・映像整理
夕方 通常生活+夕飯
※保育協力日や、園イベント時はこれに限らない
義叔父が笑う。
「……本当に仕事だな、これ」
俺は笑い返す。
「仕事だからな」
妻がふと聞いてきた。
「ねぇ、その“レポート”って義務なの?」
俺は首を振った。
「任意。
でも――“任意だからやる”。」
義父も頷いた。
「現場で気づくこと。
現場でしか分からないこと。
それを積み上げれば、
誰かが助かる未来に繋がる」
義叔父が笑いながら肩をすくめる。
「ブログもな」
俺は少し苦笑する。
ダンジョン探索で使用した商品や、
感じたことを、ブログとしてメモしていた。
国中継で投稿されている動画についても、
毎日コメントを頂いているが、できる限り返信している。
「ブログは半分趣味。
半分、“未来の誰かの役に立てばいいな”ってやつ」
博士が言っていた。
“あなた方は戦いながら、
世界の仕組みを見つけていく人達だ”
俺たちは――その言葉を
ちゃんと拾う家族でいたい。
義父が最後に言った。
「俺らがやることは――
“無理なく続けること”。
それだけだ」
全員、頷いた。
それは覚悟じゃない。
“生活として続ける”という決定。
そして――
次の日。
◆ 平日初ダイブ5日目。
朝はいつも通り。
味噌汁。
ご飯。
ニュース。
笑い声。
でも――
少しだけ動きがシステム的になった。
子どもを送り、
家の安全確認をし、
装備を点検する。
義父は盾を確認。
義叔父はバールを確認。
俺は槍を手にして――
手の中で落ち着く。
気持ちを切り替えるために、役所へメールをする。
【木村様/博士へ
本日も10:30より潜行開始。
予定通り、平日ダイブ5日目として実施します】
送信。
「了解しました。
無理だけはしないでください」
博士からも一言。
【“前線を生活する人間”の始まりですね】
俺は笑った。
穴の前に立つ。
義父が一言。
「じゃあ――
“仕事に、行ってくるか”」
義叔父が肩を回す。
「行ってきます」
俺は、笑って言った。
「帰りにお昼ご飯買って帰る感じでな」
家族が笑った。
でも――
その軽さが一番強い。
俺たちは、
平日運用5日目のダイブへ――
静かに降りていった。
世界最前線。
だけど、
帰るのは“いつものリビング”。
そういう戦い方を、
俺たちは選んだ。




