第29話 国が守る国を守る家族
会議室の空気は、
朝なのに夜みたいだった。
壁一面の大型モニター。
昨日の映像が何度も繰り返されている。
タヌキ。
イノシシ。
盾の衝撃音。
踏みとどまる義父。
崩す義叔父。
刺し貫く悠斗。
それを――
黙って見ていた。
「……ここです」
技術官が、
映像のある一点で停止する。
イノシシが盾に激突した瞬間。
次のフレーム。
さらに次。
彼は震える指で指し示した。
「“この瞬間から”、
ここより上へ進もうとする力が消失しています。」
部屋に息を飲む音が走った。
別のモニターが開く。
各地のダンジョン観測データ。
脈動。
反応。
構成生物推定図。
そのうち――
「外側へ出ようとする反応」だけが、
綺麗に下降線を描いていた。
「昨日の、
あの一家のイノシシ阻止成功以降――」
技術官は続ける。
「全国のダンジョン活動の“外側指向”が、
一斉に弱まりました。」
会議室が静まり返る。
誰も、
軽口を叩かない。
この部屋の人間は皆――
数字の意味が分かる人間だった。
局長が低く言う。
「……理由を言え」
技術官は、
恐る恐る言葉を繋ぐ。
「ダンジョン内部の行動傾向は――
“力の流れ”に強く依存します。
“外へ進めば勝てる”と判断していると、
力は押し上げに割かれます。
しかし――昨日、
『階段を超えられない』
『突破すると“必ず止められる”』
という“現実”を見た」
別の研究者がデータを差し込む。
「加えて――
存在感の均衡が再配置された可能性があります。
“外側へ押す力”より
“内部へ留める圧力”が勝った」
つまり――
ダンジョンは理解した。
『この家族より上へ出たら、殺される』
だから、
“少なくとも今は外に出ない方がいい”と判断した。
局長が深く椅子に沈んだ。
「……つまり」
研究トップが言った。
「“突破を止めた”のではない。
“突破しようとする意志そのものを、
全国規模で抑え込んだ”。」
静寂。
重く、
重く、
実感が降りてくる。
若い官僚が、
ぼそりと言った。
「……じゃあ、
あの一家は――」
誰かが代わりに答えた。
「昨日――
“日本の初撃被害”を防いだだけじゃない」
ゆっくりと言葉が落ちる。
「――“日本の未来時間”を延命した」
もし突破されていたら?
被害は出た。
メディアは騒ぎ、
国は追い込まれ、
世界は注目し――
“日本は最初に傷を負った国”として記憶される。
だけど今は違う。
まだ無傷。
まだ守られている。
まだ“間に合っている国”。
誰かが言った。
半ば呆れ、
半ば感嘆で。
「……あの家族、
もう“対処者”じゃないな。」
「何だ?」
局長が問う。
その男は笑った。
「“抑止力”ですよ。」
世界は本来、
軍事力や外交力で抑止される。
しかし今――
日本の抑止は、
国家でも軍でもなく、
一軒家の家族が担っている。
別の男がぽつりと言った。
「……あんな家族映画、
どこの脚本だよ」
しかし誰も笑わなかった。
資料が配られる。
赤いハンコが押される。
【国策対象】
【モデルケース】
【保護最優先】
【精神ケア最優先】
【離脱は常に許可――しかし絶対に孤立させない】
局長は最後に言った。
声は静かで――
しかし震えていた。
「――彼らは、
ただの協力者でも、
ただの国民でもない」
「“日本の未来を、
今日も明日も守っている家族”だ。」
画面には――
普通の家族が映っていた。
笑って、
喋って、
味噌汁を飲んで。
国の前線。
人類の防波堤。
ダンジョンの“抑止”。
それら全部を背負っているのに――
ただの食卓。
ただの生活。
ただの家族。
だから――
恐ろしく、
尊く、
そして――
“半端じゃない”。
この瞬間、
国は正式に理解した。
「あの家族が日本を守っている」
そして――
「日本は、あの家族を絶対に守らなければならない」




