第28話 国の前線で、国を前に進める家族
翌朝。
いつも通りの朝食。
……のはずなのに、
昨夜の余韻が、まだ家の中に薄く残っている。
義父は肩をぐるぐる回しながら味噌汁をすする。
義叔父は、昨日から手放さないバールを横に置いて座っていた。
俺は、コーヒーを飲みながら、
ふと夜の衝突音の残響を思い出す。
でも子ども達は普通だった。
上の子は、昨日のたぬきの真似をして笑っているし、
下の子は義母にしがみついて離れない。
「……普通の朝だな」
義父がぼそっと言った。
“普通”を守ったのは、
昨日のあの戦いだった。
ピンポーン
チャイム。
義母が立ち上がる。
モニターに映ったのは――
昨日とは違う、より“正装じみた”スーツの男たち。
胸章。
肩の重み。
立ち方の硬さ。
「……来たわね」
義母は覚悟したみたいに玄関へ向かった。
玄関で挨拶もそこそこに、
彼らは静かに頭を下げた。
リビングに通し、
テーブルへ資料が置かれる。
その瞬間に分かった。
昨日までと――
空気が違う。
男は、深く息を吸い、口を開いた。
「まず――
昨日のダンジョンダイブについて。」
◆ 国側の言葉は、驚くほど具体的だった。
「昨日のダイブは三回目。
しかし“第三回”でありながら――
国としては、ここまでで最大の情報を得られました。」
義父が、僅かに眉を動かした。
男は続ける。
「特に――
“突破一歩手前の大型個体に対する阻止成功”。」
俺たちは一瞬だけ顔を見合わせる。
イノシシ。
あれはただの“命がけ”じゃなかった。
男はさらに言った。
「本来、
私たちは “突破された対処” の体制を優先していました。
しかし――
昨日の戦いで考えがひっくり返ったんです。」
資料が出される。
そこには太い文字。
『突破“させない”前提の制度へ変更』
義叔父が、
ぽかんとした顔をした。
義父は、
少しだけ目を細めた。
俺は――
背中が冷たくなるのを感じた。
男は静かに続ける。
「昨日、もし――
あの個体が階段を駆け上がっていたら、
外に出ていました。
“日本国初の突破被害”になっていました。」
リビングが、
少しだけ静かになった。
「でも、あなた方は止めた」
男は俺たち三人を見る。
「ただ“戦った”のではない。
盾が時間を稼ぎ、
側面を崩し、
致命への踏み込みが成立した。
“計算された戦闘”。
“家族連携”。
“恐怖の中での冷静な判断”。」
義父の表情が、
ほんの少し緩む。
義叔父が頭を掻いた。
「……褒められてるの、慣れねぇな」
男ははっきり言った。
「――あなた方は、
国に“理論”を一つ与えました。」
昨日まで、国は――
“どう守ればいいのか分からない国”。
今日から――
“守り方を理解し、制度を進められる国”。
その差は――
とんでもなく大きい。
資料がめくられる。
昨日まで:
“制度検討中”
今日から:
“制度運用開始”
「これから説明するのは“制度の説明”ではありません」
男は言い切った。
「“制度が発動した結果、あなた方に適用される内容”です。」
◆ ここから内容は“前回と同じ”ではない。
✔ 防衛家族 →
『前線運用家族』へ格上げ
✔ 支給制度 →
「必要だから渡す」ではなく
「あなた方が“戦闘前提”だから渡す」に変更
✔ 財務保障 →
“生活保障”から“長期任務運用保障”へ
✔ 子ども支援 →
法律枠で優先保護対象に正式指定
✔ さらに――
「あなた方の運用マニュアルが、
“全国のモデルケース”として基準になります。」
義父が、
小さく息を吐く。
「……俺たちの昨日が、
“日本の今日”を作ったってことか」
男は、迷わず頷いた。
義叔父は笑いながら涙ぐむ。
「……それ、
ずいぶん重い褒め言葉だな、おい……」
俺は、
胸の奥が熱くなるのを誤魔化せなかった。
昨日――
俺たちはただ必死に守っただけだ。
でもそれが――
国を前に進めた。
男は、最後に一つだけ言った。
「昨日まで、国は――
“あなたたちに任せていた”。
今日から――
“あなたたちに頼ります”。」
そして深く頭を下げた。
義父は静かに頷いた。
「……頼られるなら、
ちゃんと応えるよ」
この家族は――
正式に、
「制度を動かす側」になった。
ただの現場じゃない。
ただの被害防止役でもない。
“国の前線で、国を前に進める家族”。
でも――
家族は家族のままだ。
朝の光は穏やかだった。
昨日より少しだけ――
“責任の色”を帯びていただけで。




