第26話 プレゼンスの影
現場準備中。
ケースの横に置かれた盾を、
俺は何気なく手に取ろうとした。
「よし、俺が――」
ガンッ。
――落ちた。
本当に落ちた。
力が足りないとかじゃない。
“持ち上げようとした腕ごと下へ引かれる”ような感覚。
「……え? ちょっと待って」
もう一度。
持ち上げようとして、“持てない”。
重い。
鉄だから重いんじゃない。
“違う人間が持とうとした瞬間だけ、
質量が増えたみたいな重さ”。
義叔父が冗談半分に笑う。
「おいおい、昨日より筋力落ちたのか?」
俺は真顔で言った。
「……違う。
“拒否されてる”みたいな重さだ」
義父が一歩出る。
「貸してみろ」
義父が盾に手をかけ――
軽く持ち上げる。
“普通の重さ”。
腕にしっくり収まり、
身体の正面で自然に止まる。
何の違和感もない。
――“持つべき人のところへ、
盾が帰った”。
義父は苦笑する。
「……なんか、
“他の奴に渡すな”って言ってる気がするな」
「そうか、お義父さんのだったのか」
盾が義父の腕に吸い付くように馴染み、
俺が「え?」となっている空気の中――
義叔父が、
少し悪戯っぽい顔をした。
「……なぁ。
じゃあ槍も、試してみようぜ」
冗談半分に、
俺の槍を掴む。
――その瞬間。
ズシッ。
義叔父の顔が引きつる。
「ふんがッ……っ?
おい、これ――」
全身で持ち上げようとするが、
まるで床に溶接されたみたいにビクともしない。
義父が横から手を添える。
「貸してみろ」
二人がかり。
腰を落とし、
本気で力を入れて――
それでも動かない。
本当に、
一本の棒とは思えない。
俺が半信半疑で手を置き、
軽く握る。
――スッ。
普通に持ち上がる。
むしろ、
“俺の重さ”みたいに軽い。
呼吸を合わせるように、
手の中で落ち着く。
義父と叔父は固まった。
「……お前、
今の見てて笑っていい時間じゃねぇぞ……」
俺も苦笑する。
「いや、
笑えねぇよ……
“俺が持たないと怒る”って顔してる」
ふざけた言い方なのに、
冗談じゃなかった。
義叔父が、
自分のバールを握り直す。
「じゃあ、これはどうだ」
義父が持ってみる。
――重い。
でも、持てる。
ただの工具の重さじゃない。
“責任の重さ”。
義父が言う。
「……持とうと思えば持てる。
でも一番軽いのは――
お前だな。」
義叔父は静かに頷き、
もう一度自分で握る。
――昨日より、
明らかに“素直に振れる”。
「……覚悟決めた人間の手に行きたいらしいな」
笑い方は軽いのに、
声だけ少し震えていた。
義父が小さく息を吐く。
「盾は俺。
槍はお前。
バールはお前……」
俺たちは
互いの武器を一度だけ見て――
同じ結論に至った。
「――役割が決まったってことか」
もう武器じゃない。
“家族の席順”みたいに、
決められた定位置に座る存在。
それが今日からの、
俺たちの装備だった。
義父が盾を構える。
俺が槍を握る。
義叔父が
バールを肩で回して――
「行くか、“俺たちの道具”で」
三人の歩幅が揃った。
階段を降りる音が、
昨日までより少しだけ誇らしかった。




