表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族でダンジョン管理しています ──日本を守るのは一軒家でした。  作者: 鳥ノ木剛士


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/39

第25話 一家の深夜

 その夜。


 家の中は、

 いつもと同じように静かだった。


 いつもと同じ電気が灯って、

 いつもと同じ廊下を風が通って、

 いつもと同じ布団がそこにある。


 でも――

 今日は「同じ」じゃない。


 


 最初に眠ったのは、子どもたちだった。


 風呂にも入って、

 歯も磨いて、

 いつも通りの寝る前の会話をして。


 上の子が言った。


「――今日は、よかったね」


 意味がわからないけど、

 なぜか伝わる言葉。


「うん」


 とだけ俺は返した。


 弟の小さな寝息。

 兄の穏やかな呼吸。


 それは“守り切れている家族”そのものだった。


 



 布団に入っても――

 俺は目を閉じたまま、

 ただ呼吸を整えていた。


 瞼の裏に残る光景。


 湿った空気。

 あの階段の匂い。

 スライムの音。

 タヌキの重さ。


 そして――魔石の光。


 あれは“ただの石”じゃない。


 “別の世界の、

 別の生き物の、

 ここに来た証拠。”


 胸の奥がじわっと熱くなる。


 怖さじゃない。


 誇りとも違う。


 もっと――

 静かな、

“責任”に似た感覚。


 


 隣で美咲が寝返りを打った。


 小さな声で言う。


「……目、開いてるでしょ」


 俺は笑う。


「うん」


「寝れない?」


「寝れるんだけど、

 寝たくないって感じ」


 美咲は少しだけ笑った気配をした。


「……わかるよ」


 


 彼女も、

 今日、確信したんだと思う。


 “ただのニュースの世界”じゃない。


 “ただの非日常”でもない。


 ――うちの家の、“現実”。


 


「ねぇ」


 美咲が少しだけ声を落とした。


「……今日食べたお肉ね」


「ああ」


「“生きてた”って感じがした」


 俺は静かに頷いた。


「うん」


「向こうの世界と繋がるって、

 怖いけどね。


 ――でも、

 それ以上に、

 “ちゃんと帰ってきたんだ”って思えた」


 


 俺は横を向いて、

 暗闇の中で彼女の方向を見る。


「ただいま」


 小さく言った。


 


 美咲は笑った。


 その笑い声は、

 泣くより優しくて

 泣くより強い音だった。


「おかえり」


 


 ただその言葉だけで、

 心の奥の緊張がすっとほどける。


 帰る場所がある。


 帰りを待つ人がいる。


 それだけで――

 俺たちは、

 もう少しだけ強くなれる。


 



 同じ時間。


 リビングのソファに、

 一人座ったままの義父。


 テレビは消されて、

 窓からわずかに差し込む街灯の光だけ。


 手のひらの感覚が、

 まだ残っている。


 槍を押さえた掌の圧。

 タヌキの体温。

 その奥で微かに感じた――“あちら側の息”。


 義父は静かに呟いた。


「……守れたな」


 誇らしげでもなく。

 舞い上がっているわけでもなく。


 ただ

 “確かめるように”。


 そして――

 ほんの少しだけ笑う。


「まだ、いけるな」


 自分の年齢でもない。

 体力でもない。


 “家族の中心としての自分”。


 その芯が、

 まだ折れていないことを確認する笑み。


 義父は立ち上がり、

 明日の朝のコーヒーの粉を用意し、

 台所の小さな灯りを消して――

 寝室へ戻っていった。


 



 義叔父は、

 自分の部屋の布団の上で大の字になっていた。


 天井を見つめる。


「……はぁ……」


 声にならない声。


 そして笑う。


「マジで、

 とんでもない家族に住んでんな俺……」


 でも。


 羨ましさでもない。

 諦めでもない。


 ただ――


「悪くねぇな」


 そんな顔をしていた。


 



 義母は、

 録画したニュース番組を静かに見ていた。


「全国でダンジョン穴の対策が進む中――」


 コメンテーターが何か言っている。


 でも義母は、

 それを現実として見ていない。


 “自分の家の話”として見ている。


 自分の息子みたいな旦那。

 まだ少年の匂いが残る孫。

 それを必死に守ってる義理の息子。


 そして――

 その全員を食卓で迎えた自分。


 義母はリモコンを置いて、

 そっと目頭を押さえた。


「……良かった」


 それは不安への涙じゃない。


 安心の涙。


 “今日を、無事で終えられたことへの感謝”。


 静かで、

 暖かくて――

 母親として、とても強い涙。


 



 夜は更けていく。


 この家の中には


 眠れない人。

 眠れる人。

 無理に寝ようとしない人。


 それぞれがいる。


 でも――


 みんな同じものを握っていた。


“今日確かに別世界に触れて、

 それでもここに帰ってきた”


 という確信。


 そして――


“きっと明日も、

 また帰ってくる”


 という信頼。


 


 月の光が

 屋根を照らし、


 街の音が遠くなり、


家のすべてが静かになった頃――


この家はようやく、

本当に眠りについた。


 ただの一日じゃない。


 でも――

 確かに、“日常”として終わらせることができた一日。


 


 そして俺は、

 最後に目を閉じる前。


 心の中でただひとつだけ呟いた。


 


「また、帰ってくる」


 


 その約束だけ抱えて――

 眠りへ落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ