第23話 戦いの合間に
夕方の風が少し涼しくなった頃。
台所からは
義母と美咲の声と、
肉の焼ける音と、
湯気に混ざる美味しそうな匂いが漂ってくる。
「塩だけで良さそうね。
脂がしつこくないから」
「うん、
“余計な味が要らない肉”って感じする」
生活の音。
家庭の音。
――だけど、
そのすぐ隣で俺たちは別の作業をしていた。
庭のテーブルに並ぶのは、
包丁でも、皿でもなく
武器。
トルクレンチ。
バール。
俺が作った簡易槍。
そして防具。
義父は
静かにトルクレンチを布で拭いていた。
「……今日は“当たらなかった”。
それでも、
“使わなかった日”ほど
ちゃんと見ないとな」
義叔父がバールを見つめる。
「こいつは投げないし、
折れないし、
噛みつかないけど――」
指で汚れを拭いながら言う。
「“油断した瞬間に信用を裏切る”のは、
武器より“人間側”だからな」
俺は槍の刃を見る。
さっきタヌキを仕留めた先端。
乾燥させながら消毒して、
細かい傷を確認する。
ほんの少し、
刃に光の線が走っていた。
「……滑らかすぎるんだよな、刺さりが」
義叔父が横目で見てくる。
「“存在感”の影響ってやつか」
義父が短く答える。
「何度“命を通したか”。
何に“触れてきたか”。
そういう“重み”が、道具の方向まで決める」
俺は思わず笑う。
「ただの棒とナイフの組み合わせのはずなのに、
“こいつの癖”が分かるってのも不思議だよな」
義父は刃をじっと見つめて言う。
「人間の手入れを受け続けた道具は、
必ず“持ち主の顔”になるんだよ」
義叔父が口を挟む。
「なら俺のバール、
そのうちイケメンになるかな」
義父が即答。
「いや、お前の顔になる」
「やめろ」
二人のやり取りに、
俺は自然と笑った。
その瞬間――
横のノートPCから、
柔らかい声。
「いいですね。
――“戦いを日常に落とす作業”。
その音です」
まだZoomは繋がっていた。
森下博士。
研究所の白い蛍光灯の下、
眼鏡の奥の目が
本当に優しい顔をしていた。
「戦いっぱなしの人間は、
必ず壊れます。
でも、“片付けて手入れする人間”は、
壊れにくいんです」
義父が頷く。
義叔父が笑う。
「博士、
心理カウンセラーみたいなこと言うじゃないか」
博士は、肩をすくめる。
「科学です。
“儀式化された手入れ”は、
人間の精神安定効果が証明されています。」
俺はその言葉を噛みしめた。
実際――
落ち着く。
夕焼けの空。
台所からの音。
家族の声。
その横で、
命を守った道具を
静かに整えていく。
“非日常”が、
ちゃんと“日常側”に帰ってきている実感。
これが、
俺たちの戦い方なんだと思った。
義父が、
新品にはない重みを持った声で言った。
「――頼むぞ」
それは道具に向けた言葉であり、
家族を守る未来に向けた言葉だった。
義叔父も言う。
「壊れてもいい。
でも――
折れるなよ」
俺も、
小さく笑って呟く。
「俺たちの命、
任せてるからな」
風が少し吹く。
刃が一瞬、
夕陽を反射して光った。
まるで、
返事みたいに。
そのとき、
台所から義母の声。
「ご飯できるわよー!」
美咲の明るい声が続く。
「洗って手入れ終わったら来てね!」
義叔父が笑う。
「“戦場から帰った男たち”扱いかよ」
義父が静かに笑いながら答えた。
「――家に帰れた男たち、だよ」
俺は槍をしまいながら、
胸の奥で静かに思う。
戦いが強いんじゃない。
帰ってこれる家があるから、
俺たちは強い。
そして――
その家のために戦うから、
俺たちは折れない。
Zoomの向こうで博士が言う。
「では――
いったん私は離脱します。
“食卓”は、
ここから先は研究の領域じゃなくて――
“家族だけの領域”ですから。」
義父が軽く礼をした。
俺も言う。
「――博士、また」
博士は笑って、
「はい。
“また普通に戻ってきたら”
話しましょう」
通信が切れる。
ノートPCの画面が暗くなる。
夕焼けと、
家族の声と、
整えられた道具たちだけが残った。
俺たちは並んで手を洗い、
作業手袋を外し、
普通の顔に戻る。
戦士ではなく――
“家族のお父さんたち”に。
そして、
食卓へ向かった。




