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家族でダンジョン管理しています ──日本を守るのは一軒家でした。  作者: 鳥ノ木剛士


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第22話 明滅する石

 庭の作業台の横に、

 折りたたみテーブルが1つ置かれていた。


 その上にノートPC。


 画面には、

 白衣姿の森下博士。


 背景は研究施設らしい無機質な壁。

 軽く乱れた髪と、

 寝不足感満点の目。


「――こちら、問題なく映ってます。

 音声も大丈夫です」


 義叔父が笑う。


「博士、“現地常駐かよ”って思ってたけど、

 今日は“リモート臨場”か」


 博士は苦笑する。


「ええ。

 現地に毎回行くと私の身体が先に倒れますからね。

 ただ――“この家族の現場”は最優先案件ですので、

 今日は別の会議全部飛ばしました。」


 木村さんの声が後ろから入る。


『ありがとうございます、本当に……』


 博士は軽く手を振る。


「いえ。

 “今の日本の生き方”がここに集約されているんです。

 見ないわけにはいきません」


 


――――――――――――――


 義叔父がタヌキを見て言った。


「普通の狩猟なら吊すんだよなぁ。

 血抜いて、風通しのいい場所に――」


 博士が即答した。


「今回は――“吊しません”」


 画面の博士の表情は真面目だった。


「“危険だから”というより――

 “外に出してはいけないもの”があるからです。」


 義母が少し息を飲む。


 博士は少しだけ声を落とした。


「血液は、

 未知のウイルス・細菌・寄生虫だけじゃありません。


 『この世界のものではない“何か”』が

 どんな影響を外環境に与えるか――

 まだ“確信”を持てない。」


 義父が頷く。


 義叔父が言う。


「……つまり、

 “野生動物の正解”が、

 “今は正解じゃない”ってことだな」


 博士は画面越しに微笑んだ。


「その通りです。

 ――“放つ文化”から“封じる文化”へ。

 これはもう、時代が変わった証拠です」


 俺はPCに向かって言った。


「だから今回は」


 博士が軽く頷いて、

 俺の言葉を引き取る。


「✔ 冷却

 ✔ 洗浄

 ✔ 飛散防止

 ✔ 血液の外界拡散ゼロ

 ✔ 内臓は破裂させず研究/封鎖

 ✔ 肉は“生活へ渡す”前提で守る」


 博士は嬉しそうに言った。


「――それが、

 “食べるための戦い方”。

 “殺すため”ではない」


 


 義母が画面を見て微笑む。


「博士、

 それ、すごく優しい言い方ね」


 博士は少しだけ笑ってから、


「優しくしないと、

 人間側が負けますから」


 そう言って肩をすくめた。


 


 義叔父がわざと明るい声で言う。


「じゃあ博士、

 “未来の日本料理の監修”よろしく頼むわ」


 博士は普通に真顔で答えた。


「もちろんです。

 本当に“未来の教科書に載る作業”ですからね、これ」


 義父は笑いながらも背筋が伸びる。


 俺は包丁を握り直す。


 ノートPCの、

 画面の中の博士と目が合った。


 博士は軽く頷く。


「――始めましょう」


 


 タヌキの皮へ、

 最初の一刀が入る瞬間。


 画面越しの博士は、

 真剣に見守っていた。


 


“ここにいないのに、

 確かに一緒に作業に立ち会っている存在”。


 それが――

 森下博士の立ち位置だった。


――――――――――――――


 静かな庭に、

 流水の音だけが響いていた。


 冷却、洗浄、

 飛散防止を徹底しながら――

 皮が剥がれ、

 筋肉が露わになる。


 博士はノートPCの向こうで、

 真剣な目で見つめている。


「……いいですね。

 血液の広がりも最低限。

 “落とす”んじゃなくて、

 “閉じ込めながら処理する”。」


 義父が息を吐く。


「言い方がいちいちカッコいいな博士」


 博士は苦笑した。


「現場でやってる皆さんのほうが

 よほどカッコいいですよ」


 義叔父が笑う。


「じゃあ、“世界標準の家庭”目指すか」


 美咲が後ろで無線の確認をしながら、


「いやもう世界標準だよ……」


 と小声で言った。


 義母は静かに頷く。


「でも、“普通にやってる家庭の感じ”は失いたくないわね」


 博士はその言葉に

 少しだけ目を細めた。


「――とても大事な感覚です」


 


 解体は進む。


 体毛の世界から、

 肉の世界へ。


 表面を洗い、

 作業面を確認しながら切り分ける。


 “命を料理の素材に変換していく作業”。


 


 そして――

 胸郭へ。


 骨を切り開き、

 慎重に広げる。


 義父が息を止める。


 義叔父が、少し声を落とす。


「……やっぱり、だな」


 俺も、

 喉が自然に鳴った。


 胸腔の奥。


 心臓の裏側。


 肉と肉の間。


 そこに――光。


 ほんの少しの淡い光。


 宝石でもない。


 臓器でもない。


“存在を主張しないのに、

 消えない存在感”。


 博士が、

 画面の向こうで静かに言った。


「――ありましたね」


 ノートPCのカメラに寄る。


 画面越しでも、

 博士の目が変わったことが分かる。


 科学者としての興奮。


 しかし、

 それ以上に、


“誰かの命に触れているものを

 人間が手に取っていいのか”という畏怖。


 博士が淀みなく指示する。


「呼吸整えてください。

 “見慣れない”は、“油断してない証拠”です。


 そのまま――

 周囲の肉を裂かずに剥離してください。

 “石を取ろうとしない”。

 “肉から離れてもらう”。

 そのイメージです。」


 義父が手を添え、

 義叔父が位置を支え、

 俺が刃を入れる。


 呼吸が合う。


 三人なのに、

 一つの手みたいに。


 少しずつ、

 少しずつ――


 光る塊が、

 肉から分かれていく。


 水滴が落ちる。


 風が止む。


 世界が小さくなった。


 


 最後の繊維が――

“プチ”っと切れた。


 


 手のひらサイズの、

 透明とも不透明とも言えない石。


 内部に、

 微かに揺れる光の粒。


 これは――

“ただの鉱物”ではない。


“ただの宝石”でもない。


“生きていた証”。


そして、

“この世界のものじゃない”証。


 


 博士が、

 静かに口を開いた。


「――それが、

 魔石(仮称) です」


 名前がついた瞬間、

 空気が確定した。


 義叔父が笑うでもなく、

 ただ呟く。


「……本当に、“魔物”だったんだな」


 義母が静かに胸の前で手を組む。


 美咲は、

 その光を見ながら小さく吸い込む。


 義父は目を伏せる。


「奪ったんじゃないよな」


 博士は即答した。


「違います」


 少し強い声で言う。


 


「これは、

 “生体活動の終了と同時に

 結晶化する情報体”です。


 命の核の“残響”。

 “残された、意思でも記憶でもない『結果』”。


 ――だから」


 博士は、

 はっきりと言った。


「奪ったものではなく、

 “受け取ったもの”です。」


 義父が、

 ほんの少しだけ表情を緩めた。


 義叔父が

 静かに頷いた。

 

 俺は石を見つめる。


 冷たくない。


 温かくもない。


 でも――

 確かに“ここにいる”。


 


 博士が、

 落ち着いた声で言う。


「専用容器に入れてください。

 これは武器になります。

 これは道具になります。

 これは研究対象です。


 そして――」


 ほんの少しだけ微笑んだ。


「――何より、“物語の証拠”です。」


 


 透明な容器に、

 光る石が入る。


 コト、と音を立てて。


 世界は静かだった。


 でも――

 未来だけが、

 遠くでざわざわと動き出している気がした。


 


■ 命は終わる

■ でも、意味は終わらない

■ “存在感プレゼンス”は形になって残る

■ それを、人間は拾ってしまった


 


 この時。


 はっきりと理解した。


――もう戻れない。


 


でも。


それでも。


俺たちは、

今日も普通にご飯を食べる。


普通に笑う。


普通に家族で生きる。


 


魔石を横目に、

義母が静かに言った。


「……さて、

 晩ご飯の準備、続けましょうか」


博士が笑った。


「はい。

 それが――

 今いちばん正しくて、

 いちばん強いことです。」

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