第20話 各省庁の動き
会議室の空気は、
普段の市役所のそれより、
ほんの少しだけ重かった。
映像が止まる。
――巨大なタヌキが座り込んだ瞬間。
画面に静止した映像を見つめながら、
木村は息を吐く。
研究員の一人が資料を軽くめくりながら言った。
「……運が良かった、
と、言えますね」
自衛隊派遣経験のある防衛省連絡官が続ける。
「“襲ってこなかった”ことが、
最大の安全要素だった」
映像が少し巻き戻る。
タヌキが
こちらを認識してから座るまで。
ただそれだけのわずかな時間を、
何人もの眼が凝視する。
研究主任が言った。
「まず、“走る速度”」
資料がスクリーンに映る。
■ 通常のタヌキの最高速度
35〜40km/h
■ 体重3倍個体の筋繊維推定
爆発加速力 → “人間の短距離選手並み”
木村が眉をひそめる。
連絡官が現実的な口調で言う。
「走ってくる距離があの近さなら、
回避は不可能です。
“気づいた瞬間には当たっている”レベルです」
次の資料。
■ 体重推定:70〜90kg
■ 突進時の衝撃量
→ 成熟した男性の全力タックル以上
→ “しかも牙と爪付き”
主任が静かに結論づける。
「正面から受け止めていたら、
骨折以上の怪我はほぼ確実。
最悪、死亡要因になり得ます」
会議室が静かになった。
別の研究者が映像を巻き戻し、
再生速度を落とした。
タヌキは襲わない。
ただし――
こちらを“観察”していた。
そして言う。
「“知能”がありますね」
防衛側の男が頷く。
「“攻撃しても勝てない相手”と判断した個体の動きです。
闇雲ではない。
状況を測っていた」
木村は小さく呟く。
「……逆だった可能性もあるわけですね」
主任は頷く。
「はい。
もし彼らが下手に挑発していたら、
“戦闘回”になっていたでしょう。」
映像がもう一度流れる。
――そこで、
息を整えた主人公の声が入る。
「冷静に。
心臓狙う。
“仕事”として処理する」
研究員が言った。
「ここが――
非常に重要な点です」
資料がめくられる。
■ 対大型哺乳類“狩猟経験”
■ “感情で戦わない”癖
■ “手順として処理できる精神構造”
主任は短くまとめた。
「“恐怖で突っ込む人間”ではありませんでした。
“仕事として処理する人間”でした」
防衛省側ははっきり言う。
「素人が興奮して挑んでいたら、
“被害事案”認定でした。」
木村が少しだけ目を伏せる。
静かに続く言葉。
「……だから、
“この家族は残ってほしい”んですね」
研究主任が素直に答えた。
「ええ。
“代わりがいるタイプの家族ではない”
それが、今回の結論です」
映像が、
最後のカットへ。
タヌキを止めたあと、
義父が言った、
「今日は“普通に食べられる異世界”で済んだな」
連絡官が笑うようで、
笑えない声を出した。
「“済んだ”と言っている時点で、
常人ではない落ち着きです」
そして主任が最後に言った。
「――結論。」
空気が締まる。
「もし襲われて真っ向勝負していたら、
“普通の家庭”ではまず勝てない。
彼らだから“日常として成立した”」
木村は、
胸の奥でなにかが静かに重くなるのを感じた。
尊敬。
そして――
ほんの少しの怖さ。
「……だからこそ、守らないといけない」
主任は頷いた。
「はい。
日本が“この家族を手放したら負け”です。」
誰も冗談として笑わなかった。




