第16話 木村、帰り道で思う
木村は、ゆっくりとアクセルを踏む。
夜の道路。
役所の車。
書類の束。
そして、今日も“あの家”から帰る途中。
ため息をひとつ――
しかし、苦くない。
「……あの家、
本当に“現場の希望”なんだよな」
思わず笑う。
⸻
ふと、今日の夕方の光景を思い出す。
義母が笑って料理を運んできて、
妻さんが明るく説明してくれて、
子どもが楽しそうに走ってて――
(……なんだ、あの**“発光家族”**)
木村は本気で思っていた。
「奥さんと義母さん……
めちゃめちゃキラキラしてたよな……?」
職場の蛍光灯より明るい笑顔。
ただ単に家庭が温かいとか、
楽しいとかじゃない。
もっとこう――
“存在が強い”。
「……いや、“気のせい”で済ませたいんだけどな」
苦笑い。
しかし今日、あの家で説明をしていた研究員が
ぽろっと呟いた一言が脳裏をよぎる。
「――“あの家族”、
食べたんですよね、“例の肉”」
「食べたよなぁ……」
そして博士は言ったのだ。
「“たった一度食べただけ”で、
あの変化です」
ハンドルを握る手に力が入る。
「……“存在感”ってやつか」
普通じゃない。
何かを“得てる”。
木村は思う。
(毎日食べたらどうなる――?)
想像するだけで怖い。
でも、同時に――
「とんでもない英雄家族が爆誕する可能性もあるんだよな」
笑いそうになって、
でも笑い切れなくて。
⸻
◆ 国はすでに動き出している
無線が鳴る。
「木村さん、帰路確認しました。
本日分の報告、国に転送しておきます」
「ああ、頼む。
“今日は全員元気。むしろ元気過ぎる”って、ちゃんと書いとけ」
「了解です」
無線が切れる。
(……国も、本気だ)
役所の机仕事じゃない。
“国家案件”。
どこかで巨大な歯車が、
確実に回っている音がする。
⸻
◆ “肉”は、きっと世界を変える
信号が赤になり、車が止まる。
フロントガラス越しに、
夜の街の灯り。
木村は呟いた。
「……あの肉な」
美味しかったらしい。
栄養価も高そうだ。
回復傾向も見える。
そして――
“存在感が上がる”
こんな“効果”を持つ食材なんて、
人類史のどこを探しても無い。
(……国で奪い合いが起きるぞ、これ)
政治。
軍。
経済界。
海外。
黙っていられる世界じゃない。
「偽物も絶対出るな」
ため息。
「“ネットで買えるダンジョン肉”とか……
どうせ出る」
そして――
もう出ていた。
⸻
◆ 都市伝説は、もう始まっている
信号が青に変わる。
車を走らせながら、
スマホホルダーに流していたニュースが切り替わる。
『ネット掲示板・都市伝説系サイトで、
“ダンジョン肉”というワードが急上昇しています――』
「ほら来た」
『“食べると人生が好転する”
“成功者はみんな食べている”
“一家で食べると家運が上がる”
など――
どこかで聞いたことのある
“奇跡の食材”系の噂が広がっています』
木村は額を押さえた。
「……やめてくれよ……
もう“宗教の香り”してるじゃないか」
まだ正式発表はされていない。
でも人は勝手に妄想し、
デマは勝手に走り出す。
そして――
一番怖いのは。
『※一部で“本物を買えるルートがある”という書き込みも――』
木村は声を荒げた。
「ねえよ!!」
深呼吸。
「……ねぇ、よな?」
国の担当の顔が浮かぶ。
(――いや、“ゼロ”じゃないな)
この世界はもう、変わり始めている。
⸻
◆ あの家は、中心にいる
木村は前を見た。
静かな住宅街。
何気ない信号。
普通の生活。
でも――
その真ん中に、
“穴を抱えてる家族”
がいる。
そして、
その家族はただの被害者じゃなく――
“世界を少し動かす側”
になり始めている。
木村は、
小さく笑った。
「……頼むから、元気でいてくれよ」
そして、
心の中で付け足す。
(――辞めるなんて言わないでくれ)
もう国は、
あの家族を“外せない前提”で動き始めている。
⸻
◆ そして――
車は市役所へと向かう。
夜の信号。
街灯。
普通の世界。
しかし――
ラジオに突然入った速報。
『海外で“肉を巡る騒ぎ”が――』
木村はハンドルを握り直した。
「……
始まった、かもしれないな」
静かに呟いて、
アクセルを踏んだ。




