第14話 厚遇と、その裏側
正式契約まで、あと一日。
今日は――
“制度の現実的な話”の日らしい。
再び家の居間で、
木村さんと研究班、そして国の担当が資料を広げた。
義母が小声で言う。
「もううち、会議室よね完全に……」
でも、笑っていた。
⸻
◆ 職場への連絡
「まず、生活面からです」
国の担当者が言う。
「代表者の職場には、
すでに国から正式連絡が入っています。」
俺は思わず背筋が伸びた。
「……勝手に連絡して、
大丈夫なんですか?」
木村さんが、落ち着いた声で答える。
「“災害・安全保障優先枠”として扱われます。
あなたは国家的に“必要労働力”に分類されました。
不利益が出ないよう、
給与や待遇は国が保証します」
会社……
どういう顔するんだろう。
「“欠勤”ではなく、“任務扱い”です。
プラスで、守秘義務ですね」
と担当者は付け加えた。
義母がぽかんと口を開く。
「……そんな扱い、
自衛隊でもそうそう無いわよね」
木村さんは苦笑した。
「だからこそ“異常”なんです」
⸻
◆ 子どもの生活の保証
次の書類。
「お子さんについて」
美咲が少し緊張した表情で身を乗り出す。
「保育施設、学校などは――
これまで通り通ってください。
ただし――」
担当者は続けた。
「完全無償化・優先利用枠に切り替えます」
義母が息を呑む。
「無償……?」
「はい。
“前線家族”として、
お子さんの生活に負担が出るのは、
国として避けたいのです。」
美咲の肩が、少しだけ軽くなった。
⸻
◆ 2親等まで“支援対象”
そして、また新しい資料。
「さらに――
この家族を支える“家族”も、
国の支援対象になります。」
義父が眉を上げる。
「……どういう意味だ?」
「例えば、
義父様や義母様が、
家計の管理、役所連携、
生活安定のフォローを行った場合――」
言った。
「報酬が出ます。」
沈黙。
次の瞬間――
義叔父が素直に叫んだ。
「国が家族経営の会社みたいになってきてるぞこれ!!」
木村さんは、
それを否定しなかった。
「“本当に必要な家族”には、
やめられては困るんです。」
さらっと言うには重すぎる理由。
義母は、
少し震えながら笑った。
「……なんか、
“仕事”って言われるよりずっと嬉しいわね。
“家族を守るのがお仕事です”って……」
美咲も笑う。
「家族丸ごと“チーム”にされた感じだね」
⸻
◆ 刃物の許可と、現実
担当者の声のトーンが、少しだけ現実に戻る。
「ただし。」
空気が締まる。
「危険であることに、
変わりはありません。」
義父が頷く。
「分かってる」
担当者は続けた。
「刃物・工具・防具については、
“特別所持・持ち運び許可”が出ます。」
義叔父は思わず笑う。
「堂々とバール持って歩いていいのか?」
「――いやっ」
木村さんが苦い顔をする。
「堂々とはやめてくださいね……」
そして――
「周辺地域は、
警察のパトロールが増えます」
義母が驚く。
「そんなに!?」
「はい。
“あなた方の家の存在そのもの”が、
日本の安全保障に関係しているためです。」
そして、
担当が真顔でこう言った。
「例えば、車の運転などには、
本当に気をつけてください」
義父が目を見開く。
「…………そこまで?」
「ええ、“そこまで”です。ちょっとした違反もこの家族の信用問題になってきますので」
笑えない。
でも――
守られている安心感は、確かにあった。
⸻
◆ 解体施設の話
次の書類を出される。
「ご希望があれば――
敷地内に、
簡易解体処理施設を組み立てます。」
俺は思わず顔を上げた。
「……そんなものまで?」
「研究と安全のためでもありますし、
あなたに“適切な場所”で作業してもらうほうが、
非常に助かるのです」
義父が小さく笑う。
「本当に、
“この家を戦力として扱ってる”んだな」
森下博士が静かに言う。
「戦力であり――
“生きて帰ってほしいチーム”です。」
⸻
◆ 子どもの言葉
説明が続く。
契約の書式。
緊急時の逃走ルート。
通信端末の支給予定。
生活補償と税制。
“至れり尽くせり”。
逆に――
不安になるくらい。
(……そこまでして、
俺たちに“潜ってほしい”のか)
そんな空気の中。
蓮が、
すっと木村さんの前へ来た。
にこにこ。
「きむら」
木村さんが笑う。
「どうした?」
蓮は、満面の笑みで言った。
「いつもありがとう!」
木村さんは笑った。
「なんだい突然」
「きむら、
かっこいいお仕事してるね!」
義父が笑い、
義叔父が吹き、
義母が「かわいい~」と言い――
木村さんは照れながら笑った。
「ありがとう。
おじさん、これからも頑張るよ」
その瞬間だけ。
森下博士が――
“意味を知っている人間の顔”をした。
一瞬、息を止める。
(……ん?)
博士は少しだけ木村さんを見る。
そして――
何も言わなかった。
ただ、心の中で呟く。
(――“未来視”か?
いや、まだ確証はない……
だが、このタイミングでこれを言うか普通)
彼は記録に、
小さな一行だけ増やした。
【注記】
家族全体の“存在感”上昇傾向あり。
児童の発言に、未来指標の可能性。
木村さんは、
その未来をまだ知らない。
十数年後――
“総理大臣 木村”と呼ばれる日が来ることを。
今はただ。
「ありがとう。
本当に、ありがとう」
と言って、
この家族に頭を下げていた。
⸻
“至れり尽くせり”の制度。
それは確かに安心で、
ありがたくて――
同時に、
“引き返せない側”に選ばれた証でもあった。
それでも。
俺たちは、
ここで生きる。
家族で守ると決めた場所で。




