第13話 “管理者”になる前日
数日後。
家の前に、市役所の車が三台、
国の機関の車が一台。
義母は玄関を開けながら、
深くため息をつく。
「ほんとに……
大ごとになってきたわね」
でも、声は震えていなかった。
木村さんを先頭に、
役所関係者と研究員たちがきちんと並んで頭を下げる。
「本日は――
正式契約の前段階手続きについて、ご説明に参りました」
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◆制度は“ここ”まで来た
居間が臨時の会議室になる。
テーブルの上には資料。
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【国 主導 / 市 管理】
地域ダンジョン自主防衛協力制度(仮称)
目的:
・穴の安定管理
・外部への漏出防止
・住民生活の維持
・国の安全保障データの取得
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木村さんが説明する。
「――現在、日本中で“穴”が増えています」
俺たちは頷いた。
ニュースでは毎日見るが、
現場の声は重い。
「管理できる家と、
管理できない家があります」
そして、こちらを見る。
「その中で、
“あなた方の土地は、非常に安定している”と判断されています」
義母が、小さく息を吸う。
木村さんは続けた。
「もちろん――
国が“強制買い上げ”することも可能です」
義父は静かに聞く。
「ですが――
“自分たちで守る”という選択肢がある地域には、
“守る権利と、報酬”をお渡しします」
俺は、思わず聞いた。
「報酬……?」
森下博士が書類を指す。
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■ 協力家族の権利
✔ 管理報酬(制度固定+成果報酬)
✔ 安全装備の無償提供
✔ 医療最優先枠
✔ 緊急時の家族避難保証
✔ 国による保護対象指定
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義叔父が目を丸くする。
「めっちゃちゃんとしてる……!」
義母は思わず笑った。
「ここまで来たら、逆に安心だわね……!」
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◆“代表”が必要だ
木村さんがもう一つの書類を広げる。
「そして、もう一つ」
空気が少しだけ変わる。
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■ 条件
・“管理代表者”をひとり選ぶ
・“パーティーメンバー”として名簿登録
・全員が“責任者の意思のもとで動く”こと
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義叔父が指を鳴らす。
「あー……ゲーム感あるな」
森下博士は笑う。
「ゲーム風に言えばそうですが、
実際の意味は――」
博士は俺たちを見た。
「“存在感”を、
ひとつの方向へ揃えるためです」
義父が小さく頷く。
「役割を決める、という行為が重要なのです」
「なるほどな」
博士は続けた。
「ばらばらの意思で潜るより、
“ひとりの判断軸を中心に動く”ほうが――
生存率が上がる」
そして静かに言う。
「これは制度ではなく、
“統計と現場の実感”です」
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◆ 家族の視線が、一斉に向く
俺へ。
義父は、
嬉しそうでもあり、
少し寂しそうでもあり――
でも誇らしそうだった。
義母は優しく笑う。
「うちのリーダーは――
もう決まってるわね」
美咲が言う。
「あなたが、
“帰ってくるリーダー”でしょ」
義叔父も笑う。
「俺らは盾と援護だ。
お前が前だ」
俺は――
息を吸った。
責任は重い。
でも――
ここで逃げたら、
この家の“芯”が折れる。
俺は言った。
「やります」
静かに、はっきり。
「俺が代表者になります」
木村さんは深く頭を下げた。
「――ありがとうございます」
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◆ 契約の紙に印を押す“前”
義父が手を上げる。
「一点だけ、言わせていいか?」
「どうぞ」
「これは“戦争”か?」
部屋の空気が固まる。
博士は、
嘘をつかなかった。
「――“戦い”であることは、否定できません」
その上で。
「ですが――
“この家族が生き続けるための活動”です。
それ以上の意味も、以下の意味もありません」
義父は笑った。
「ならいい」
義母も笑う。
「なら、やりましょう」
美咲は俺の手を握った。
「なら、私は応援する役」
義叔父はバールを肩へ。
「俺は盾役」
博士が軽く頭を下げる。
「そして――
国は“支える側”です」
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◆ 契約の紙が置かれる。
ボールペンが手渡される。
この紙にサインすれば、
俺たちの家は、
ただ“穴のある家”ではなく――
“正式なダンジョン管理家庭”になる。
子どもたちの笑い声が、奥の部屋から微かに聞こえる。
俺は、
ほんの一瞬だけ空を見た。
そして――
ペンを走らせた。
まだ正式契約は明日。
今日は“前段階の意思確認”。
でも、もう――
腹は決まっている。
家族で、
この穴を乗り越える。
それが――
俺たちの選んだ未来だ。




