第12話 家族会議と、ほんとうの気持ち
夜。
夕飯を終え、
食卓が片付けられ、
子どもたちは寝室へ。
家の中が、久しぶりに静かになった。
義父がテレビを消す。
義母が湯飲みにお茶を注ぐ。
そして――自然と、丸く囲むように座った。
「……話しましょうか」
最初に口を開いたのは義母だった。
珍しく、
怯えた色ではなく――
どこか腹を決めた目で。
⸻
◆義母の本音
義母は湯飲みを眺めながら言う。
「私はね、最初……
“なんでうちなのよ”って思ってたわよ」
正直だった。
「危ないし、怖いし、
普通の毎日が壊れるかもしれないし……」
義父が横目で見て、
少し困った顔をしたが――
義母は続けた。
「でもね、
今日、研究の人が来てくれて……
“あなた達は守られる対象です”って言ったでしょ?」
静かに、息を吸って。
「それだけで、ね。
“ああ、見捨てられてるわけじゃないんだ”って思えたの」
義母の声は、
震えていない。
「それに……
あなたたち、私の家族は――
“守るために動ける人”だった」
ゆっくり笑った。
「怖いけど……
誇らしいのよ」
義父が少しだけ照れくさそうに顔を逸らす。
義母は、
優しい顔で締めた。
「だったら私は、
後ろで震えて足引っ張る役じゃなくて、
“帰ってくる場所を保つ役”をやるわ」
湯飲みを置き、
胸を張る。
「帰る家はここよ。
ちゃんと帰ってくるのよ」
その言葉に――
胸が温かく締めつけられる。
⸻
◆妻の本音
次に、美咲が口を開いた。
「私も、一個だけ言わせて」
彼女は落ち着いていた。
強がりでもなく、
我慢でもなく――
静かな強さ。
「……怖いよ。
普通に考えたら、めちゃくちゃ怖い」
笑って言う。
「旦那が“穴”に潜って戦って、
帰ってこなくなったら――
マンガみたいな未亡人になっちゃうわけだし」
義叔父が苦笑いする。
「洒落にならんやつな」
美咲はそれでも笑った。
「でも、
今日のあなた見て、思った」
俺を見る。
まっすぐ。
「“あ、この人、ちゃんと戻ってくる人だ”って」
不思議な言葉だった。
「無茶する感じじゃないし、
怖いってちゃんと言えるし、
経験もあるし……
なにより、帰ってこようとしてる人だった」
「だからね」
美咲は胸元を押さえる。
「私は“止める人”じゃなくて、
“信じて送り出す人”になる」
そして最後、小さく笑った。
「条件として。
必ず帰ること。
死なないこと。
それだけ守ってくれれば――
私は世界一、あんたの味方でいるから」
泣かせにくるのは反則だ。
義母がハンカチをそっと差し出してきた。
⸻
◆義叔父の本音
そして――
義叔父が、
少しだけ茶化すように、しかし真剣に言う。
「俺はな」
バールを見ながら言葉を選ぶ。
「若ぇ頃みたいに、
“夢見て突っ走る”歳じゃないんだわ」
静かに続く。
「でもな――
“何もできないまま逃げる歳”でもないんだよ」
義父が頷く。
義叔父は笑った。
「俺の人生、そこそこ回り道したし、
無駄な買い物も多いし、
楽天ポイントばっか貯めて生きてきたけどな」
みんなが少し笑う。
「ここにきてようやく――
“必要とされてる場所”が出てきた気がすんだ」
手のひらでテーブルをトン、と軽く叩く。
「命賭けてヒーローやるつもりはねぇけどよ。
“家族の盾”ぐらいにはなってぇじゃねぇか」
照れ隠しの顔。
「だから俺は、行くぞ。
泣きながらでもビビりながらでも、ちゃんと前出る」
そして――
「だってよ」
少しだけつまった声で。
「ここ、俺の大事な“帰ってくる場所”だからな」
義母が涙腺を刺激されかける。
そんな雰囲気になりかけたところで――
義叔父、わざとらしく咳払い。
「……ただし保険はどうにかしてくれ」
場が爆笑に変わった。
空気が、
柔らかくなる。
ああ。
この家は――
強い。
きっと、
この家族は倒れない。
⸻
◆最後に
義父がまとめるように言った。
「――決めたぞ」
みんなを見る。
「私たちは、
“穴に巻き込まれた家族”じゃない」
静かに、力を込める。
「“穴を、家族で乗り越える家”だ」
そして笑った。
「それでいいな?」
全員がうなずく。
声に出さなくても、
はっきりとした“同意”だった。
⸻
テレビから、また穴のニュースが流れる。
でも――
さっきまでより少しだけ、
怖くなかった。
家族は一枚。
まだ世界は怖い。
でも――
帰る場所がある。
それだけで、人は少し強くなれる。




