第11話 存在感(プレゼンス)の議事録
同じ頃――
市役所の会議室。
白いテーブル、疲れた顔、
紙とタブレットと、冷めたコーヒー。
その中でもひときわ落ち着いた声が響く。
「――“存在感”という言葉を、
仮称として資料に統一したいと思います」
研究協力機関・分析班主任、
森下博士。
背広なのに、研究室の匂いがする人間。
木村は眉をひそめた。
「正式用語に、ですか?」
「いえ、あくまで“現場用語としての統一”です。
ただ、この概念なしでは現場判断がもう追いつかない」
プロジェクターに映される資料。
【存在感(Presence)】
“その人間(または物体)が、
現実世界で成し遂げた結果・履歴・重ねた真実”
それが、“向こう側”へ作用している可能性。
静まり返る室内。
「オカルトに聞こえるのは承知しています」
森下博士は、
むしろ笑っていた。
「しかし、我々の立場は“科学者”です。
“今ある現象を説明できる仮説”を、
いったん採用する勇気が必要です。
間違っていたら、捨てればいい」
スライドが変わる。
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■ Case-01:某地域 個人男性
・一般人
・経験:複数頭の狩猟解体
・“普通のナイフ”で、
通常では致命傷にならないはずの獣型個体「仮称:オーク」を一撃で止める
→ 刃そのものより、
「過去に命を奪ってきた“結果”を刻んだ刃」だった点が重要
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木村が手を挙げる。
「つまり――
道具が“経験値を持ってる”ってことですか?」
「はい。
ただの比喩ではなく、
実質として、そうなっている可能性があります」
森下博士は続ける。
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■ 既存報告との整合性
・戦闘経験者の打撃は効きやすい
・職人の工具は通りやすい
・“誰かを守ろうとして壊れた道具”が異様に強度を発揮
・“ただ新品の高級品”は通らない例あり
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役人たちがざわめく。
「……それは、精神論ではなく?」
「精神論“だけ”なら片付けていますよ、我々も」
博士は眼鏡を指で押し上げる。
「しかし――
火器が通らない個体に、祖父の遺品の斧が通った報告があるんです」
室内の空気が止まった。
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■ 仮説
存在感とは、
“強さ”でも
“精神力”でもない。
“現実に刻まれた証明の重み”
・命を奪った道具
・人を守り抜いた道具
・長年同じ目的で使われ続けた道具
・誰かの“覚悟”や“責任”を背負い続けた人間
その「実績」こそが――
“あの世界”に対して、
作用する権利を発生させている可能性。
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市職員の一人が呟いた。
「……なら、
一番危険なのは、
本当に“普通の人”なんじゃないか」
博士は小さく頷く。
「もっとも無力なのではなく――
最も、“選ばれていない”という意味で危険です。」
木村が、低く問う。
「では――
“あの家族”は?」
博士は、迷いなく答えた。
「現状、
極めて“前線適正”が高いと判断しています」
木村は、しばらく黙って、
深く息を吐いた。
「……それは“ありがたい”と同時に、
“嫌な話”ですね」
博士は、
申し訳なさそうに微笑む。
「ええ。
だから、私たちは“守る義務がある側”です」
静かに言葉を続ける。
「力を借りるなら、
“消耗品”としてではなく。
“資源”でもなく。
“国が守る対象”として扱わねばならない。」
誰も、すぐに返事はしなかった。
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会議が終わりかけたとき。
別の研究員が、控えめに手を挙げる。
「博士、ひとつだけ」
「どうぞ」
「存在感……
それは、人間だけの話でしょうか?」
森下博士は、言葉を飲み込んだ。
「“道具だけ”の話でしょうか?」
さらに続いた。
「――土地や家族にも、
“存在感”が宿るとしたら?」
室内が、静かになった。
木村が静かに呟く。
「……“家族で守る”という制度が、
妙に機能してしまうわけだ」
森下博士は、
しばらく黙り――
笑った。
「そこまで考えて制度作ってたら、
国は天才ですね」
そして真面目な顔に戻る。
「……ただ、あり得る話です」
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◆ 議事録・最終行
――結論
“存在感”は、
当面現場判断上の重要指標として扱う。
“ただの人間”ではない人間が増える世界に入った。
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彼らはまだ知らない。
その呼び名が、
やがて日本中で語られる“基準”になることを。
そして、
“あの家族”が――
その象徴になる未来を。




