第10話 価値と理由
午後。
市役所と県の担当者、それから国から派遣された研究協力機関の職員までが集まり、
うちの庭が軽い合同ブリーフィング会場になっていた。
ブルーシートの上には、
バケツに入れられた“スライムの核”と、
ちりとりで救い上げて袋詰めにしたスライムの体液。
横には保冷コンテナに入れられたイノシシの内臓、
そして――光る石。
担当者たちは慣れた手つきで
しかしどこか慎重すぎるほど慎重にサンプルを扱っていた。
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◆スライム回収
「……本当に“ちりとり”で?」
若い研究員が、素で確認してくる。
「ええ。
床や土に残すのも嫌だったので、
手頃で、集めやすくて、洗えるものが……それでした」
横で義叔父が胸を張る。
「文明の味方、ちりとりだ」
研究員がメモする。
「“一般家庭におけるスライム処置における有効ツール:ちりとり”……」
「公式書類に書くのやめてあげて」
木村さんが苦笑した。
「でも助かります。
核も液も、鮮度がいい」
回収は順調だった。
ただ、彼らの本命は――次だった。
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◆イノシシ(仮称:獣型異生命)の査定
研究員が慎重に蓋を開ける。
青い石が、静かに光る。
息を呑む音がいくつか重なった。
「……こんなに大きいものは、初めてです」
別の研究員が言う。
「内部に発光コアが確認された個体はあります。
しかし――
このサイズは前例がない。
ここまで“はっきりした石状”で取り出せた例も、ない」
義父が低く驚く。
「そんなにレアなのか」
「正直に申し上げれば――
かなりの研究価値があります。
現状、国の基準価格でも高額ですが、
それ以上の提示が想定されるレベルです」
義叔父、固まる。
義母、目を丸くする。
美咲は、
それでも笑わない。
ただ黙って見ている。
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◆“武器が通らないはずの相手”
研究員がこちらを見る。
先ほどまで柔らかい態度だったが、
急に空気が変わった。
「少しだけ、シリアスな話をしてもよろしいですか」
義父が頷く。
研究員は資料を開く。
「各地の“動物型個体”――
すべてではありませんが、多くは刃が通りにくい報告が上がっています」
「鈍器も?」
「はい。
衝撃は有効とされますが、致命傷になりにくい」
「自衛隊の対応は?」
「――火器も、簡単ではないと言われています」
その言葉に、
空気がわずかに凍る。
義叔父が、笑いを少しだけ混ぜた声で言う。
「いやいや……
戦車の国が苦労してんのに、一般家庭の俺らが止められたの、
逆にヤバくないか?」
そして研究員は、こちらを見る。
まっすぐに。
「だから聞きます。
なぜ、致命傷を与えられたと思いますか?」
俺たちは顔を見合わせた。
義父が静かに答える。
「……正直に言っていいか?」
「もちろん」
「分からん」
研究員は頷き、
次に俺を見る。
「では――
そのナイフ。
何か“特別”なのでしょうか?」
俺は、
ほんの一瞬迷って。
正直に言った。
「特別な素材、特別なブランド、
そういう意味では“普通の解体用ナイフ”です」
研究員の視線が少し細くなる。
「ただ――」
ゆっくり言葉を選ぶ。
「“何頭かの命を、これで確かに終わらせたことがある”
という点だけは、
違うかもしれません」
その瞬間。
研究員の表情が、ぴくりと動いた。
空気が――
一段階、重くなる。
そして。
「……そういうこと、でしたか」
静かに呟いた。
誰も、すぐには言葉を続けられなかった。
木村さんが、恐る恐る聞く。
「どういう、ことなんです?」
研究員は、言葉を慎重に選びながら続けた。
「現在私たちは仮説段階ですが――
“ある道具”や“ある人間”の持つ、
“履歴”や“重ねてきた現実”が、
こちら側の“存在”に影響を与える可能性があると考えています」
義叔父が眉を上げる。
「履歴?」
「はい」
研究員は俺のナイフを見る。
「“命を奪った経験のある刃”は、
“命を奪うという存在感”を帯びている――
そう考えたほうが、説明がつく現象が出ているのです」
義父が呟く。
「存在……感……」
研究員は苦笑する。
「学問的には正式な言葉ではありません。
ですが、“説明のための単語”として、
現場ではすでに使われ始めています」
そして俺を見る。
「あなたのそのナイフは――
“ただ鋭い”のではなく、
“現実に命を終わらせてきた刃”だった」
ゆっくり、はっきり。
「だから――
通ったのです。」
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
義母が、胸元を強く掴む。
美咲は俺を見て、
少しだけ、誇らしそうで、
それでいて少し泣きそうな目をしていた。
義叔父が、
静かに笑った。
「つまり――
俺たちはただのパンピーじゃなくなってきてるってことか」
研究員は言う。
「いい意味でも、
悪い意味でも――
“選ばれやすい側”かもしれません」
そして最後に。
「だから、
もしあなたが今後も戦うなら――」
真剣な目で告げた。
「ご自身の“存在感”を、
軽く見ないでください」
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世界は変わり始めた。
でも――
俺たち自身も、
きっと少しずつ変わっている。
それを、
“誇り”と言っていいのか、
“恐怖”と言うべきなのか――
まだ分からないままでいた。




