表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族でダンジョン管理しています ──日本を守るのは一軒家でした。  作者: 鳥ノ木剛士


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/39

第10話 価値と理由

午後。


市役所と県の担当者、それから国から派遣された研究協力機関の職員までが集まり、

うちの庭が軽い合同ブリーフィング会場になっていた。


ブルーシートの上には、

バケツに入れられた“スライムの核”と、

ちりとりで救い上げて袋詰めにしたスライムの体液。


横には保冷コンテナに入れられたイノシシの内臓、


そして――光る石。


担当者たちは慣れた手つきで

しかしどこか慎重すぎるほど慎重にサンプルを扱っていた。



◆スライム回収


「……本当に“ちりとり”で?」


若い研究員が、素で確認してくる。


「ええ。

 床や土に残すのも嫌だったので、

 手頃で、集めやすくて、洗えるものが……それでした」


横で義叔父が胸を張る。


「文明の味方、ちりとりだ」


研究員がメモする。


「“一般家庭におけるスライム処置における有効ツール:ちりとり”……」


「公式書類に書くのやめてあげて」


木村さんが苦笑した。


「でも助かります。

 核も液も、鮮度がいい」


回収は順調だった。


ただ、彼らの本命は――次だった。



◆イノシシ(仮称:獣型異生命)の査定


研究員が慎重に蓋を開ける。


青い石が、静かに光る。


息を呑む音がいくつか重なった。


「……こんなに大きいものは、初めてです」


別の研究員が言う。


「内部に発光コアが確認された個体はあります。

 しかし――

 このサイズは前例がない。

 ここまで“はっきりした石状”で取り出せた例も、ない」


義父が低く驚く。


「そんなにレアなのか」


「正直に申し上げれば――


かなりの研究価値があります。


現状、国の基準価格でも高額ですが、

それ以上の提示が想定されるレベルです」


義叔父、固まる。


義母、目を丸くする。


美咲は、

それでも笑わない。


ただ黙って見ている。



◆“武器が通らないはずの相手”


研究員がこちらを見る。


先ほどまで柔らかい態度だったが、

急に空気が変わった。


「少しだけ、シリアスな話をしてもよろしいですか」


義父が頷く。


研究員は資料を開く。


「各地の“動物型個体”――

 すべてではありませんが、多くは刃が通りにくい報告が上がっています」


「鈍器も?」


「はい。

 衝撃は有効とされますが、致命傷になりにくい」


「自衛隊の対応は?」


「――火器も、簡単ではないと言われています」


その言葉に、

空気がわずかに凍る。


義叔父が、笑いを少しだけ混ぜた声で言う。


「いやいや……

 戦車の国が苦労してんのに、一般家庭の俺らが止められたの、

 逆にヤバくないか?」


そして研究員は、こちらを見る。


まっすぐに。


「だから聞きます。


なぜ、致命傷を与えられたと思いますか?」


俺たちは顔を見合わせた。


義父が静かに答える。


「……正直に言っていいか?」


「もちろん」


「分からん」


研究員は頷き、

次に俺を見る。


「では――

 そのナイフ。

 何か“特別”なのでしょうか?」


俺は、

ほんの一瞬迷って。


正直に言った。


「特別な素材、特別なブランド、

 そういう意味では“普通の解体用ナイフ”です」


研究員の視線が少し細くなる。


「ただ――」


ゆっくり言葉を選ぶ。


「“何頭かの命を、これで確かに終わらせたことがある”

 という点だけは、

 違うかもしれません」


その瞬間。


研究員の表情が、ぴくりと動いた。


空気が――

一段階、重くなる。


そして。


「……そういうこと、でしたか」


静かに呟いた。


誰も、すぐには言葉を続けられなかった。


木村さんが、恐る恐る聞く。


「どういう、ことなんです?」


研究員は、言葉を慎重に選びながら続けた。


「現在私たちは仮説段階ですが――

 “ある道具”や“ある人間”の持つ、

 “履歴”や“重ねてきた現実”が、

 こちら側の“存在”に影響を与える可能性があると考えています」


義叔父が眉を上げる。


「履歴?」


「はい」


研究員は俺のナイフを見る。


「“命を奪った経験のある刃”は、

 “命を奪うという存在感”を帯びている――

 そう考えたほうが、説明がつく現象が出ているのです」


義父が呟く。


「存在……感……」


研究員は苦笑する。


「学問的には正式な言葉ではありません。

 ですが、“説明のための単語”として、

 現場ではすでに使われ始めています」


そして俺を見る。


「あなたのそのナイフは――

 “ただ鋭い”のではなく、

 “現実に命を終わらせてきた刃”だった」


ゆっくり、はっきり。


「だから――

 通ったのです。」


誰も、すぐには言葉を発せなかった。


義母が、胸元を強く掴む。


美咲は俺を見て、

少しだけ、誇らしそうで、

それでいて少し泣きそうな目をしていた。


義叔父が、

静かに笑った。


「つまり――

 俺たちはただのパンピーじゃなくなってきてるってことか」


研究員は言う。


「いい意味でも、

 悪い意味でも――

 “選ばれやすい側”かもしれません」


そして最後に。


「だから、

 もしあなたが今後も戦うなら――」


真剣な目で告げた。


「ご自身の“存在感”を、

 軽く見ないでください」



世界は変わり始めた。


でも――

俺たち自身も、

きっと少しずつ変わっている。


それを、

“誇り”と言っていいのか、

“恐怖”と言うべきなのか――


まだ分からないままでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ