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21/双色の螺旋

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「随分と好き勝手にしてくれたわね、シリア=ロッドレイル」

 聞き慣れた声が最期の時を引き延ばす。降り注ぐ光は変わらず、けれど針を模した閃光がこの身に落下してくることはなかった。全ては声により、停止する。まるで支配者が変わったように、肌で感じる世界の色が変化していた。

 声の方向に顔を向ける。眩し過ぎる光が網膜を焼き、頭痛が視界を霞ませながら皹を入れる。その視界の中に見た。白い、少女の姿を確かにこの目に認める。純白の混沌。少女はあらゆる色を内包しておきながらも黒く濁らず、何もかもを許容する白を肯定していた。

 舞台の縁で脚を組んで。

 矮躯に似合わない存在感を振り撒く。

 双色の瞳を絢爛と煌めかせ――棺継来旋がそこにいた。

「この場所は、そこの二人が介入した時点で式を閉じて封鎖したはずだが」

「あら、そうだったんだ。気付かなかったな、ごめんね」

 あっけらかんとして来旋は悪戯な笑みを浮かべる。

 童顔が笑い、魔術師は怪訝を怒りに変えつつあった。

「……貴様」

「簡単なことよ。閉じていたなら開いて貰っただけ。気付いてない訳じゃないでしょ? ――この結界はとっくに、わたしのものよ」

 天を仰ぐように両手を広げて、

「だからね、こんなこともできるのだー」

 悪戯な笑顔が、邪悪な微笑に変わる。開いた腕を畳んで、右目が爛と輝く次の瞬間。

 中空を浮遊して停滞していた光の針が矛先を――術者であるロッドレイルに変更した。

 今度の驚愕こそが全てに共有される。丁度さっき弓坂の魔術を使役したロッドレイルのお株を奪うように、突如現れた来旋が光の針を指揮する。すらりと伸ばした腕の先、指で拳銃の形を作った来旋が無邪気な声で言った。

「ばぁん」

 何の殺意も敵意もなく、真っ白な感情と無垢な笑顔が死の宣告を下す。光度が爆発的に増して世界を駆け抜けた。光速の針が躊躇も容赦もなしに己が術式の生成者に降り掛かる。

 光の集合により爆心地は極度の明度が集中して白く滲む。一点に集められた光がまた虚空に散らばり、世界が元の明るさを取り戻す。復活した視界の中に呆然と立ち尽くす黒い外套の姿。彼を中心にして、半径一メートルほどの円形に周囲が窪んでいた。

「……貴様、何者だ」

 鼻を鳴らす。嘲笑気味だった表情が一変、不機嫌な色に変わる。舞台を飛び降りて悠然と歩く姿をこの場にいる全員が遠望するしかなかった。

「何者かって? この目を見れば解るでしょ、そんなことは」

 来旋が歩みを止める。

 自分よりも二回り身長のある魔術師に対して引きを取らず、自らの名を象徴する瞳で見上げた。

 魔術師の表情が歪む。悪夢を直視して否定するように、頭を振ることさえ事実の前には許されない。彼の言葉は、目の前に在る絶望の名を溢すように呟いた。

「『双色の螺旋』……協会の序列三位が、こんなところに何の用だというのだ」

 自己を認識されたことに満足したのか、来旋の機嫌がからりと戻る。一方、その肯定を目の当たりにした魔術師は二人――伏した弓坂までも目の色を変える。もっとも、弓坂とロッドレイルの抱く感情が双方異なることは、表情を見れば明らかだったが。

「……棺継、来旋。創征の破綻者が、何の用よ」

「あれ? 貴女まだ生きてたんだ。ふうん、そっか――興味なかったから、死んだと思ってたよ」

 満身創痍の状態では冗談にもならないことを、白い少女は平気で口にする。

 来旋は続いて俺へと視線を落とす。その時の俺はどんな風に来旋に映ったのか。こんな傷だらけの姿ではまた怒られるだろうな。今日は、帰るのが遅くなったし。

 ……怒られる。誰に。来旋に。

 だけどそれはどうして。

 そんなことは決まっている。

 棺継来旋が、俺の妹だから。

 本当にそうか? ……なにを、考えてるんだ。来旋は、俺の妹で。

 突然の頭痛に眩暈。聞こえてくる少女の声。それは反響して、靄が掛かったように聞き取り難い。――そう、微睡みの中で夢ともつかない何かを見ていた。繰り返される質問。やがて声は明確な形を描く。尋ねる声に俺は、何と答えたのか。

 ――生きていたい?

 俺は、その質問に、確かに頷いた。

 ――ねえ、だったらさ。わたしが助けて上げよっか? お兄ちゃん。

 白い夢の終わり。

 そこにいた誰かを思い出す。

 それは記憶。

 籠野静月が、棺継来旋と出逢った夜の記憶だった。

「来旋……おまえ、俺の妹じゃ、ない、よな?」

 来旋は答えない。静かに双色の瞳で冷ややかな視線を俺に浴びせ、これまでの好意的な態度から一変した隔たりを持つ冷徹な風格をして威圧してくる。こんな、小さな少女に。今まで妹だと思っていた彼女に、今は見下され気圧されていた。

「言ったはずですよ。それに関われば、貴方は無事では済まないと。その忠告を聞かなかった、この結果は貴方の自業自得です。折角、わたしが助けて上げたのに」

 助ける。

 助けられた。

 ……そうだ、あの夜。色を失って屍に為りかけていた俺はマンションを抜け出した。けれど所詮は消えてしまう寸前の命。ロビーを出たところで力尽き、もう指一本動かせないほどの状態になったのだ。来旋と出逢ったのはその時点。

 白い少女は月を背景に、ふらりと散歩の途中のような足取りでそれを見下ろしていた。

 路傍に転がる石に、たまたま躓いてしまったみたいに。

 右を向いたか、左を向いたか、たまたま首を傾けた方にそれが落ちていたとでも言っている様。興味のなさそうな瞳で近づいてきて、捨てられた猫を見るような目で少女はそれに問いかける。助かりたいかと、まだ生きていたかと。

 訊かれた俺は頷いて、そして――翌日から、棺継来旋を妹と錯覚して日常に戻った。

「創征の魔眼。……一方の目が世界を創り、他方の目がそれを征服する。色をなくした体に、その代替として世界を利用したというのか、双色の螺旋。道理で、この場において魔術が使役できるその奇異、己が内に個別の世界を持っているのなら頷ける」

 黒い魔術師が夢物語を語る。だけどそれは、夢なんかではなく現実で、俺が人形である証明。

 来旋に生かされた。それが現実。心が無くした色の代用として、世界を廻らせる空っぽの人形。

 それが、籠野静月だった。

「さて、と。それじゃあそろそろ初めの質問に答えるとしようかな」

 軽薄な、というよりは飄々とした態度が雰囲気を変える。棺継来旋、双色の螺旋、創征の魔眼、協会の第三位――そんな数々の異名で呼ばれた白い少女は本当に呼吸をするようにあっさりと、けれどその一言に確かな重みを持たせて言った。

「この戦争は協会が預かります。直に事の処理を行う機関がこちらに向かう。魔術という学問は秘匿が原則。世界が文明を以てこれを排除する前に、協会がその痕跡を絶ちます」

 場の空気が凍り付く。

 弓坂は何を思うのか、横たわったまま来旋を睨んでいる。まるでこの後に告げられる事実を知っているように。必死に威嚇して来旋の口を塞ごうとしていた。

「魔術師、シリア=ロッドレイル。貴方は協会が処断します。これからの魔術の繁栄に、貴方は害を為す」

 次に来旋が視線を送ったのは、膝を震わせて立ち上がろうとする弓坂絵空だった。

 剣のような視線を交差させる赤と白の超越者。

 協会の人間として、義務的に言葉を紡いでいた来旋が口調を改める。腕を組み、結界を支配した征服者としての絶対性で弓坂を見下ろす。果てる前の命を酷く無様なものを見るような目で、敵意も悪意もなく、何の感情の色もなしに、

「幾度も繰り返して結論が下されました。『法典』と連結する回路が本物でも偽物でも、周囲に及ぼす影響は危険過ぎる。それはいずれ、文明との軋轢を起こし、巨大な戦争の因になります。かつての統合戦争のように。そんな悲劇を繰り返さない為に――」

 双色の眼差しが、一瞬こちらを垣間見た。

「――『法典』は協会が管理します」

 来旋が何を言っているのか。その示唆する意味が掴めないはずは無い。だからこそ言葉がでなかった。『法典』を管理する。弓坂絵空を保護するのではなく、その叡智を収集すると。ならば、彼女の色はどうなるのか。考えまでも無い。

 消されてしまうのが、道理だ。

 弓坂は初めから何を言われるかを理解していたのか、突然の死刑宣告にもまるで反応していない。赤い瞳は虚空を睨み、時折焦点を白い少女に合わせてはよろめき彼方に消える。

 おまえはいいのか、それで。

 自分が殺されるとか、そんな話をしてるのに何で無関心なんだ。

 何で、そんな風に聞き流せるんだよ。

 一度、弓坂と目が合う。瞳が告げていた、きっと、俺の考えていることなんて筒抜けなんだろう。弓坂の赤い瞳は、一秒未満の一瞬、柔らかな微笑みの感情に色を滲ませ――だって、本当のことだから、と言っていた。

 自分が戦争の火種になることも、ここに在っては世界の秩序を崩壊させかねないことも認めて、術式を帯びた己を嘆くでもなく当然の事のように、そんなことを認めていた。

 ……いいのかよ、本当に。

 ――――いいわけ、ないだろ。

「……ふざけんな。そんなこと、認められるかよ」

 来旋の冷たい目。冷酷な、協会の人間として見せる、感情を殺して条理を貫く無情の瞳。

「貴方の承認は必要になりません。無論、彼女も。これは協会の決定です」

「だから……協会が決めたからって、人を勝手に……殺していい理由には、ならないだろ……!」

「それは『法典』。協会の開祖が生み出したそれは、協会で管理するのが当然です」

「違う……そんな、『法典』とかは関係ない……! そいつは、だって――」

「『法典』は貴方を殺した――同じことをするだけです。術式を切り離す為に、弓坂絵空という色を取り除く、ただそれだけ」

 淡々と告げる協会の使者は、その双色を弓坂に向ける。冷酷で慈悲のない、全身を貫かれて立つことも出来ない少女に向けられた視線は、憐敏でもなければ同情でもなくて、この状況ですら断罪には生温いというような非道の眼差しだった。

 魔眼が光を放つ。

「自我の消え去る瞬間まで、貴女が犯してきた千年の罪を噛み締めなさい。これで、全て終わ――」

 文末を切って、来旋が体を捻る。

 瞬間に察知したそれを振り返った頃には、しかし何もかもが遅かった。

 中空に浮かぶ数千の針。細くしなやかな刺突の化身が発光する様は、猛獣が獲物を威嚇してようで、それ自体が明らかな殺意を放っている。――無論それは、術者であるロッドレイルの殺意に共鳴したもので、光の弾幕の奥で、黒い魔術師は無情に腕を振るった。

 魔術師の指揮を受けて針が乱れ飛ぶ。狙いなど定めず数と速度で来旋を圧倒する針は、支配権を魔眼に握られるよりも先に白い少女の体を次々と穿っていく。マシンガン宛ら予断なく繰り出される刺突。光の雨は怒濤の勢いで降り注いだ。

 一秒後の世界。

 凝縮された光の爆発で白い影の出来た空間に、少女の倒れた姿が浮かび上がる。黒い髪を広げて、それはうつ伏せに倒れ伏す棺継来旋に他ならなかった。刹那の不注意であれ付け込むのは容易い。

 なぜならば、光の針は物理法則の最高速。

 超常を支配する魔眼の持ち主は、その純粋な光の速度に屈して敗北した。

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