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18/closed...circuit,on--

 /18




 負傷した生徒達に共通していたことは、その傷跡がどれも長物による刀傷だということともう一つ――注目すべきはこちらの方である――全員が共通して剣道部の部員ということだった。予想は出来ていたことだが、一階から全てのフロアを確認してみることでそのことがはっきりした。

 外は夕暮れ。

 西日に染色された廊下で、弓坂が呟いた。

「言うまでもないことだけど、やったのは鏡岬深紗希で決まりね。……ていうか、彼女の剣道の実力って全国レベルなんでしょ? 道理であれだけの化物が出来上がる訳よ。魔術師に生身の人間が刀を持ったぐらいで抵抗できるなんて、本来ならありえないからね」

 当然のように、弓坂もその結論に行き着く。なんら驚くことはなかった。廊下に出るより依然に、教室の惨状を見ただけでこの結果は見えていたのだから。ただ、今でもまだ信じられない。鏡岬が、こんな辻斬りめいたことをして回っているなんてことが、どうしても。直接彼女に殺されかけても、それでも信じられなかったし、信じたくなかった。

「どうするんだ、鏡岬のこと」

「どうもしないわよ。怪我した生徒は全員手当てしたんだから、後はこのふざけた結界を破壊するだけ。式が組まれているのはおそらく結界の内部だから、静月なら見付けられるでしょ」

「……あ、ああ」

「勿論、簡単にはいかないでしょうけどね。多分式の場所にはロッドレイルが待ってるでしょうから。そうなれば戦闘は避けられない。どうにかして結界を解いて、その上で奴を倒す。それが正攻法ね……って、聞いてるのあんた?」

「あ、いや……悪い」

 正直言ってあんまり聞いてなかった。結界の式がどこかにあって、それを壊す際にはあの魔術師と戦わないといけないらしいことは漠然と伝わったのだが、それ以外はいまいちよく解っていない。いや、弓坂が言ったのは事実それだけなのだが、その危機感や緊張感に共感できていないというのが正鵠を射ている。

 俺の頭にあったのはこの先にある決着ではなく、もっと他のことだった。弓坂には悪いが今はそれ以外に考えられない。

 場の空気を可笑しくしてしまうことも、弓坂の機嫌を損ねることも承知の上で俺は言った。

「俺、鏡岬に会ってくるよ」

「何言ってんの?」

 まあ、そりゃあやっぱりそんな反応になるよな。

「いい? わたし達の目標はあくまでロッドレイルを倒すことなの。寄り道をする必要なんてないでしょ。ただでさえ、あの鏡岬って子は危険なのよ。本来なら結界に引き出された感情は暴走して理性を食い殺す。そうすることで術者の意思に従う人形を作るのがこの結界なの。だってのに、こいつは自分の意思を持って動いてる。感情に支配されず、結界からの供給を受けて、魔術師と同等の力を持って純粋に目的を遂行してる。そんな危険な奴に自分から関わるなんて自殺行為よ」

「……なんで、鏡岬は感情に支配されなかったんだ。俺と同じで、共界性が薄かったのか?」

「いいえ。全くの逆よ。彼女の場合は日常的にその感情を飼い慣らしていたのよ。だから突然結界から関与されても対応できたし、それを共界魔術の域にまで昇華させることも出来た。……やってることを見ると、大方結界の共感設定は負の感情だったんでしょうね。そんな人間の前に出向いて、無事で済むはずがないでしょ」

 日常的に、その感情を内に溜め込んでいたから。膨れ上がったそれを制御することが出来た。

 そんな風になってしまうまで、鏡岬は抱え込んでいたんだ。現状を見ればどんな感情が彼女を突き動かしているのかなんて容易に推察できる。何度言っても練習に参加しなかった部員達。いつも笑っていた少女は、影で堪えていたんだ。ずっと長い間。一人ぼっちのその孤独に。

 気付いてやれなかった。

 それは、間違いなく俺の責任で。

 きっと鏡岬が一番恨んでいるのはこの俺だ。

 だって、剣道部の部員は誰も殺されていなかった。全員傷を負わされただけで済んでいたのに、鏡岬は俺を殺そうとした。それが何よりも素直な感情の表れ。鏡岬は誰よりもを俺を恨んでいる。そうだ。当たり前じゃないかそんなこと。

 彼女が一人だということを知った、その上で、俺はそれでも何もしてやれなかった。

 一人ぼっちで竹刀を振る少女の姿を見てきたのに、俺はその孤独を彼女に強いていたんだ。

 殺されて当然。恨まれて相応。――もしも、鏡岬が俺のことを拠り所にしていてくれたなら。彼女の感情を抑えていた何かを決壊させたのは、間違いなく俺の行動。そして、手遅れになるまでそれに気付けなかった俺の所為で今がある。

 だったら、放っておくわけにはいかないじゃないか。

 この結果を潰せば、鏡岬の心は感情の支配から解き放たれるだろう。でもそれじゃあ駄目だ。問題は何も解決しない。今日の鏡岬を作り出す感情はまだ、彼女の中に蟠ったままだから。放っておいていいわけなんてない。

 けれど本当は、そんな正義感なんて感じていなかった。

 全部解っていたけれど、それはやっぱり自業自得。自分の感情を抑え切れなかった鏡岬に責任がある。俺がそんなことを言える立場ではなくても、それでも言ってやらないといけないんだと思う。過った友人を連れ戻してやれるのは、今この世界で俺だけなのだから。

 約束があった。

 守らないといけない、その約束が。

 もう随分時間が経ってしまったけれど、まだ彼女がそこで待っているなら果たそう。

 することはいつもと変わらない。

 いつものように、馬鹿みたいに強いクラスメイトの剣道少女と剣を交えるだけで十分なんだ。

「危険でも何でも、行かなきゃいけないんだ。あいつはいつも、あの場所でひとりぼっちだから」

 その孤独を、弓坂が解らないとは思えない。

 誰にも理解されない苦痛はきっと、彼女も知っているはずだから。

「約束してるんだよ、今日こそは行ってやるってさ」

 弓坂は何も言わない。やはり怒っているのだろう。それはそうだ。明らかに俺が悪い。俺が弓坂の立場ならとっくに怒鳴り散らしてる。それくらいに自分が馬鹿なことをしているのだとは解っていたし、だからこそ引き下がれない。

 そうまでしても守らないいけないものは確かにここにある。

「それでも駄目だって言うなら、殴ってくれていい。魔術でも何でも使って言うことを聞かせてくれ。そうでもしてくれないと、俺は自分の意思であいつを無視するなんてことは出来そうに無い」

 弓坂は――言わずともそのつもりとばかりに胸倉を引っ掴んできた。

 引き下げられる視界に感情を抑えた赤い瞳が覗く。

 目が本気だった。当然だ。これは魔術師同士の戦争で、遊びじゃない。私情を巻き込んで愚かな選択をしようとしている俺は、この場で斬り捨てられるのが道理。もしかしたら弓坂はそのつもりなのかもしれない。

 両手で襟を締め上げられ、次の一撃に勢いを溜める弓坂が体を引き――頭蓋がカチ割れるかと思うくらいの衝撃が、額を襲った。いわゆる頭突きである。これが滅茶苦茶痛い。本当に、廊下を転げ回って悶絶するぐらいに。

 しかしそれはまあ、当然といえば当然で。

「好きにしろ、バカ。その代わり死ぬんじゃないわよ。そんなことになったら、式の場所を探すのが大変になるんだから」

 涙目になるくらい自分も痛かったんだから、弓坂の放った頭突きが渾身の一撃でないはずはなかったのだ。




 †




 剣道場の中は、物静かで荘厳な普段の空気を何倍にも重苦しくさせていた。

 畳の上に散らばる何本もの――恐らくこの剣道場にある全ての竹刀が――全て死んだように横たわっている。まるで墓場の墓石が全て倒されているかのように、この場においてその光景はあまりにも背徳的に映る。剣の死体がそこら中から放つ異彩。それこそがこの剣道場を、結界の中にあってさらなる異界へと創り変えていた。

 それはいつも見ていた剣道場の光景とはどこまでも異なり、踏み込んだ場所の空気は普段と別物。

 あの肌を痺れさせる緊張感もなければ、心の中を空っぽに洗われるような神聖さもない。

 空虚で物寂しい、誰かの孤独をぶちまけた宇宙。

 呼吸をするだけで泣きたくなるような、絶望の世界。

 少女はいつもここで一人。 少女はいつもここで一人。

 悲鳴を上げて剣を奮う。

 そうすることだけが――逃げ場の無い孤独に押し潰されない、唯一の方法だったから。

 鏡岬深紗希は剣道場の端で立っていた。瞳に何を映すこともなく、今入ってきたこちらの姿さえも遠い光景のように、眩い何かを眺めるように目を細めて。ずっと、一人ぼっちの孤独を見ていた。

 俺は道場に上がり、鏡岬と正対した。一本、足元に落ちた竹刀を拾い上げて。それが始まりの合図。幾度となく打ち合ってきたこの場所で、今日もまたいつもと同じ様にぶつかり合う。剣と剣をではなく、心と心を。

 まだ、少女に彼女の心が残っているのなら。

 俺にまだ、彼女の心に共振できるモノが残っているのなら。

 きっと、全て上手く行く。

 ――戦いは音もなく始まった。

 目を見開いた鏡岬が、先刻と同じ歩法――しかし足場は奔り慣れた畳の上、速度は比較にならない――で滑り込んでくる。いつ拾ったのか。手に持つ竹刀が鞭のように跳ね上がる。一瞬で切られた口火を見逃せば、間違いなく死んでいた。

 けれどそうはいかない。

 この場所で自己を覚醒させることに関しては、曲りなりにも俺も鍛錬を積んできたはずだ!

「く……ぅ……!」

 脇腹に飛び込んでくる殺意の一撃を受け止める。だが鏡岬の振るった一撃は、普段の数十倍に増した威力と重みを伴っていた。受け止めたのではなく、防御した訳でもない。竹刀を介してその衝撃が腕に伝わり、全身を駆け抜ける。

 続いて繰り返される斬撃も同じ様に身を庇うことしか出来なかった。

 頭上から全体重を乗せて振り下ろされた一刀は、もはやこちらの体を紙切れも同然に薙ぎ払う。

 重力が断ち切られた。そんな気分で流れる天井を見る。これが、宙を飛ぶという感覚なのだと思い知った。脚が着いていない。体が浮遊している。風に運ばれる枯葉のように、体が壁に打ち付けられるまでの飛行を果たした。

「共界回路起動、充填(セット)――――」

 弓坂の声。世界に呼びかける魔術の詠唱。

「止めろ弓坂!」

 それを、肺が潰れるような痛みに耐えて制した。

「おまえは手を出すな。これは俺がやらないといけないことなんだよ!」

 言っている傍から、顔の正中線上に疾風を纏う刺突が繰り出される。

 寸前の反応でそれを躱し――顔の横に突き立てられた銀の刃を見る。これがカラクリ。意識的にか無意識的にか、鏡岬は手に取った竹刀を鉄に変えている。自ら刀を生成する。それが、鏡岬の行っている魔術だった。

「こ、の……やろ――――!」

 竹刀が突き刺さったままではこの一撃を凌ぐことは出来ない。

 倒れた姿勢から横薙ぎの一振りで鏡岬の横腹に切り込む。――が、その切っ先は空を切った。

 攻撃を察知した鏡岬がその手から竹刀の柄を離し、それを放棄したのだ。

 全ては一瞬のこと。俺が振り上げた竹刀は鏡岬に斬り付ける寸前で得物を見失い、鏡岬は前のめりの体制から跳躍してそれを回避する。たったそれだけの事実が、現実を超越していた。鏡岬が後方にした跳躍は本来有り得ない距離を弾け、一気に道場の両端に二人の距離を広げた。

 それは必殺の一撃を放つ為に取った、決死の間合い。

 立ち上がる。

 同時に、鏡岬がスタートを切る。その手にはまだ竹刀が握られていない。

 剣を構える。迫り来る疾走を迎撃する体勢で意識を一点に纏める。

 右手と、左手。無駄の無い動きで鏡岬が足元の竹刀を拾い上げた。

 二刀流を確認して正眼に構える。半歩右足を後ろに引き、体重を傾ける。向ってくる少女の姿を真っ直ぐに見据えて次の一撃に意識を集中。後ろに軽く預けていた体重を前に持って――

 鏡岬深紗希が、手にした竹刀を投擲した。

 高速で飛来する二本の剣。鉄に加工された竹刀は失速することなく同時に、こちらの右肩と左肩を射抜く弾道で猛進する。無傷で躱し切ることは出来ない。一本は竹刀で弾き、もう一本は体を捻って回避する。

 右肩への投擲を弾き、その勢いで体を捻る。完全に避け切ることは叶わない。左肩を掠めていく鉄の刀身に熱を帯びた痛みを覚えた。おそらく、肩口からは鮮血の飛沫が上がっていただろう。痛みはまだなく、熱の段階で止まっている。

 その熱が痛覚に変わる前に。

「――――ッ!」

 続けて視界に飛び込む、四本の切っ先。

 右肩、左肩、右足首、左足首。

 四肢の稼動を司る部位を狙って正確に放たれた四刀。それだけではない。走り寄ってくる鏡岬は次々に竹刀を拾っては投擲してくる。全てが魔術の効果で鉄となり、凶器は唸りを上げて飛び立った。

「ぐ――ぅ…………あ」

 四本。

 六本。

 八本。

 急所という急所に狙いをつけて投擲される死の鋼鉄。

 鉄の雨に打たれて、躱すことなど思考に無かった。俺にできることはせめて致命傷に届かぬよう最大限に攻撃を受けきること。その度にダメージは蓄積されたし、意識を焼き切る激痛にも襲われた。そして漸く止んだ銀の流星群。

 星の群れの向こうから、姿を現した鏡岬。

 上段で飛び込んでくるその無防備な体にカウンターを入れるほどの余裕は無い。腕を上げるだけで意識が飛ぶような痛みを伴うのだ。隙を突いて切り込もうなんて、できるはずがなかった。

 稲妻のように落とされる一撃。

 竹刀と竹刀が触れ合って音を立てる。その一撃で、こちらの竹刀に亀裂が走る。これでも正面から受けないよう、往なすように防御はした。それでも、何本もの鉄を切り流した竹刀には限界がきていたと、ただそれだけ。

 上から来る一撃に吹き飛ばされる。

 踏み止まって右からの横薙ぎ。受け流して体勢が崩れる。左から振り子のように戻ってくる斬撃に意識が掠れた。が、下から跳ね上がってきた切っ先に戻される。再度上段からの一閃に――とうとう竹刀が破砕した。

 袈裟に斬られる体。心臓にも到達しかねない一撃が致命傷にならなかったのは、鏡岬の剣を受け止める際に体が後ろに飛んだ為。怪我の功名とでも言うのか。まだ、この命は繋がっていた。

 噴き出す赤色の液体。

 霧状に舞った鮮血が鏡岬を濡らす。

 その光景を一瞬だけ目に入れて、距離を取る為に後は無惨に転がった。傷が畳みに触れる度に痛む。だが止まれば直ぐに止めが来る。意識が飛ぶ激痛に耐えながら、もう一度大きく距離を取った。

「はぁ……か、は……あ……ぐ…………ぁ」

 ――これが、力の差。

 絶望的で圧倒的な、力による蹂躙。

 元から俺は鏡岬に一本だって入れたことがない。剣の実力で上下を競うなら待っている結末は目に見えて明らかだ。敵うはずなんて初めからなかった。鏡岬に剣道で挑めば確実に負ける。それは必然。恥じることはなく、それは誇ることだ。そう――何年も努力を続けてきた彼女の、それこそが誉れであるのだから。

 達人の死合いに於いて勝負は最初に視線が交錯した瞬間に決まるという。

 鏡岬がその域にいるのなら、俺が今まだ意識を保てているはずなどない。こんな競り合いになんてなるはずがないのだ。だが現実はどうだ。籠野静月はまだ生きている。生きて、彼女と対峙している。無様に追い込まれていようとも普段なら――俺はここまで鏡岬と打ち合ったことなんてなかったのだ。

 それはつまり。

 この戦いが、剣術を競い合うものではないということ。

 ならば勝機はある。

 こと剣道では敵わなくても、これが互いに超常の程を衝突させる戦いならば不可能じゃない。

 それが、鏡岬深紗希の失態だった。結界の魔術効果を得て超越した彼女がもし、本来の方法で戦いを挑んできたのなら俺は一瞬も持たなかっただろう。……いや、それなら魔術は必要にならない。鏡岬が鏡岬であったなら勝敗は揺るがないのだ。だから、これが魔術での戦いだというなら勝機はある。

 可能なはずだ。

 例え不可能でも、可能にする。

 それを奇跡と呼ぶのならば尚のこと為し得て見せよう――この身には幾千もの奇跡が、語り継がれてきた夢の形が記されているのだから。

「……共界、回路」

 果ての意識を彼方に還す。自己の変格は内なる世界の循環を以て遂行される。故に共界では届かなず、受け継がれる神話を具現化するならばそれは、己自身が世界と成るしか方法はない。

 ならば。

共界閉鎖(クローズド)循環開始(サーキットオン)……神話、再(アクセス)生」

 己が内を廻る世界に、自己を共振させる。

 先に動いたのは鏡岬の方だった。

 散らばる竹刀を手当たり次第拾い上げては投擲。直進と攻撃を同時に行う破滅の疾走。鉄の刃が乱れ飛ぶ。出鱈目に思えてその実、正確に急所を狙い打つ死の雨が弾幕を張って襲いくる。

 だがそれを恐る意識はなかった。

 何本の剣を以ても敵わぬ最強の一振りを生み出せばいい。数に頼るのは実力差を埋めるため。ならば逆も然り。数を凌駕するのは圧倒的なその質。一本の、ただ一薙ぎで捩じ伏せる。

 俺がすることは決まっている。俺はただ、千本の剣を以てしても越えることの出来ない最強の一本を再生すればいいだけ。

 竹刀を一本拾う。触媒にはこれで十分。何かを介してでしかまだ完全な再現は出来ない。媒介は神秘の前に存在を保てず朽ちるだろう。だからそれまでが勝負だ。

 尖端をこちらに向けて向かい来る何十を数える鉄の煌めき。その全てを意識の外に弾き出して、見据えるのは自己の内側のみ。

 幻想と伝承。

 夢で現実を紡ぎ――ここに神話を再生する――!

「は――、――――ぁ!」

 柄を握る手に力を込める。全身の血が沸き上がるように発熱し、ヒトとしての機能が少しずつ停止していく。体は、この瞬間奇跡を為し得る為の回路に。余計な機能は必要にならない。呼吸は止まり、稼働するのは脳と心臓のみ。循環する血液に逆流して魔力が迸る。

 手に取る竹刀を、神代の奇跡へと変格。

 全工程終了。――神話再生開始。

 生み出した幻想が砕ける前に決着をつけなければならない。両者の間を隔てるのは数十の剣の群れ。その全てを打ち砕いて前へ。格の違いは歴然。飛来する鋼鉄は担い手なき(なまくら)。迫る銀の鉄屑を両断して走る。弾幕に自ら飛び込み、その悉くを打ち落とす――。

 一刀。

 二刀。

 三刀。

 四刀――――無限に思える剣を一心に砕き続ける。

 そうして遂に、降り注ぐ鉄の雨が止む。鉄の砕けた砂塵は霧のように銀色の光で一瞬世界を包み込んだ。その影から飛び出す少女の体。――通常の倍にもなる長さの大剣を両手で握るその姿が、大きく上段に振り被った。

 同時に足を踏み出す。

 同時に剣を振り抜く。

 交錯した刀身が火花を散らして赤く輝く。鉄の弾ける音。それが限界値を超えた脳に響いて内側では痛覚の刺激に変わっていた。そうしている間にも次の攻撃。気を抜くことは許されない。ここは瞬きも呼吸も許されない、一寸先は死の世界。

 軌道が入れ替わる。振り下ろした姿勢の鏡岬は下段から、振り上げた姿勢のこちらは上段から。

 そしてそれが、最後の激突となる。

 刀身が交わった瞬間に響き渡る鉄の砕ける断末魔。

 二つの超常とそれを紡ぐ幻想の終局。行き着く先は双方の霧散。

 大気に亀裂を走らせる音と、世界を焼き払うような炎の迸りが、この戦いの終わりを告げた。

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