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男一人新居に立つ

入学式の翌日。俺――剛士は、まだ段ボールの匂いが残る新居で来客を待っていた。

部屋は八畳ほどで、床はやけにピカピカなフローリング。角には実家から持ち込んだ段ボールがいくつか無造作に積まれていて、いかにも「これから住みます」って感じだ。


午後四時を少し回ったころ、外から車の停まる音と人の足音が聞こえてきたかと思うと――


「こんにちはー、シロネコ宅配便でーす! 単身パックのお荷物お届けに参りましたー!」


はい、来た。俺の引っ越し荷物である。


俺は地元の大学に進学したんだが、実家から通える距離ではあった。……にも関わらず、わざわざアパートで一人暮らしを始めることにしたのは、父さんのひと言が原因だ。


『父さんの親戚がアパート経営してるんだがな、ちょうど一部屋空いてるらしい。身内価格で家賃も安くなるし……剛士か龍華、どっちか住んでみるか?』


そう提案されて、俺と妹で「一人暮らし権」を巡るバトル勃発かと思いきや――。

「剛士、あんたが行けば?」と、あっさり龍華が譲ってきた。


いや、それはそれで助かるんだが……珍しいなって思ったんだよな。その裏で、龍華が何か企んでる気がするのは言うまでもない。妹の「恩を売っておくムーブ」ってやつだ。


「では冷蔵庫はどちらに?」

「キッチンの壁際でお願いします」


テキパキと指示を出し、冷蔵庫、本棚、テーブル、イス、コタツに段ボール数個……単身パックで送った荷物が次々と運び込まれる。


「以上でお荷物すべてですね」

「ありがとうございます!」


これにて、俺の一人暮らし拠点が完成――いや、まだ家具と段ボールのカオス状態だが、とにかく「新しい生活」がスタートした。


段ボールを片っ端から開けて、中に詰め込んできた生活必需品やらゲームやらを適当に配置していく。実家の自分の部屋を思い出しながら、「これはここで使いやすいかな」とか独り言をつぶやきつつ、せっせと片づける俺。

気がつけば一時間ほどで大体の家具と荷物の配置は終わり、座布団に腰を下ろして、ふぅっと一息。こたつテーブルの上には買ってきたカフェオレ。窓から差し込む日差しをぼんやり眺めながら、俺は自然と口にしていた。


「……とうとう俺も一人暮らしか。」


楽しみで仕方なかったこの新生活。感慨に浸りつつカフェオレを一口。

このアパート、実家と違って大学までめっちゃ近い。自転車なら十分もかからないし、バス停まで歩けば直通で五分。少し離れたところにはスーパーやドラッグストアが固まってて、隣接地にはコインランドリー。俺はもう、ここで乾燥までまとめて済ませると決めていたから、わざわざ新しい洗濯機を購入はしなかった。


日当たりも上々、部屋もまずまず、そして――「俺の住まい」って響きが何よりテンションを上げてくる。

ちょっと気になるのはアパートの住人たち。全部で八部屋あって、空きは俺の部屋だけ。他の七人はどんな奴らなんだろうな。まあ、俺が近所迷惑せずに普通に交流していけば大丈夫だろう。あとで「一人暮らしのトラブル回避講座」的な動画でも漁ってみるか。


そんなことを考えていたら、スマホが震えた。


――龍華からのメッセージ。


『そろそろ着くけど、近くでピザ屋見つけた。拓真と話して、今夜はピザパーティで新居祝いにしない?』


……あいつ、まさかのピザパーティ提案。飲食店で入学祝いって案もあったけど、新居でピザってのも悪くない。割引きくなら安上がりだし。


『了解。じゃあ今日はうちでやろう。俺のリクエストはマルゲリータのM。あとは任せる』


速攻で返信。これでピザは確保。二人が来るまでに残りの荷物整理を進めることにした。


そして午後五時過ぎ――。


インターホンが鳴る。


「おーい、剛士! ピザ買ってきたよー!」


龍華の声だ。玄関の鍵を外すと、ドアが勢いよく開かれて、香ばしい匂いが部屋に広がった。


「そんじゃ、お邪魔しまーす!」


「おいおい、新生活の門出を荒らすのは勘弁してくれよ」


冗談めかして牽制したが、龍華は気にも留めず、ずかずかと入ってきた。


「ふむふむ、ここがお風呂で……トイレはこっちか。おっ、見た目は質素だけど清潔感あって悪くないじゃん」


袋をこたつに置いたと思ったら、即・部屋チェック。こいつ、完全に利用する気だな。まあ、らしいけど。


「ここが剛士の新居か。フローリングで広さもあるし、生活設備も整ってる。いいところを選んだな」


拓真も後から入ってきて、素直に感想を漏らす。その言葉が地味に嬉しい。


「よし、俺の部屋チェックはそのくらいにして、ピザ食べようぜ。冷める前にな」


そう促すと、龍華と拓真は座布団に腰を下ろし、袋から次々に料理を広げ始めた――。


「これが剛士が頼んだマルゲリータM。で、こっちが拓真くんの炭火焼きビーフM。そしてこれが、あたしが選んだ――4ミックススペシャル!」

「サイドメニューは定番のポテトに、イタリアンサラダとポップコーンシュリンプ。あとドリンクはコーラとウーロン茶で無難に揃えといた」


……めちゃくちゃ買ってきたな。入学祝いだからって、これはもう立派な宴会コースだろ。

それにしても俺と拓真が無難にオーソドックスなピザを選んだのに対して、龍華はやっぱり冒険してる。4ミックススペシャル――ハニー&マスタード、コーンポテト、のり明太、トロピカル……って、組み合わせが子ども向けっぽいんだけど。


「4ミックススペシャルか。お前は相変わらず冒険好きだな」

「当然でしょ。定番だけじゃ未知の味に出会えないんだから。リーダーは誰より先に新しい道を切り開くものなのよ!」


……どや顔で語るな。


「でもさ、その4種類、全部子ども向けじゃね?」

「ちょっ、何よ! お子様ピザで悪かったわね。だけどあんたも本当は好きでしょ? 『食べてみたいけど、男としての体裁が邪魔して頼めない』ってやつ。――そこをフォローして買ってきたあたしに感謝しなさい」


……ぐっ。

完全に図星だ。双子の妹、恐るべし。


「う、うむ……確かに俺じゃトロピカルとかハニマスは頼めん。悪かった」


ここで変に意地張っても場が冷えるだけ。素直に謝っとくのが正解だ。


「じゃあ飲み物配るな。剛士はウーロン茶でいいよな?」

拓真がペットボトルを手際よくコップに注いでくれる。三人分のコップが揃ったところで――


「それじゃ、私たちの大学入学を祝って――かんぱーい!」

「「かんぱーい!」」


コップを軽く合わせ、一口。よし、ピザパーティ開始だ。


俺は気になっていたトロピカルとハニマスを皿に取り分け、拓真も同じくハニマスをチョイスして口に運んだ。


「おおっ……! はちみつのまろやかさとマスタードの香りが意外と合う。これはアリだな」

「でしょ? 癖はあるけど、好きな人はハマる味よ」


龍華が自慢げに笑う。だが拓真は本気で気に入ったっぽい。屈折ない笑顔で食べてるし。


「なるほど。チーズのコクと甘マスタードの組み合わせ、想像以上にうまいな」

俺も一口食べて納得。ちょっと悔しいけど、これは当たりだ。


そうして三人で次々とピザやサイドを食べ進め、八畳間の新居に楽しい時間が流れていく。


「それにしても、このアパートっていいとこよねー。キャンパスも近いし、直通バス停まで目と鼻の先だし。日当たりいいし、道路の音もほとんどしないし」

龍華が感心したように言った瞬間、俺の胸に嫌な予感がよぎる。


「ねえ、この部屋を私たちの秘密基地にしない?」

「小学生かお前は! 今やってるのは大学入学祝いだぞ!」


……案の定だ。


「そういえば昔、小学生の時に秘密基地作ろうとして場所見つからなかったことあったな」

拓真がさらっと思い出話を乗せてくる。おい、やめろ。妹が調子に乗るだろ。


「じゃあさ、秘密基地がダメなら――ここを“インテリジェントシステム開発支部”にしない?」

「本部はどこだよ! まさかキャンパスの休憩室とか言わんだろうな!?」


やれやれ……完全に「ここをたまり場にする気満々」じゃねぇか。


「ま、冗談よ。結局この部屋のヌシは剛士なんだから。許可があれば活動場所にするし、無ければしない。それだけ」

(ヌシて……魚じゃねぇんだから。せめて主って言え)


「でもさ……もしものときは泊めてよ?」

「ぶっ!? ごほっごほっ!」


ピザを飲み込んだ拓真が盛大にむせた。……おいおい。

落ち着け拓真。俺と龍華は実の兄妹だ。泊まったところでドラマなんか起きるわけが――


「大丈夫? はい、落ち着いて」

龍華が背中をさすってやると、拓真がほんのり嬉しそうなのは気のせいじゃない。


「ふ、ふぅ……すまない。ちょっと気管に入っただけだ」

いや、原因は別だろうが。


俺はコップの水を差し出しながら、拓真の“弱点”を改めて認識した。これは将来、公共の場で暴発しそうで怖い。


「さっきの件だが……緊急時なら泊まってもいい。悪天候とか体調不良とか、そういう時だけな」

ここで線引きしないとマジで遠慮なく転がり込んでくるからな。


「やった! お礼に時々料理作ってあげるから期待してなさい!」


にかっと笑う龍華。おかげで隣の拓真は、平静を装いながらも魂抜けかけた顔で固まっていた。


3人でテーブルを囲み、笑いながらピザやサイドメニューを平らげていくうちに、あっという間に時刻は夜になった。窓の外はすっかり暗くなっていたが、照明の明かりに照らされた部屋は心地よい温もりに包まれていた。

「なんだかんだで、良いスタートを切れそうだな。」

俺がそう口にすると、龍華と拓真もそれぞれコップを掲げた。

「よし、それじゃあ――大学生活、頑張っていこう!」

3人で声を合わせて乾杯すると、自然と笑みがこぼれる。

新しい暮らし、新しい環境、そして気の置けない仲間たち。きっと、この日が俺たちの大学生活の最高の始まりになるに違いない。


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