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やれやれ、異世界じゃモテ期終了ですか。  作者: 遠野 蒼一
【第2部】砂漠王国アルナハル編
8/18

【第3章】市場の喧騒、幻の香辛料。

異世界での生活にも少しずつ慣れてきたレン。

今回は、アルナハルの市場で起きた小さな“事件”が、物語を思わぬ方向へと導きます。


初めて見えてくるこの街の“裏側”。

幻の香辛料、協会の監査官、そして新たな出会い。


レンの一歩が次の運命を引き寄せます。


━━━━━━━━━━━━━━━


アルナハルの朝は、喧噪とともに始まる。


 東の空に太陽が昇るよりも先に、商人たちの怒号が市場に響き渡る。

 砂埃を巻き上げながら荷車を押す男たち、柘榴の山に群がる女たち、香辛料の山から値切り交渉を吹っかける老人。

 何もかもが目まぐるしい。


 俺は、キリカの後ろにくっついて市場の通りを歩いていた。


「今日は“胡椒通り”に行くよ。運が良ければ、青い胡椒に出会えるかも。」


 キリカはそう言いながら、腰に手を当ててふふんと笑う。

 ここ数日でようやく異世界の空気に馴染んできたつもりだったが、市場の匂いは相変わらずきつい。

 香辛料と果物と、獣の糞と、汗の混ざった言葉にできない濃密な空気。


「青い胡椒ってそんなに貴重なのか?」


「貴重どころじゃないよ。年に一度しか入荷しないし、協会の認可がなきゃ販売すらできない。」


「協会?」


「香料協会。アルナハルの経済を牛耳ってる組織って言えば分かる?」


 俺は眉をひそめた。

 香辛料の流通を監視する協会。そんなものがあるなんて、まるでギルドみたいなもんじゃないか。

 ──でも、そこでしか“青い胡椒”は手に入らないらしい。


「まあ、普通は庶民の口に入ることなんてないよ。だから幻って呼ばれてる。」


 歩きながらキリカが指さした先に、香辛料だけを扱う専門の市場があった。

 袋に入った赤や黄色、黒や灰色の粉末が並び、香りが風に乗って鼻腔を刺す。


 その一角で、何やら人だかりができていた。


「……なんだ?」


 俺がそう呟くと、キリカが不穏そうに目を細めた。


「揉めてるね……あ、あれ……!」


 彼女が駆け出した。

 その先にいたのは、商隊の若い使いっ走りニルだった。


「おい、どうした!」


「キリカ姉さん! た、助けて……!」


 ニルの足元には、破れた麻袋と散らばった香辛料。

 その前に立ちはだかるのは、刺青の入った屈強な男たち。明らかにただの商人ではない。


「こいつが“青い胡椒”をパクったんだよ!」


「違います!これはうちの積荷で……!協会の検査の途中で……!」


「黙れ!」


 バチン、と乾いた音がして、ニルの頬に手の跡が刻まれた。

 俺の中で何かが弾けた。


「おい。子どもに手を出して楽しいか?」


 その声は、俺自身にも意外なほど冷えていた。


「なんだテメェ。旅のガキがしゃしゃり出てくんじゃねえよ。」


「そいつは仲間なんだ。……それに、協会の許可を待ってたって言ってたろ。なら盗みじゃないじゃないか。」


「証拠はあるのか?」


「証拠がいるのはそっちじゃないのか。罪を決めつけて殴ったってことは、“証明”できるんだよな?」


 沈黙が場を支配した。


 男たちの後ろから、一人の中年男が現れる。濃紺の長衣に銀の刺繍、胸元に“砂の印章”と呼ばれる徽章がきらめいていた。


「……もういい。“監査官”がお出ましだ。」


 キリカが俺にだけ聞こえるように呟いた。


 その男、スールと名乗る監査官は、場を見回して口を開いた。


「この場は私が引き取ろう。協会の記録に基づき、香辛料の来歴を確認する。問題があれば法に則って処理する。」


 男たちは不満そうな顔をしながらも、スールの徽章を見て何も言わずに立ち去った。


 残されたニルは震えながら、俺の袖を握った。


「ありがとう、兄ちゃん……。」


 言葉が喉に詰まった。

 何か、してやれたことがあったのだろうか。俺はまだこの街の言葉も、制度も、仕組みすら完全に理解していない。

 ただ──見過ごせなかった。それだけだった。



━━━━━━━━━━━━━━━



 その晩、キリカと共に再び市場を歩いていると、スールが俺たちに声をかけてきた。


「少し話がある。」


 彼は、人目を避けるように細い路地に俺たちを導いた。


「君、名前は?」


「レンだ。」


「……君、面白いね。まるで、どこかの“英雄譚”の始まりに出てくるような顔をしてる。」


「やれやれ……。皮肉のセンスもあるのか、監査官ってのは。」


 スールは薄く笑った。


「君のような“部外者”が、この街で正しいことを主張する。それはとても危険な行為だ。……だが、嫌いじゃない。」


 懐から小さな麻袋を取り出す。中には、青く光る胡椒の実が数粒。


「これは?」


「“青い胡椒”だ。正式な取引が始まる前の“見本”。香料協会の一部しか持っていない貴重品だよ。」


「なぜ、俺に?」


「今後香料協会を訪ねることがあるなら、これを見せるといい。扉を開けてくれるかもしれない。」


「協会ってそんなに堅苦しいのかよ。」


「君が思っている以上に、だ。……王都の腐敗は、香り高い香辛料の陰に隠れて進行するものだよ。」


 スールはそれだけ言って、路地の闇に消えた。



━━━━━━━━━━━━━━━



 キリカと並んで歩く帰り道。


「……協会、行くんだろうね?」


「行かないとダメか?」


「“面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだ”って顔してるけどさ、もう巻き込まれてるよ?」


「……はあ。やれやれ……。」


 俺は麻袋の中の青い胡椒を見つめた。

 異世界じゃモテ期どころか、のんびりする時間すらないらしい。


 でも、ほんの少しだけ。

 この世界に踏み込んでいく覚悟が、芽生えてきた気がした。


━━━━━━━━━━━━━━━

最後まで読んでいただきありがとうございます!


今回は市場でのトラブルから、レンが“裏社会”に少しずつ巻き込まれていくきっかけを描きました。

新キャラ・ニルや監査官スールなど、今後の展開に大きく関わる人物も登場しています。


“青い胡椒”が鍵となり、物語は次の章でさらに動き出します。


次回、第4章「スラムの噂、幻獣の影」もお楽しみに!

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