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やれやれ、異世界じゃモテ期終了ですか。  作者: 遠野 蒼一
【第2部】砂漠王国アルナハル編
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【第1章】アルナハルの街

ついに辿り着いた、砂漠の王国アルナハル。

蜃気楼のように現れた都市には、活気と異国情緒、そして裏に渦巻く不穏な気配があった。


市場の喧騒、商隊の拠点、新たな出会い――

主人公・レンの異世界生活が、本格的に始まります。


━━━━━━━━━━━━━━━


砂嵐と幻獣の騒動を乗り越え、ようやく俺たちはアルナハルの街に辿り着いた。


巨大な砂壁に囲まれた都市。

乾いた砂漠の真ん中に、まるで蜃気楼のように浮かぶ活気と喧騒の塊。


城壁の上には見張り台が並び、入り口では商人たちと衛兵が言い争っている。

ラクダの鳴き声、荷車のきしむ音、人々の怒号と笑い声が入り混じる。


「砂漠の終わりが、これかよ……。」


思わず苦笑いがこぼれる。

異世界の洗礼を浴びた身体には、あまりにも騒がしすぎた。


「呆れてないで、ちゃんとついてきなよ。」


横でキリカが軽く肩を叩く。

彼女はいつもの毒舌顔を浮かべつつ、俺を促した。


ザイードが商隊をまとめ、入り口の衛兵に書類らしきものを見せている。

どうやら、商隊としての正式な通行手続きが必要らしい。

言葉はまだ完全には分からないが、雰囲気と表情でだいたい察せるようになってきた。


俺はザイードに指示され、荷物の確認を手伝いながら街の様子を観察する。


砂漠とは違い、ここには確かに“異世界の生活”があった。


色鮮やかな衣装を纏った人々。

市場には香辛料や果物、見たことのない肉が並び、道端では異種族らしき獣人や小柄な亜人たちが商売をしている。


「本当に……異世界なんだな、ここ。」


改めて実感しながら、俺は深く息を吸い込んだ。

乾いた空気の中に、スパイスと砂と、人の匂いが混じっていた。


無事に手続きが終わり、俺たちは街の中へと足を踏み入れた。


石畳の道が続き、両脇には露店がひしめき合っている。

香辛料、布、陶器、武器、果ては見たことのない小動物まで売られていた。

ラクダや荷馬車が行き交い、子どもたちが走り回る。


「砂漠の真ん中に、これだけの人と物が集まるんだな……。」


素直に感心する俺に、キリカが肩をすくめて言った。


「水と交易があるからね。この街は、金さえあれば何でも手に入る。」


「逆に、金がなければ?」


「……砂漠に戻るしかないね。」


キリカは冗談とも本気ともつかない顔でそう言った。


街の中央には、高くそびえる塔が見えた。

白い石造りのその建物は、王族の居城か、街の象徴か。

ザイードが言うには、あれが『アルナハルの塔』で、この国と街の象徴らしい。


「砂漠の王国、ねぇ……。」


俺はぼんやりと、その塔を見上げた。

ここが、異世界生活の拠点になる場所――そう思うと少しだけ緊張が走った。



━━━━━━━━━━━━━━━



その後、商隊は市場近くの広場に荷を下ろし、取引の準備を始めた。

ザイードたちは慣れた手つきで商品を並べ、商人たちと値段の交渉を始める。

キリカはその隣で鋭い視線を光らせ、周囲を警戒していた。


「レン、見てるだけじゃなく、覚えなよ。異世界の稼ぎ方。」


そう言われても、まだ俺は異世界通貨の価値すら分からない。

だが、指をくわえて見ているだけでは、いつまで経っても“異物”のままだ。


「やれやれ、腹くくるか……。」


意を決して、俺はザイードたちの手伝いを始めた。

重たい荷物を運び、簡単な計算を覚え、言葉を少しずつ拾い、異世界の生活に自分をねじ込んでいく。


最初は何もできなかった俺が、ようやくスタートラインに立った気がした。


だが、この街の喧騒と活気の裏に面倒な気配が渦巻いていることに、このときの俺はまだ気づいていなかった。


異世界の現実は、砂漠の熱よりもずっと厄介だ。



━━━━━━━━━━━━━━━



市場の喧騒を抜けた先、路地裏に面した石造りの建物が、ザイード商隊の拠点だった。


「ここが、しばらくの宿ね。まあ、最低限は揃ってるわ。」


キリカが手慣れた様子で木扉を開けると、涼しげな土壁の内装が現れる。

二階建ての簡素な建物だが、屋上には風除けの布が張られ、異世界基準ではかなり快適そうだった。


「へえ……案外、ちゃんとしてんだな。」


「こう見えて、うちの親父こういうとこは抜かりないの。」


キリカが胸を張る。

確かに、ザイードの隊商はこの街でも有数の規模らしい。


部屋に通された俺は、汗をぬぐいながら腰を下ろした。

柔らかな絨毯と陶器の水瓶――砂漠の旅とは比べものにならない快適さだった。


「それと……紹介しとくわ。ニル!」


呼ばれて現れたのは小柄な少年だった。

年の頃は十歳前後、癖のある黒髪に大きな瞳。

身なりは粗末だが、瞳の奥にはどこか観察眼めいた光があった。


「……こんにちは。」


「お、おう。俺はレン。よろしくな。」


俺が手を出すと、ニルは一瞬ためらったのち、ぎこちなく握り返した。

その手は驚くほど細く冷たかった。


「ニルは、最近この街で拾った子。親とはぐれたらしくてね。今はうちで預かってるの。」


「へえ……そっちも新人ってことか。」


「そう。つまり、あんたと同レベルの新人ね。」


キリカの悪戯っぽい笑みに、思わずため息が漏れる。


「やれやれ……。俺、子どもと張り合わされてんのかよ。」


「安心しなよ。あの子、あんたより要領いいかもね?」


ニルはにこりともせず、俺をじっと見ていた。

その視線に、どこか人懐こさと違和感のようなものが混じっている。


(……変な子だな)


そう思いながらも、それ以上は追及しなかった。



━━━━━━━━━━━━━━━



その夜、商隊のメンバーが集まり、今後の方針について話し合いが行われた。

ザイードの言葉はまだほとんど分からないが、キリカが要点を訳してくれる。


「取引は三日後。それまでは市場で下見と準備。あと、最近街で妙な噂が流れてる。」


「噂?」


「幻獣絡みの密売と、行方不明者の増加。スラムを中心にいろいろ騒がしくなってるらしい。」


「また“幻獣”かよ……。」


あの砂漠で俺たちを襲った、あの化け物。

まさか、それが“商品”として扱われているなんて。


「警戒はしておいて。特にスラム方面に近づくなって、親父も言ってた。」


キリカの目が真剣だった。

俺は頷きつつ、隣で静かに座っていたニルにふと目をやった。


彼はただ黙って、炎の揺れるランプを見つめていた。

その瞳の奥に――なぜか、ほんのかすかに“知っている”ような色を見た気がした。


(……まさかな)


幻獣、密売、行方不明者――

俺が異世界でやっと一息ついたと思ったのも束の間、街の空気は徐々に不穏な色を帯びていく。


「やれやれ……。こっちはいつ休ませてくれるんだ?」


そうぼやきながら、俺は天井を仰いだ。

星の見えないこの街で、俺の冒険はまた一歩騒がしい方向へと踏み出していた。


━━━━━━━━━━━━━━━

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


今回は異世界の砂漠都市・アルナハルに主人公・レンが初めて足を踏み入れ、市場や商隊での生活、そして新キャラ・ニルとの出会いが描かれました。


次回の第2章では、いよいよタイトル通り――

「アルナハルの裏側」へと物語が踏み込んでいきます。


スラムに渦巻く陰謀、幻獣取引、行方不明者の噂。

“異世界の日常”の裏に潜む、危険な真実とは?


どうぞお楽しみに!

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