【第2章】異世界へ、ようこそ。
第2章です。
ついに異世界、ですが……チートもスキルもありません。
神様の気まぐれで異世界送りにされた主人公・レンが、本気で絶望を味わいます。
転生したのに楽できない、むしろ生きるのが大変。
そんな現実的(?)な異世界スタート、よろしければお付き合いください。
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目を覚ました瞬間、違和感しかなかった。
土の匂い、乾いた風、見上げればどこまでも広がる青空。
俺が落ちた崖の下には、こんな世界はなかったはずだ。
「……夢か?」
口に出した、自分の声がやけにクリアに響く。
草の匂いが薄く、代わりに土と石と乾いた空気の匂いがする。
耳を澄ましてみても、鳥のさえずりも車の音も聞こえない。
代わりに、風の音とどこか遠くから聞こえる獣の唸りのような音だけが微かに響いていた。
俺は、ゆっくりと身体を起こし辺りを見回した。
そこは、見知らぬ荒野だった。
地平線まで続く、茶色い大地。
ポツポツと転がる大小の岩、ところどころに枯れた木が突き刺さるように立っている。
遠くには、砂嵐のようなものがゆらゆらと立ち昇り、風に砂埃が舞っていた。
「ふざけた映像だな、これ……。」
つい口をついて出た皮肉が、妙に生々しく響く。
どこだ、ここは。
いや、それ以前に――
俺は、生きているのか?
思い切って自分の頬を叩く。痛い。
ついでに、腕をつねる。やっぱり痛い。
夢じゃない。
悪い意味で、しっかり現実だ。
「よっ、目が覚めたか。」
唐突に声が聞こえた。
驚いて振り向くと、近くの岩の上にひとりの男が腰掛けていた。
金色の髪、白い服、だらしなく組んだ脚。
顔立ちは整っていて、どこか神秘的な雰囲気すら漂わせている。
だが、態度はやけにラフだった。
「……誰だよ、あんた。」
「んー、そうだな。神ってことにしとくか?」
「いやいや、神様ならもうちょいありがたみ出せよ。」
「めんどくせぇんだよ、そういうの。」
男――自称・神様は、やれやれと肩をすくめた。
その様子を見て、俺は頭の中で状況を整理しようとする。
崖から落ちた俺が、なぜか無傷で生きている。
しかも見知らぬ世界に放り出され、目の前には神を名乗る男。
ゲームやラノベでよくある、異世界転生ってやつか。
「諸星レン、だったな?」
「……なんで俺の名前を。」
「ま、神だから? 細けぇことは気にすんな。」
適当すぎる答えに、思わずため息が漏れる。
だが、現状を受け入れざるを得ないのも事実だ。
「それで? よくある展開なら、ここでチート能力授けてくれるんだろ?」
「無いよ?」
「……は?」
「能力とか、チートとか、そういう便利なの持ち合わせてねぇんだよ、俺。」
しれっと言いやがった、この自称神。
お約束破りにも程があるだろ。
「じゃあ、なんで俺はこんなとこにいるんだよ。」
「たまたま通りかかったお前を、面白そうだから拾っただけ。」
「…………。」
もう、何も言えなかった。
「やれやれ、神様の気まぐれで異世界送り、ね。」
「そういうこと。まあ、死ぬのは勘弁してやるよ。」
そう言うと、男は指を軽く鳴らした。
瞬間、意識がふっと遠のく。
「おい、ちょ――」
言い終わる前に、俺の視界は闇に包まれた。
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再び意識が戻ったとき、俺は地面に放り出されていた。
枯れ草と砂が混じった硬い大地。
空には、薄い雲が浮かび、赤みがかった太陽が沈みかけている。
さっきの自称神――名前も名乗らなかった男の姿はどこにもなかった。
代わりに、風の音と乾いた空気だけが肌を刺すように感じる。
「本気で置いていきやがったな……。」
俺は起き上がり辺りを見回す。
だが、どこまで歩いても同じような茶色い大地が続くだけだった。
建物も、人の気配も、もちろんコンビニも見当たらない。
ポケットを探ると、スマホが入っていた。
だが、画面は真っ暗。電源が入らない。
壊れたのか、それともこの世界では使えないのか。
「クソッ……。便利な道具も、チートも無しかよ。」
溜め息を吐きつつ、俺は少しだけ歩き出す。
方向なんて分からないが、立ち止まっていても仕方ない。
とにかく人のいる場所を探すしかなかった。
だが、歩き始めてすぐに俺は自分の状況の酷さを思い知った。
まず、喉が乾く。
次に、腹が減る。
最後に、足が棒のように痛くなる。
学校帰りに歩くのと、異世界の荒野を彷徨うのとでは勝手が違いすぎた。
「……死ぬって、こういうことかもしれねぇな。」
太陽が沈みかけ、空が薄暗くなっていく。
獣の唸り声が、どこか遠くから聞こえる。
風が強くなり、砂埃が舞う。
このままじゃ本気で死ぬ。
そんな危機感がようやく現実味を帯びてきた。
足を止めた俺は、辺りに目を凝らした。
すると、遠くに小さな黒い影が見えた。
砂埃の向こうにいくつかの人影。
「……人、か?」
だが、次の瞬間その影がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
その動きはどこか殺気立っていて、穏やかさとは無縁だった。
「チッ、まさか――」
影が近づくと同時に、それが人間――いや、盗賊のような連中だと分かった。
ボロボロの服に、粗雑な剣や棍棒を持った男たち。
3人ほどが、にやにやと笑いながら俺に向かって走ってくる。
何か喋っている。
だが、言葉はまったく理解できなかった。
音の響きすら耳慣れない、まったく知らない言語だった。
だが、にやけた顔と粗雑な武器の構え方だけで、何を要求されているのかは察せた。
要するに――カモられているってことだ。
「やれやれ……最悪だな」
そう呟いても、状況は変わらない。
手元に武器はない。
格闘技なんて習ったこともない。
頼れるのは、やる気と皮肉だけだ。
盗賊たちがにじり寄ってくる。
言葉は通じなくても、剣を構える仕草の意味は万国共通らしい。
逃げ場はない。戦う術もない。
だが、せめて格好悪く終わるのは御免だった。
「おい、ひとつ確認させろ。」
もちろん言葉は通じない。
だが、自分に言い聞かせるように俺は呟いた。
「この世界、死んだら次はねぇんだよな?」
誰も答えない。
けれど、それが現実だと俺は理解していた。
覚悟を決めた。
逃げても無駄ならぶつかるしかない。
勝てる見込みはほとんどない。
それでも、ただやられるのは性に合わない。
盗賊たちが一斉に襲いかかってくる。
俺は拳を握りしめ、迎え撃とうとした。
だが――その瞬間、別の声が響いた。
「おい、下がれ。そいつは俺が拾った。」
男の声。聞き覚えのない低くて、落ち着いた声だった。
盗賊たちが一斉に動きを止め、驚いたように振り返る。
視線の先には、数頭のラクダを連れた商隊がいた。
その先頭に立つ、屈強な体格の中年男が俺を見下ろしていた。
何を言っているのか、言葉はやはり理解できなかった。
だが、盗賊たちが渋々後退しその場から去っていく様子だけで、状況は把握できた。
助かった――そう思う前に、俺はその場に膝をつき荒い息をついた。
生き残ったことへの安堵と、力の無さへの悔しさが混じり合っていた。
「やれやれ、異世界ってのは……本当に面倒くさいな。」
赤く染まった空を見上げながら、俺はそう呟いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
異世界に来たら、まず最初にぶつかる壁――
「金なし・言葉わからない・盗賊」
もはや様式美ですね(笑)
レンにはまだまだ苦労が待ち受けていますが、ここから少しずつ世界が広がっていきます。
次回、第3章「野宿、野盗、そして絶望」
異世界の現実と、面倒な出会いが始まります。
また読みに来ていただけたら嬉しいです!